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魔神トモカ

――アメリカ合州国 Azufa Ink. 本社八十階 CEO執務室。


綺麗に仕立てられたオーダーメイドスーツをバリっと着こなした高身長の男が、八十階の執務スペースの窓から街を見下ろしていた。メガネをかけ直し、その目を光らせる。


「ああ……これはなんという偶然でしょうか。また我が君にお会いすることができるとは……。運命に感謝せねばなりませんね。」


男は独り言を呟くと、内線で秘書を呼び出す。昼休みを除く午前十一時から午後十五時までは、内線で呼び出した場合百八十秒以内に応じるよう厳命している。常時間近に置いておきたいところであるが、女性である秘書が男性のCEOと業務時間中ずっと行動を共にするというのも彼女の人生にとっても酷であろうと、ある程度の距離を取っている。


「お待たせ致しました。CEO。」


礼儀正しい、日系アメリカ人の『ケイコ・メイ・アビントン』が入室する。日系人らしい黒髪に百七十センチメートルを超えるモデル体型、おまけに美人ときている。歳は二十八になろうというのに噂話の一つも出ないワーカー・ホリック。なんのために多くの男性社員と出会えるように別行動を取らせているのか理解してほしいものだ。


「急で申し訳ありませんが、今から日本に発ちます。経営についてはCOOに一任します。彼には全て教えこみましたので心配はいらないでしょう。」


その男は部下が相手でも偉そうな態度は取らないのがスタンスだ。経営者も労働者も対等な立場であると強く信じており、労働者は成果と時間を売っている個人事業主に等しいと考えている。つまり同じ事業主同士のやり取りに上下関係はない。それが仕事上のコミュニケーションのベースとなっている。


「かしこまりました、至急飛行機を手配致します。私用でしょうか、それとも公用でしょうか。」


「私用です。」


「承知いたしました。私用であれば経費で精算することは出来ませんのでご理解を。」


秘書は足早に部屋を出ていく。クールと言えば聞こえはいいが、あそこまで行くとクールを通り越して無愛想、または機械的と言わざるを得ない。もっと愛嬌を出してほしいと男は密かに思っていた。


「日本ですか……蒸し暑くて好きな気候ではないですね。」


男は社を出て国際空港に向かった。


――――

――


朝だと言うのに家の中にけたたましくインターホンのチャイムが鳴り響く。こちとら昨晩の『儀式』で体力を使い果たしているというのに……。しかもそのチャイムを鳴らしている奴は非常識にも、午前六時半に連打しているのだ。


ああ、魔神になってから一度言ってみたかったセリフがあった。


「……余の眠りを妨げる者は誰ぞ……。」


言いたかったセリフを布団の中でもぞもぞしながら言ってみる。つーかマジでずっと連打してるし。誰か出てやれよ。


「友香〜。お客さんが呼んでるんだけど〜! ってちょっと待ってください困ります!」


お母さんの声だ。こんな時間に私に客人だと。同じクラスの人間だろうか。最低限の支度をして部屋を出ようと思った矢先に私の部屋の扉が開く。


すらっとした背の高い男。綺麗に仕立て上げられたオーダーメイドスーツを着こなした、金髪のオールバック。さながら外国のドラマに出てくるような『デキる経営者』然とした風格がある。


「……またお目にかかることができて光栄です。ザハーク様。数百年ぶりですね。」


男はいきなり平伏する。……誰だこいつ。


「は? え? もしかして『デモクリス』か?」


私の体を勝手に操って、ぐるんと回転させるザハーク。布団に包まれた状態できっちりとした格好の男の相手をしている光景は一体なんなんだ。


「はい、デモクリスでございます。ザハーク様。」


「まさか生きているとは思わなかったぞ……デモクリス。」


「私も、再び御身の前に平伏することができるとは思いも致しませんでした。ザハーク様も『次元スリップ』でやられたのですか?」


「然り。」


この会話の流れから言って、このスーツの男もザハークの昔の仲間ということだろうか。


「まったく汚いやり口です! 敵わない相手は全て異次元に送りつけるなど!」


デモクリスは憤慨し、私の頭も勝手に『うんうん』と頷いていた。私はそんな事情知らないんだけれども……。


「今は席を外しているが、ボロスもここに来ておるぞ。」


「あぁ! ボロスさんもいらっしゃるのですか! それは素晴らしい。」


そういえばボロスはどこに行っているのだろうか。起きてから姿がないようだが。


「ところでデモクリス。お前はここで何をしていたのだ?」


デモクリスは怪しげな笑みを浮かべて答える。


「はい。私は数百年前にこの地に降り立ち、人と共に過ごしてまいりました。Azufa Ink.という会社を立ち上げ、今では世界一位の企業でございます。」


ザハークよりも私のほうが驚いた。Azufa Ink.と言えばデモクリスの言う通り世界最大の企業。当初はエネルギー関係で大きな影響力を有し、その後に五十の分野に参入した。その企業のトップが目の前で平伏していて、しかもそれが異世界の悪魔?


ゾゾゾっと背筋が寒くなる。この世界のエネルギーと経済、悪魔に牛耳られていたんだ……。


「Azufaとは……我のアズーファ城からとった名か?」


「左様でございます。どうしても御身を身近に感じていたく……何卒お赦しを。ところで……。」


デモクリスはメガネをかけ直し、表情が険しくなる。


「何故ザハーク様がこのような犬小屋で生活されているのですか? 召使いはいるようですが……。」


「あれはお母さんです。」


「「…………。」」


「僭越ながら申し上げます。家の大きさは心の大きさ。城までとは言いませんがここよりマシな場所に居を移しましょう。」


我が家は確かに豪邸ではないが、ごく普通の一軒家だ。外国人が日本の家を『犬小屋』と呼ぶことがあると聞いたが、まさか本当だったとは。


デモクリスは女子高生顔負けの操作速度でスマホをいじりだし、画面をこちらに向ける。豪邸のようなタワーマンションの一室が映し出されていた。


「この近場では、このタワーマンションが弊社が管理している物件です。こちらを買い上げますので今すぐ転居しましょう。」


「いや、私今日学校あるんですけど……。」


「ザハーク様、いくら娘の姿に扮していても身分まで真似ることはないのでは……。」


「デモクリス、まず我はこの小娘の魂と融合しておるのだ。それに、学校はこの世界と一般常識を身につけるのに良い機会だと捉えておる。」


デモクリスの顔は一層の険しさを見せる。


「まさか……人と融合しているのですか?」


「然り。転移の際に肉体を失ったのだ。一時的にこの小娘に憑依を試みたが……偶然にも魂の同位体で融合してしまった。」


「なんという……口調が不安定だったのはそのためですか。承知いたしました、帰宅される頃には全て終わらせておきます!」


もう転居前提に話が進んでるじゃん……。


<こうなったらデモクリスはテコでも動かんぞ、諦めろ。>


デモクリスの支配者であるザハークさえ諦めているとは。ボロスとは明確な主従関係を感じたが、デモクリスとは別の何かを感じる。


「それじゃ行ってくるから……。」


「いってらっしゃいませ、ザハーク様と人間!」


「……舞桜 友香です。」


「失礼いたしました。友香様。いってらっしゃいませ。」


――――

――


放課後、帰宅すると、私の部屋は空っぽになっていた。


「と、友香! いきなり朝来たスーツの人が業者を手配して友香の部屋のもの全部持っていっちゃったのよ!」


あー、もうなんか説明面倒くさい。


「友香様、ザハーク様。おかえりなさいませ。転居作業は全て完了しております、さあ参りましょう。」


なんというか、以前では考えられなかったが親元を離れるのも満更ではないという感じだ。むしろ鬱陶(うっとう)しいまである、親不孝な娘になったものだ。


「じゃあね、お母さん。元気で。"アムネイシア(忘却)"。」


お母さんに忘却の魔法をかけて、私に関する記憶を全て消し飛ばす。こんな別れ方になるとは思いもしなかったが、何の悔恨もないのも事実。ザハークの教育の成果が如実に現れていた。


「友香様、身勝手ながらあなたは戸籍上、私の娘ということになりますが、何卒ご理解を。」


デモクリスの仕事に抜かりはないようだが、こんな短時間で戸籍を変えるなんて出来るのだろうか。そもそもデモクリスはアメリカに住んでいるのでは……。いや、出来たから言っているのだろう。魔法とか特殊能力とか満載だろうしな。


デモクリスと共にタクシーで新居に向かう。三十階はあろうかという豪勢な建物に到着した。さながらホテルのような絢爛(けんらん)さがある。


「こちらの最上階を買い上げております。空き室も全て買い占めておりますが、こちらは召使いに住まわせましょう。他の入居者もおりますが、退去次第私が買い上げます。最終的にこの建物全てが御身の居城になる予定でございます。」


Azufa Ink.ほどの企業のトップになればタワーマンションの一棟や二棟買い占めるのは容易いことなのだろうか……。エントランスで虹彩認証を済ませ、渡されたキーを挿入すると、エレベーターホールへの扉が開く。


三十階はエレベーターホールを除いて一フロア丸々、居住空間になっていた。つまり、私は一フロア丸ごと買い与えられたということか。何億円するのだろう。


部屋に入ると、またまた無駄に豪華な玄関。恐らく私の私物が入っていると思われるダンボールが山積みになっていた。まさか衣類も勝手に覗いて持っていったのか。


奥から一人の少女がとてとてと足音を鳴らして近づいてくる。黒く長いポニーテールをぶら下げて、黒い鎧のようなものを着ている。……コスプレイヤー?


「わぁ! ザハーク様だぁ!」


その少女は私の足に纏わりつく。誰この子。


「ボロスさん。高揚しているからと言って礼節を欠くのはいけませんよ。」


「はぁい……。」


デモクリスの厳しい口調で、ボロスと呼ばれた少女は跪く。ボロスって……あのボロス……?


「よい、面を上げよ。変身魔法を使ったのか。」


ザハークも彼女がボロスと知っているようで、私の口を借りて言葉を発する。


「はいぃ。元の姿だとザハーク様の住居に傷をつけてしまいますので……。」


声も見た目も別人ではないか。いっそ服装も現代に合わせて変えろよと私は言いたい。


「さあ入ってきなさい。」


デモクリスが手を鳴らすと、玄関に二人の女の子が入り、跪く。どちらもいかにもなメイド服を着用している。


片方は濃紺のボブヘアで気の強そうな顔をした小柄な人、胸はまるで絶壁のようだ。私よりも小さいのではないか。

もう片方は腰まで伸びる長い桜色の髪に、意志の弱い、または臆病そうな顔をしている、スタイルのいい人。対局にあるように巨乳だ。


双方に共通しているのは……私よりも華があって可愛らしいというところか。


「どうされましたか? どちらも御身にお仕えする『魔造人間(ホムンクルス)』の召使いです。各種家事から危険の排除、夜のお供まで全てこなせるよう教育しております。今のお体では男性型のほうが良かったでしょうか……。」


「いや、女の子でいいと……思う……よ。」


むしろ男相手のほうが萎縮して何も出来なくなる。高校生にもなって恥ずかしいくらいの男性免疫の無さだ。


「さあ二人共。ザハーク様に挨拶をしてください。」


気の強そうな貧乳の子が先に口を開く。


「僕は『ホムンクルス2156』と申します。よ、夜の奉仕とか絶対……するもんですか。」


『ぺしっ』とデモクリスに頭を叩かれ。「あぅぅ……」と情けない声を漏らす貧乳ホムンクルス。名前は番号しかついていないのだろうか。非常に呼びにくい。


「はーい! うちは『ホムンクルス3921』だよぉ! よろしくね!」


巨乳ホムンクルスもデモクリスに頭を叩かれ、『敬意を見せなさい』と怒られる。彼女も番号が名前なのか……。


「じゃあ2156ちゃんは……『イコロ』。3921ちゃんは『ミク』って呼ぶから覚えておいて。」


私は二人の番号を忘れる前に名前を付けておく。


「名前を……」


「いただけるのですね!」


二人のホムンクルスは顔をぱぁっと明るくする。もっと覚えやすい個体名にしただけだ。


「さて、我から話がある。皆の者、よく聞け。」


「「「はっ!」」」


私の口を借りたザハークの声に、皆は跪いて耳を傾けている。一体何を考えているのだザハーク。


「まずはかつての忠臣と再会できたことを祝おう。」

「そして、今後のお前たちの忠義を尽くす相手は我ではなく……舞桜 友香、この娘である。我は一線を退き、友香に魔神というものについて教育してきた。決して長くはないが、心構えの枠組みくらいは出来ている。流石我の同位体だけあって本質はドス黒い『悪』だ。」


「友香に我と変わらぬ忠義を尽くせ。欲するものは与えよ。至らぬとこは遠慮なく進言せよ。我らは城を失ったが、再興することは容易い。新たな地で新たな国を! 零からのやり直しだ。皆、楽しんでいこう。」


「「「おお〜!」」」


何が「おお〜!」だ、何をやり直すんだ。世界征服でもするつもりかこの悪魔たちは。ザハークの言葉に私を除く全員が異様な興奮を見せていた。


「魔神トモカ様、我らは一層の忠義を尽くします。」


「魔神トモカ様ぁ、だいすきぃ!」


「ふん……まぁアンタならいいわよ……仕えてやっても……。」


「なんかよくわからないけれど、おめでとうございます〜!」


奴らは口々になにかを言っているが、なんか頭が痛くなってきた。とんでもない面倒に巻き込まれた。そんな気がした。


「それでトモカ様、されるのですか?」


「えっ……何を?」


「国の再建です! 魔神ならばやはり自らの国の一つや二つ持つべきでしょう!」


デモクリスが熱弁するが、私にはそんな意欲は毛頭ない。国持ってなんのメリットがあるのさ。いろいろ面倒なことが山積みではないか。


「いえ、特にありませんけど……。」


「……はい?」


デモクリスが聞き返す。


「だから、そんなことする気はありませんけど。」


「はへぇ!??!?」

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