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魔神降臨

【この話は読み飛ばしても影響はありません】


魔神ザハークは下級悪魔であるインキュバスの身でありながら、神をも打倒し魔神として君臨した。

だが、長きにわたる支配は終わりを迎えようとしていた。

我は魔神だ。数多の魔神候補と争い、下級悪魔インキュバスでありながら有能な仲間と奇策を駆使して堕神族をも滅した。


その我が築き上げた『アズーファ城』に外敵が侵入している。人間の成長限界であるLv.99まで鍛え上げた人間の頂点が、自らの力を過信することなく世界中の人間を結束に導き、我という魔神に対抗するべく邁進(まいしん)した結果だろう。


その恐るべき執念は敬服に値する。我の臣下達は人間の力を侮って各個撃破され、ついに人間達は我の喉元まで剣を突きつけることに成功したのだ。この我でさえ予想しなかった。人間が魔神の撃破に王手をかけるなど。


「クックック……。」


勇者迎撃のため臨戦態勢にある『魔王の間』。天井には紫色に輝く魔水晶で創られた豪勢なシャンデリア。入り口から玉座まで伸びる真紅のレッドカーペット。レッドカーペットの道を飾るように左右対称に配置された真っ白な柱。


そして『魔王の間』の外周を流れ続ける血の水路。

我は金と紅の玉座に座し、残った数少ない臣下と最期の時を待っていた。


「どうされました、我が君。」


混沌鋼(ハデスメタル)の黒い鎧に身を包んだ騎士が、我の笑いに呼応する。


「いや……戦争というのは王城に攻め入られた時点で敗北が確定している。にも関わらず誰一人として逃げ出さず、最後の最後まで我の臣下でありつづけた。それが何より嬉しいのだ。」


その騎士、グラムヘイルは我の言葉に跪いて答える。


「何をおっしゃいますか。我々全員が我が君の忠実な下僕でございます。我が君の恩恵に与ったからこそ、今日まで命を繋ぐことができたのでございます!」


この愚王に最期まで付き従ってくれて我は本当に幸せ者だ。

グラムヘイルは人間の孤児だったものを我が拾い上げた。天賦の剣の才があり、三度の転生を経て魔人となった。その忠誠と実力の高さから我の身辺警護を命じたのだ。


次は視線を落とし、我の腰のあたりで口を使って奉仕をしている幼いサキュバスに最期の謝辞を述べよう。


「アミーラ。もうよい下がれ。」


「はっ。」


アミーラという、人間の見た目で言えば16歳ほどのサキュバスの娘は、我の腰布を整えて跪く。サキュバスらしい、紐を束ねたような衣装は、その未成熟な肢体の局部を隠し切るには些か張りが足りないようだった。


我がその手を彼女の黒い角に置き、その灰色の髪に優しく動かすと、頬を桜に染めて一層深くひれ伏した。


「今までよく尽くしてくれた、アミーラ。我の知る中で最も……魅力的だったぞ。」


我の言葉にアミーラは紅潮し、その幼気な見た目にそぐわない色っぽい声を上げる。


「あぁ……我が君の精を賜ることができ、光栄でございました! 不肖ながらわたくしも最期までお供させてください!」


我は『逃げてもよい』と言いたかったが、彼女がそう望むなら何も言うまい。アミーラは精を吸い上げるのが苦手なサキュバスだった。餓死寸前だったところを保護し……我の精を与えた。体も脆く、外勤は厳しいと判断したことから我の専属の――奉仕役に命じた。


「双方、面を上げよ。望むならば控えよ、そして控えるならば魔神の眷属として相応しい品行で――勇者共を迎撃せよ!」


「「はっ!」」


我から下す最期の命令。二人は玉座から離れ、勇ましく迎撃の体勢をとった。

『魔王の間』の、重厚で厳かな扉が開く。最後の防衛の要たる『ゲートキーパー』も逝ってしまったのだろう。


勇者の一行は女二人に男二人。あのような若年でよくもLv.99まで鍛え上げたものだ。


「魔神ザハーク! 私は勇者カーミル、貴様を打ち倒す者だ!」


我は大声を張り上げる勇者を一瞥し、グラムヘイルとアミーラに命じる。


「グラムヘイル、アミーラ。やれ。」


二人は魔神の眷属に相応しい堂々とした振る舞いで勇者の一行に詰め寄る。

その背中には主人を絶対に守り切るという決意が満ちていた。


「カーミル、また会ったな。」


「グラムヘイル……君が仲間だったらどれだけ心強かったか。」


勇者とグラムヘイルは幾度となく手合わせをしている。双方にはこれ以上語り会うことはなかった。彼らに許されたコミュニケーションは――殺し合うことのみ。


グラムヘイルは魔剣グラムを抜き、構える。互いに激しく打ち合い、やがて勇者の剣がグラムヘイルの腹を貫いた。


情け容赦なく、魔導師の大規模火焔魔法がアミーラとグラムヘイルを炭化させる。


我はゆっくりと立ち上がり、勇者の一行へと詰め寄る。散っていった仲間たちのために、せめて魔神らしい最期を。


「我は魔神ザハーク。この星の支配者である。」


「平伏し、許しを請うならばせめて苦痛無き死を与えよう。」


テンプテーション(最上位の魅了)を発動する。『魔王の間』全体を満たす誘惑のオーラが包み込む。


「みんな! あれを!」


勇者の一行は各々が手首に数珠をはめる。誘惑のオーラが打ち破られる。

誘惑無効化の数珠だろう。我のアイテム・アナライズ(神造物までの鑑定)が、誘惑を含む二十種の異常状態への耐性を付与するものだと告げている。


人間の成長上限はLv.99。そして我はLv.255。この差をアイテムや連携等によって埋めるのだろう。それが出来なければ今頃こいつらは皆殺しにされているはずなのだから。


「ガンマ・レイバースト!」


魔導師が詠唱と共に激烈な光線を放つ。柱や床が赤熱し、その形を崩した。光線を右手で受け止め、無効化魔法で分解する。


「そんな!? 私の最上級破壊魔法が……!」


なるほど、あの三角帽子の女が魔導師。ということはローブの女は僧侶だろう。定石はヒーラーから落とすこと。


魔力消失(ミュート)という魔法を放ち、それは僧侶から魔力を消し飛ばして、急激な魔力消耗による体調不良で転倒させる。次は火力を削ぐ。


「ッ! この野郎!」


僧侶がやられたことで取り乱す魔導師は、大魔法詠唱のため大きな隙を作る。Lv.99といっても状況判断能力は凡だと言わざるを得ない。虚脱魔法が魔導師を虚脱状態に追い込み、意識を飛ばす。


「隙ありッ!」


弓師が音速を超える矢を放つが、空間を捻じ曲げる魔法で反射し、自らの矢が腹部に突き刺さる。


「なんだ? この我が力押しだけで攻めると思ったのか。」


「くそ、やはり実力では及ばないか!」


勇者は腰から魔法の込められた水晶を取り出す。最高位の魔法が込められていた。いくら最高位の魔法といえど、全属性耐性を持つ我を即死させることは不可能。ヒーラーや火力のいない戦士など、取るに足らない存在だ。


勇者は吠える。


「異次元で朽ちろ! 次元スリップ!」


解き放たれた魔法の危険性を認識したときには手遅れで、生み出された次元の割れ目に吸い込まれていく。最初から勇者(あいつ)は力比べで勝つ気などなかったのか。


「すまんな皆、最後の最後で侮るとは……な。」


無限の闇に放り出される。征服する世界もなく、成すべき目的もない無限の監禁。死さえ許されない体で、永久の時を過ごさなければならないのか。


――――

――


「あー……マジでそろそろ飽いてきたな。」


次元の闇で二百年もの間、素数を数えて暇を潰してきた。その桁数は那由多に達してる。ちなみに一人しりとりは五十年、俳句作りで七十年過ごした。最も時間を潰せなかった遊びは自らの召喚魔法で喚び出した魔物達を戦わせることで、これは五日で飽きた。


一人でしりとりしている間にあの勇者共が老衰して死んでいると思うと、魔物の軍隊を率いて肝を冷やしながら仕事に励んでいた頃が無駄に思えてくる。実を言うと、勇者は攻め入って来ることは何度も経験している。その度に勝ったり負けたりしたものだ。もっとも、次元の間に放り込まれたのは初めてだが……。


「ザハーク様?」


ついに幻聴が聞こえてきた。その声はかつての臣下、ボロスの声だ。あいつは今までの中で一番気心の知れた間柄であった。ちょっと間抜けだが、魔神に親しい戦闘能力を持ち、リーダーシップにも長ける理想的な部下だ。


「ザハーク様? 聞こえていらっしゃいますか?」


静まるのだ脳内の声よ、ボロスは打倒されたのだ……。ふと、声のする方向に視線を移す。筋骨隆々とした肉体、その外皮は黒檀のように黒く、威圧感がある。黒いヤギの頭蓋骨のような頭に、立派な金の双角が生えており、その『グレーター・デーモンロード』の種族名に相応しい風格がある。


幻覚と会話して50年ほど潰すのも一興か。どうせ暇だしな……。


「ボロスか、久しいな。」


ボロスはかつてのように我の足元で跪き、平伏する。


「よい、面を上げよ。」


ボロスはゆっくりと立ち上がる。


「まさかザハーク様が次元の間におられるとは思ってもおりませんでした。」


「ボロスよ、なぜお前がここにいるのだ?」


我が問うと、ボロスははるか昔を思い出すような遠い目をする。もう数百年は前の話だから無理もない。


「はい、わたくしはザハーク様の命により勇者の故郷を襲撃致しましたが……不覚にも最高位魔法により次元の間に幽閉されてしまいまして。」


「次元スリップのことか!」


「次元スリップのことです!」


偶然の一致に興奮し、ボロスと熱い握手を交わす。


「あれ? ってことは幻覚じゃなくて本物?」


「わたくしをザハーク様の幻覚だと思っていらしたのですか……。」


本物であればそれは僥倖(ぎょうこう)。二人ならば現状を打開できる策を見出だせるかもしれない。


「実はわたくし、ここに来てから次元の流れを観測しておりまして。奇遇にも間もなく『とある次元』がこの狭間に最も接近するのです。」


「ほう。接近するとどうなるというのだ?」


「結論から申し上げますと、テレポートによる転移が成功する可能性があります。」


テレポートとは次元間を繋ぎ合わせて瞬間移動を可能にする魔法。動作原理に従えば、射程範囲にさえ収まっていればどこにでも転移ができるはず。ボロスの推測には納得できる。


「しかし、見たところ次元の間の距離感は元いた世界とは比較にならないほど広大と見える。少し接近した程度でテレポートの射程距離に収まるのか?」


「確実とは言い切れませんが……確率を上げる方法はございます。まずテレポートに関しては射程距離の最も長い『ワームホール』を使用してください。あとは僭越ながらこのわたくしが『スペルアンプ(射程拡大)』と、『奇蹟の顕現』で補助させていただきます。」


「お前はどうするのだ?」


「わたくしは……ザハーク様のお役に立てるだけで十分でございます。」


ボロス……お前は真の忠臣だ。先程まで素数を数えて暇をつぶしていた没落の王とは違い、この次元の間について調査を行っていたなんて。我が落ちてくるのを知っていたのではないかと疑うほどだ。


「ザハーク様。来ます。」


空間が震え、遥か彼方に青く輝く『流れ』が現れる。『ワームホール』なんて無駄に射程距離の長い転移魔法も役に立つときがあるのだな。


ボロスからの補助を受け、『ワームホール』を発動する。空間がつながり、とある次元までの扉が開いた。


「ボロスよ、感謝するぞ。」


「身に余るお言葉です。」


開かれたゲートに足を踏み入れると、何か物凄い力で吸い寄せられる。ストローで吸われるタピオカの気分だ。――タピオカとは何だ。


視界に入る青い星。金色に輝く衛星。星に近づくに連れて金属片のようなものが青い星の周囲を飛び交っているのが見えた。


ワームホールの出口を突破する。金と紫の光の柱と共に、地上へ降り立った。


さあ、魔神の降臨に震え上がるがよい。

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