6
少し狭いフロア、正面奥のディスクにはスーツを着たウルフカットの女性が座っている。
川神楓果、この川神探偵事務所の社長である。先ほど言ったように、リミッター全解除の俺と互角にやりあうくらい強い。伝説を言えば川神さんはマグナムを片手で打つ、刀の刃を素手で握って粉々にするなどと存在そのものがチートだ。
とりあえず依頼の詳細を確認するため、奥のデスクへ行く。
「赤城朱雀とそこのオルティス姉弟から聞いたと思うが、通り魔事件だ」
川神さんから渡された書類を見ると、予想通りのことが報告文書があった。
『通り魔は高校生くらいの男、覆面を被っているので顔について分からない』
「こっちが作戦内容だ、しっかり確認しておけ」
もう一枚の書類を受け取り目を通して、川神さんの話を聞く。
「まずターゲットはさっき渡した報告書通り、ただの一般生徒だ。矯平がサクッと倒して終わりだな」
俺は軽く相づちを打つ。
「そして一応、オルティス姉が遠距離でサポートに付く、オルティス弟はオルティス姉のサポートだ。もう一人いた場合に姉の方がやられては困るからな。私は送迎をする」
川神さんは珍しくアシを出してくれるらしい……。
ここで余談だが、学区内は普通に自動車やバイクが走っている。免許はバイクが十六歳、自動車が十八歳から免許が取れたはずだ。
「ターゲットは第六学区、矯平と白野の住んでいる学区だがそこに出没するらしい」
それは朱雀さんからも聞いた情報だな。でも、俺の住んでいる学区に出没するなら現地集合でも良かっただろ?
「まぁ、唯一の朗報は襲われた人間が少ないってことだな」
「それは分かりましたけど、なんで今日はそんな厳重体勢なんですか?」
いつもなら、俺だけ行ってターゲット潰して終わりなのに。
「あぁ、それなんだが……ちょっと胸騒ぎがしてな」
「胸騒ぎですか……」
この人のカンみたいなものはよく当たるからな、気を付けた方がいいか。あの二人が何を隠そうとしていたか分かった気がする。
「まぁ、ともかく三人とも準備しろ、夜七時にここに集合だ!」
「「「了解です」」」
時間があるので放置していた自分の机を掃除していると、机の一番大きい引出の中に懐かしいものが入っていた。
「H&K、USPタクティカルモデルか懐かしいな」
この銃はこの学区へ入った頃に俺を慕ってくれる後輩たちから貰った武器だ。このUSPタクティカルモデルは通常モデルと違いサプレッサーが付けやすい素晴らしい使用になっている。丁度、この銃に使えるホルスターと9x19mmパラベラム弾があったので、久しぶりに持ち歩いてみるか。
銃の分解を始めて十分くらい経っただろうか。
「こんにちはー」
入口の方を見ると諒子が入ってきた。電話かけてからここに来る時間遅くないか?
「矯平、これ持ってきたよ」
投げ渡されたものを受け取ると、それは一本の打刀だった。
「ソレわざわざ取りに行ったんだから」
刀を鞘から抜くと上から漆を塗ったような黒い刃が姿を現し、禍々しい魔力が体に纏わりついてくる感じがする。
「妖刀か?」
「そう、この刀はあんたの家から送られてきた物、困ったときに使えって書いてあった」
「そうなのか、サンキュー」
家に妖刀なんかあったか?と思いながらも感謝する。机の横に立てかけておいた氷牙を刀袋からだし、妖刀と入れ替える。
「ティア先輩、駅の近くに美味しいパスタのお店ができたらしいんですけど、一緒に行きませんか?」
「本当?行く!行く!」
二人とも出かけてしまった。そういえばお腹すいたな、昼飯もロクに食えなかったし……朱雀さんの妨害のせいで。実はあの後、食券が売り切れていて購買部で買ったパン一個しか食べていない……勿論、俺の腹はその程度で満足するような家計に優しい造りでは無いので、今にも倒れそうだ。
ティトはそんな様子を見ていろいろ汲み取ってくれたらしい、
「矯平、ちょっと時間もあるしボクたちもご飯食べに行こうよ」
「そうだな久しぶりにあそこのファミレス行ってみるか」
ちょうど手入れが終わった銃を左肩にかけたホルスターに収め、ティトと共に事務所を出てななめ向かい側にあるファミレスへと入店する。
中は少し小洒落たとこがあり、席は帰宅中に夕飯を食べにきた高校生でほとんど埋まっていた。
「いらっしゃいませ……矯平さんにティトさんじゃないですか!お久しぶりです」
ちょうどレジに立っていた後輩を発見する。
「木野崎、久しぶりだな」
木野崎三河、中学時代に俺らに付いてきた面白い後輩。
「あれ?木野崎君ってバイトしてたんだっけ?」
「いやぁ、やっと学校の校則が変わってバイト出来るようになったんですよ」
学校によってはバイト禁止の学校もある。しかも若い人間しかいないココでは中学生からバイトOKという何ともすごい世の中なのである。
「あ、席までご案内します」
案内された席に腰を下ろし、メニューを眺める。
「唐突だけどさ、矯平ってなんで料理が上手いのに外食とかが多いの?」
「本当に唐突だな……ただ単にめんどくさいからだよ」
実際、料理も上手いというわけでもないんだけどな。
「えー、めんどくさいから作らないの?」
「それ以外に平日は時間がなくてな」
目についたのはオムライスと和風ハンバーグセット。どちらにするかにするか必死に悩む……フワトロなオムライスの上にかかる濃厚なデミグラスソースは食欲をそそる、まさに芸術品。いっぽう、和風ハンバーグは脂っこいハンバーグに大根おろしを乗せることによって少し脂っこさを抑える最高の組み合わせだ。すごく迷う……。
「矯平、何だか顔が怖いよ」
よし、今回はオムライスでも食うか。
「ティト、お前は決まったのか?」
「うん、決まったよ」
ティトも注文が決まったようなので、テーブルの上の呼び鈴を押してウエイターを呼ぶ。
「ご注文をどうぞ」
「えっと、オムライスとドリンクバー」
「ボクは、カルボナーラとビックパフェで」
「かしこまりました。パフェはいつごろお持ちいたしましょうか?」
「食後でお願いします」
「かしこまりました」
店員はメニューを回収すると、厨房の方へ向かった。
「そういえばティト」
「ん?何、嬌平」
「龍之介はどうした?」
篠上龍之介、川神事務所の副社長的な存在で実質的にこの事務所の運営をしている人物だ。いつもは事務所にいるはずなんだが……今日はいなかったな。
「なんか教師の方の仕事が忙しくて、なかなかこっちに顔を出せないみたいだよ」
龍之介は教師として働いているのだが、川神さんとの付き合いもあってほぼ毎日仕事をしに来ていた……。
(まぁ、教師の仕事ってのも結構大変だからな)
川神さんは人の扱い荒いし、無賃残業強いる本当に雑でケチな社長だからな。精神的に病んじまうよ。
「それじゃ、しばらく俺ら五人で仕事か」
するとティトは額に手を当て、大きなため息をつく。
「そうだよ。だからこの頃クタクタで」
確かにただでさえ、六人という少人数で運営、それに加え、うちの事務所は結構評判がよく依頼の量が多かったりする。
そう考えてみると、俺や龍之介がいなかったせいで運営が大変だったみたいだ。
「とりあえず、このメンバーでなんとか運営できてるからいいけど」
俺もあと二、三人従業員を増やして思う気持ちも山々なんだが、川神さんの採用基準が高すぎて、なかなかここに入ってこれる人がいないんだよな。
「目の前の仕事だけ見ておこう……あとのことを考えると、頭が痛くなるから」
俺は席を立ちジュースを取りに行く。
「お、ピーチティーがある!」
ピーチティーは最高の飲み物である。きっと、この飲み物を飲んでいる時間が俺にとっての至福の時だな。
ピーチティーをコップに注ぎ、席へ戻ると。
「もう来てたのか」
テーブルの上には料理が運ばれてきていた。さすが魔術で発展した科学力ってのは凄いな。
魔術が出現したおかげで、科学力の方もかなり発展した。効率と質の両方を取れる科学技術が開発されたうえ、魔力を無限に垂れ流し続ける魔石によって半永久的にエネルギーを作り出すことを可能にした。本当に魔術さまさまだな。