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「舐めたようなこと言わせませんよ」
繰り出されたのは、突き。剣道とかでよくやるアレだが、これは超速い。さらに、驚いたのだが、コイツ五、六メートル近くあった間合いを一瞬にして詰めやがった。
体を右に反らしギリギリで躱し、そこから左手を思いっきり横に振って、突っ込んできた姫条を思いっきりぶん殴る。
「ふぅ、ここまでされたら抜くしかないな」
今の一撃で吹き飛んだ姫条が起き上がり体勢を整えている。
「やっと本気になってくれましたか」
「いや本気を出すわけじゃない、刀を使うだけだ」
背負っている刀袋から氷牙を取り出し、抜刀、右手に持つ。
「刀を抜いたからには今まで通りいかないぞ」
突きが来たら困るからな……。
姫条がやっていたように右足と右足を引き、氷牙を頭の高さで構える。空いた左手は前に突き出し体の重心を安定させる。
「なんですか?私の構えを真似したからといって――」
引いている右足を一歩踏み出すと共に右手を前に突き出す。
「――な……」
俺の突きだした氷牙の刃が姫条の左頬をかすめる。
顔のど真ん中を狙ったんだが、やっぱり練習してないと思うようにいかないもんだな。
「真似したからなんだ?」
横目で刀を見た瞬間、姫条の表情が一転し恐怖と焦りが見え始めた。
「さすがに今のは油断しただけですよ」
「油断ね……」
「そうです」
身をかがめ、俺の懐に入り太刀で斬り上げ攻撃。体を少し後ろに反らし刀を躱そうとするが、太刀というだけあり躱しきることはできず、太刀の切っ先が俺の体を捕らえる。
「こんな近距離でも太刀を使いこなすのかよ……」
「当たり前です」
直撃は免れたが、今のはかなり痛かったな。
姫条が再び距離を取ろうとバックステップする。また例の突きか?
「次は仕留めます」
一度やってみたかったことあるし、やってみるか……。
先ほどの霞の構えをした状態で姫条の突きが出るのを待つ。
「なにをする気か知りませんけど、この突きを止めることはできませんよ!」
姫条の動きに合わせ右足に置いていた重心を左足に持っていき、だいたい同じタイミングで突きを繰り出す。
「いや、止める!」
軽い金属音が響いた瞬間に、周囲の周りで騒いでいた連中が言葉を失う。
「うそ……」
姫条の突きを自分で繰り出した突きで力を相殺させ、刀を止めた。
「止めたぞ?」
その一時の静寂ののち周りからは歓声が巻き起こる。
姫条が唖然としているうちに腕に力を入れると、太刀はあっけなく姫条の手元を離れる。自分のおかされている状況にやっと気が付いた姫条はあたふたし始めたがもう遅い。
「黒木流剣技、氷染」
刀で姫条を斬ると、斬った場所から感染していくように体の至る部分が凍っていく。
「な?抜かない方が良かっただろ?」
姫条の体は完全に氷に包まれ氷の像のようなものと化していた。こんな状態になっても死なないんだから、ここの加護は本当に凄い。
「俺の勝ちだ!」
纏した刀で姫条の首元を左薙ぎ、素早く方向転換し左肩から斜め左に袈裟斬りでトドメに斬り上げ攻撃。刀を振り抜くと氷が砕け、中から戦死した姫条が現れ、力が抜けてしまったように地面に倒れる。
「先生、姫条のこと保健室に連れて行きますよ」
さすがに担いでいくのも悪いので、倒れて横になっている姫条を抱きかかえ闘技場を出て、校舎に入りそのまま突き当りの保健室へ運ぶ。
「失礼しま……って先生はどっか行ったのか?」
先生は不在だったらしく、保健室には先ほど運ばれてきた島田しかいなかった。とりあえず空いているベッドに姫条を寝かし、薬を探す。
「あれ?どこ探してもないな」
薬箱や戸棚を見たがどこにも入っていなかった、先生の机を調べようとしたとき、机の上に紙が乗っているのに気が付いた。
『只今、傷薬と回復薬が切れているので買い出しに行っています』
ちなみに、傷薬は怪我を治す薬で回復薬は戦死から復帰させる薬だ。どっちでも変わらないというやついるが、結構大きな差なのでしっかり使い分けて欲しい。
先生がいないし薬もないし、しょうがないな使うか回復術。
(でも結構しんどいんだよ……コレ)
みんなには黙っているが俺は回復術が使える。実際、応用力のない回復術なので戦闘中は使えないけどな。姫条の体の上に手をかざし、手の平に魔力の塊があるようなイメージをして集中する。
「ふぅ……」
そして集中すること十分、そろそろスパートをかけるか。かざしていた右手を少し上に引き、さらに集中。魔力のすべてを集めるようなイメージで――
「黒木流回復術、偽掌底」
そのまま右手を素早くおろし、姫条の体スレスレで止める。するとベッドの足がミシミシと音を立てる。今ので治癒力のある魔力を叩き込んだ。ここまでやったんだから、あと十分くらいで目を覚ますだろう。
俺は保健室をあとにした……ちなみ島田に使う義理はないのでそのまま放置してきた。
今回は姫条の突きに免じて使ってみたが、さすがに突きで突きを止めたのはやり過ぎだったか……と考えながら闘技場に入ると。
「たっくん、そんな適当に打っても当らんよ?」
「うるせぇ、今日はちょっと調子が悪いんだよっ!」
晃嘉と匠が闘ってた、晃嘉はIMI社の.50AE弾をぶっ放す最強の銃DE、匠はトーラス社の.500S&Wマグナム弾を使用するトーラス・レイジングブル。バカの喧嘩のような、物理は強かったみたいな戦いになってる。
勿論、そんな勝負をしているせいで制限時間がなくなり、勝負は引き分け(ドローバトル)となった。そ
「して、他のやつらが順々にバトルを始める。
(結構みんないいセンスしてるな……今年の学区大会はいいところまで行きそうだな)
あっという間に時間は過ぎ、一時限目が終わり二時限目以降は普通授業を受けた。授業中、もうめんどくさいことが有りませんようにと考えていたが、四時限目終了直後、
『一年六組、黒木嬌平、昼休みに校長室に来なさい』
と呼び出しを食らってしまったので校長室へ行くことにした――
校長室って遠いから嫌いなんだよな……。
うちの高校はなんでか知らないが、校長室が学校の端っこにあり、一年教室とは正反対の場所にある。まったくなんで厄介な作りしてるんだよ。
「失礼します」
校長室に入ると赤城高校校長、赤城朱雀が席に座っていた。
「朱雀さん、俺になんか用ですか?」
家柄の関係で朱雀さんとは知り合いだ。この高校に入れたのもこの人のおかげと言ってもいいかもしれないくらいお世話になっている。
「最近第六学区……まぁ、この学区なんだけど、夜中になると四方家を名乗る通り魔が現れるらしいんだ」
ちなみに日本二十三学区というだけあって学区が二十三個存在し、そこに様々な高校が点在する。
「別にそんなの、ほおっておけばいいじゃないですか?」
噂とか立ってるわけじゃないし大丈夫だろと思ったが、そこで朱雀さんの顔つきが急に変わった。
「それが、今その件を放置できる状況じゃないらしいんだ」
「それはどういうことですか?」
この人がこんな顔するなんてよっぽど深刻な状態なんだろう。
「詳しい事は分からないが、裏学区が動いた」
裏学区というのはこの学区を統治する学区政府の裏で動く組織。一部では都市伝説と言われているが実際に存在する。
余程ことじゃ動かないアイツらが動くってことは、かなりマズイってことか。
「話は変わるが、お父さんとお母さんは元気かい?」
「親父は元気すぎて困りますよ、お袋に電話するたび愚痴ばかり聞かされますよ」
「そうかそうか」
朱雀さんの表情が和らいでいく。
「矯平君は親がいなくて寂しくないのかい?」
「三年も経つと慣れますよ」
日本二十三学区は原則的に十二歳未満、三十歳以上の人間は立ち入り禁止である。あくまでも未来ある世代のための学区らしいからな。ただ公務員や学区の外との流通業者は立ち入りが出来る、教師とかはさすがに素人を使うとヤバいって学区も考えてるんだろう。
その後、しばらく談笑して校長室を後にする。とりあえず学食にでも行って飯食うか。
「それじゃ、戻ります――」
帰ろうかと扉の前まで近づくと……
「そこにいるのは誰だ!」
学校だからと気を抜いていたが誰かに一連の会話を聞かれていたぞ。
「大丈夫だよ、矯平君」
「全然大丈夫じゃないですよ!」
扉を急いで開き、廊下を走るがすでに逃げられてしまったようで、捕まえることはできなかった。