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「白雊……だと」
クロナはその深紅の目を大きく見開き唖然としていた。
「なんで、お前と白雊は似てるんだ……」
返事なんて返ってくるとは思わなかったが、重々しくクロナが口を開いた。
「アレは私の先祖をもとにして作られたんだ……似ていても当たり前だ……」
それにしては似すぎだろ……お前んちの家系は細胞分裂でもするのかよ。
「待てよ、祖先を元にしたって――」
「そうだ、アレは封印されてた……」
なるほど、だからこの二十三学区を知らなかったんだな……。
というか、封印されてたのかよ!若さを保ったまま長年封印する技術なんて聞いたことないぞ、親父。そしてそういう事はしっかり文献に書いておいてくれよご先祖様。
うちの家系は適当な人間ばっかりだったらしいから、他の家の誰かが記してくれるだろうくらいの感覚だっただに違いない……。
「それで、殺すために封印を解いたら部下がヘマをして逃がしてしまったんだ」
追われてる理由はそれだったのか。
殺す話をしているところを考えると外から来たという確証ができるな。
「それで、なんで殺す必要があるんだ?戦鬼なら利用するんだとばっかり思ってたぞ」
俺の話を聞くと、向こうはがっかりした顔をして俺の問いに答える。
「あぁ、先祖が残した遺言に従ってるんだよ……私だって殺したくはない、戦えようが戦えまいがな」
クロナは歯を食いしばると、視線を落としうつむく。
コイツもコイツなりに白雊のことを考えてるってことか。
「遺言だって?」
「そう――私たちの戦略の障害になるらしい。大戦で裏切られた時から」
実際、俺たちが白雊を守るために俺らとやり合って被害も大きいみたいだし、しっかり障害になってるな。先祖の残した言葉は当たってたわけだ。
「別に先祖の言葉なんてどうでもいいだろ?今大事なのは――」
「五月蝿い!貴様に何がわかる?私には楽園からの使徒の団長という使命があるんだ!」
クロナは羽織っているボロ布の様なものに手を突っ込む。
「――だから戦鬼を――白雊を返してもらう」
仮面の女はコートのように羽織っている長いボロ布の様なものの間からUZIを二丁取り出し、銃口をこちらへと向ける。
「ここからはこれを使わせてもらう」
トリガーに指をかけ引き金を引こうとしている。さすがにサブマシンガン二丁とこの距離でやりあうのは分が悪すぎる。
「凍てつきし弾丸」
魔術を使うと前方に直径五センチ程度の黒い氷の粒が二、三十個浮遊する。それを量産しながら相手に向けて打ち出しつつ、森の中へと飛び込む。
どうする、ヘタに出ていくと銃弾の雨を浴びる羽目になるぞ、これ。なんとか近距離まで近づく方法ないか……。
ひとまず、動きを止めるように魔術を発動させようとすると……
「そこだ!」
急いで前方に回避行動をとり、後ろを振り向くと先ほど俺がいた場所には銃弾が撃ち込まれハチの巣のように小さな穴がいくつも空いていた。
バレバレってことかよ、銃とまともにやりあうことを考えずにあのUZIを使用不能にするか考えた方がいいみたいだな。
場所を移し、そこから仮面の女の隙をうかがう。アイツが振り向くときに片方のUZIを落とすか……
そう思った矢先、クロナが後ろを確認しようと体を動かす、やるなら今しかない!
「凍てつきし弾」
氷の弾丸を一発素早く飛ばす。これで一丁潰したか――いや、ダメだ!氷を打ち出した瞬間気付いた……アイツこっちに銃口向けてやがる。
思わず伏せると、銃声……そして風を切る音と共に銃弾が俺の頭上を通過してゆく。
なんで場所が的確にわかるんだよ!バケモノか、アイツは? 隠れて攻撃も無理なんて詰んだも同然だろ……。
対策を必死に考えていると、
「早く出てこい!お前の場所は分かってるんだぞ!」
そんな煽り俺に効くわけが……いや、待てよ。俺の場所が分かってるなら普通に攻撃もできるはずだ……さっきも撃ってきたし、なんで撃たないんだ?
アイツが俺を撃てない理由はなんなんだ!
「チクショウ!」
ヤケになって近くにある石ころを思い切り相手に向かって投げてみる。さっきのように撃ち落とされるかと思ったが、飛んで行った石ころは撃ち落とされることなくクロナの近くに落ちた。
「チッ!」
本日三度目の回避行動で移動し、様子を見るが――
「どこだ!早く出てこい!」
バレてない!?ってことはまさか!
絶望している俺に一つの案が浮かんだ。
とりあえず一か八かの攻撃に出ることにした。クロナ近く、そしてバレない位置まで前進すると、ナイ
フを投げ、その後を追うように茂みから飛び出す。
「その程度の小細工が通じるか!」
UZIの弾がナイフに当たり、間合いの中間でナイフが控えめな爆発を起こす。これは姫条と戦ったみたいに隙を作るために使ったが、今回はそれだけじゃない。
「煙をいくら撒こうと無駄――」
今回の爆発はスモークだ。
稀に魔力を感じ取って敵の場所を把握するバケモノがいる。あくまでも予想だがコイツはその類で俺の場所を見分けたのは魔力を感知してた可能性がある……ってことは、
「クッ!」
ここで発生した煙はわずかであるが魔力を含んでいる。そのせいで俺の場所がバレることはないだろう。まぁこれは、水蒸気が入っている風船を壊せば、水蒸気が空気中に拡散されるってのと理屈は同じだな。
でもバカ正直に突っ込んでいけば被弾することは間違いない……今回は下から攻める!
大体攻撃できる範疇に入ったことを確認、体を徐々に倒し、走った勢いで体を滑らせてゆく。
「これで二丁ともあがりだ!」
クロナの脇を通り抜けるように向きコントロールし、滑り抜ける瞬間に構えているUZIを斬り上げで真っ二つに斬る。
幸い銃を二丁とも構えてくれていたおかげで両方破壊することが出来た。
両足でブレーキをかけ、滑ってた勢いと体重移動で流れるように綺麗に起き上がる。
我ながら素晴らしいスタンドアップスライディングだったな。
「さてと、これで――」
「バカめ、サブを持っていない人間などいないぞ?」
続いて取り出したるは、P226――シグザウエルから出た高性能な銃である。
「ここでついにやるときが来たな」
「なんだと……」
俺に向かって飛んでくる銃弾は刀を一振りするごとに甲高い音を上げながら次々と地面に落ちる。
「この程度――」
「この程度がなんだ?」
目の前にはクロナ……いつの間に移動したやがったんだ!?
クロナは手の平を俺の腹部に押し付けると、
「これはさっきのお返しだ」
体が高く宙を舞う、それと同時に腹部には激痛が走る。これだけ浮いたってことは、風の魔術を使いやがったな。
魔術に特性ってのがあるらしく、風の分類だと飛ばすことに特化してたりする。俺の使ってる氷はどっちかっていうと鋭さって感じだな。
「イテェ」
地面に背中から落ちた衝撃が傷口に響いてすごく痛い。再生力が早いだけあって出血ってほど血は出ていないが、外だったら多量出血で死んでたな。
「ここでは気絶するまで攻撃しないと、死んだことにはならないんだったな」
クロナは胸ぐらをつかみ俺を軽々と持ち上げると、空いた手で何度もフックを打ち出してくる。
「まぁ、ずっとこうしていればそのうち死ぬか」
マズイ、意識が遠くなってきた。ダメージもデカかったのか体に力が入らず、軽い金属音をたて手元から黒巫女が落ちる。
「――みたいな、自分の――ヤツに――」
「なんだ?」
「――テメェみたいな、自分に正直に生きられないやつに白雊を取られてたまるかよ!」
俺は白雊が信じていてくれる限り負けちゃいけないんだ。
「言いたいことはそれだけか……」
最後の力を振り絞り、再び打たれたフックを止める。
「!」
「――次の段階、黒を纏いし騎士!」
先ほどの黒の強化術式の力をさらに増大させ、黒い魔力を体全体に纏う。傍から見れば黒い鎧を纏っている騎士、そして黒木がどこにも所属せず、自由に戦うような家柄であったため、これを黒の騎士と呼ばれている。
クロナの腕を掴み振りほどく。
「時間がない、さっさと片を付けてやる」
何が起こったのか分からず呆然としているクロナを蹴り飛ばすと、落としてしまった黒巫女を拾い上げる。
「くそっ!」
俺が徐々に近づくと、急いでマガジンを入れ替えリロードしたらしいP226の銃口が向けられる。
「撃ってみろよ」
それに怯むことなく少しずつクロナのもとへと足を進めるとクロナはトリガーを引き銃弾を撃ち出す。だけど――見える、避けてくださいと言わんばかりのゆっくりしたスピードで銃弾が飛んでくる。
「おせぇよ」
首を横へ傾け、最小限の行動で銃弾を躱す。躱せそうにない銃弾は、今の状態でわざわざ斬る必要もないのですべて手でつかみ取る。
「形勢逆転だな?」
そろそろ、隊長さんの時に使った一撃必殺でも使ってみるか。
「貴様は私の邪魔を――」
「邪魔?自分の生き方を見失ったお前に文句を垂れられる筋合いはない!」
うちの爺さんが言っていた――囚われれば成長なんてない。囚われて向き合い傷つくことをしない限りは強くなれないってな。
うちの爺さんは、適当に格言みたいなものを作って残すのが趣味みたいな人だったから、あんまり深く考えない方がいいだろう。
「なんだと!」
「どうでもいいだろ?昔の人間の言う事なんて――今と繋げる理由がどこにある?」
うちの考え方を押しつけているようでいい気分はしないが、昔と今は違う。それを引っ張る理由は無いだろう。今回みたいな殺し合いがあった時代と平和な時代を結び付ける辺りが特に。
「だって……」
「だってじゃねぇだろ、結局お前は団長、先祖の遺言を建前に逃げてただけなんだよ!」
この言葉を口に出すと、クロナは目に涙を浮かべ凍りついたように動かなくなった。
「どっちにしろ、楽園からの使徒なんて俺が終わらせてやるよ――」
クロナの懐に飛び込み蹴り上げる瞬間に足から魔力を放ち、二、三メートル上空まで蹴り飛ばす。
「ちゃんと、俺に力を貸せよ……」
ぼやきながら片膝立ちになり、刀を持ったまま握りこぶしを地面につけると黒い柱が現れ、クロナを飲み込む。俺は立ち上がり凍りついたクロナの瞳を見つめる。
「悪いな、俺にも約束があるんだ」
その黒い柱を四、五回斬撃を叩き込む。斬り方は滅茶苦茶だったが、確実に黒い柱には斬り込みが入って行った。
「黒木流秘術、黒柱氷宙斬!」
刀を振り終え、切っ先を地面に向ける。黒い柱は音をたてず静かに崩れ去り、黒い塊は地面に吸い込まれていく。黒い瓦礫の中に黒髪の少女が一人、ただ動く様子はなく人形のように静かに横たわっていた。
勝ったな、白雊との約束はしっかり守れた。その上久々に満足できる戦争ができたな……
背負っている刀袋から黒巫女の鞘を取り出し真っ黒な刀身を鞘に納めると、体に纏わりついている魔力も消えていき、最後には酷い気だるさが残った。
「まぁ、アレだけボコられて黒の騎士を使ったんだ……こうなる――」
そして意識が遠のいてゆく、黒く深い闇の中に落ちてゆくように視界が真っ暗になり意識が飛んだ。