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「なんだよ、この間の男じゃねぇか」
前衛の中で一人マントを着けた男が歩み寄ってくる。
どこかで聞いた声がすると思えば、以前俺らを騙したマントの男だった。
「お前一人か?これだったらまた俺らの勝ち――」
再び刀袋から黒巫女を取り出し抜刀しながら術式の閃影を使いリミッターを外す。そして男が自分の攻撃圏に入った刹那、
「黙れ」
抜刀した黒巫女で男の体を左脇腹から右肩へ、逆袈裟で斬る。男は俺の攻撃を防ごうとしたのか刀に手をかけたまま地面に倒れてしまう。
見た目の割には、案外簡単に壊れるんだな。
「ここからは俺の本気を見せてやるよ」
やっぱり近くで人数を見たが量が笑えないぞ……まぁ、これを見越して三人を川神さんのところへ向かわせたんわけだし、心置きなく使えるな。
刀を地面に突き刺し、詠唱を始める。
「黒の騎士よ、我にすべてを壊し尽くす力を授けよ――」
「貴様、よくも副隊長を!」
一瞬のことで唖然としていた敵兵だが、我に返り前衛の近接武器使いはなだれ込むように、俺に襲い掛かってくる。
「――纏、黒の強化術式」
唱えた瞬間に世界が一瞬スローモーションになるような感覚に襲われる。
ったく余計な術式組み込んじまってんな、あとで何とか改変してみるか。
刀を横に一振りすると、剣圧だけで敵が吹き飛んで行ってしまう。
「な、何なんだよ……アレ」
自分でもわかる……何か黒いものが体中から湧き出してくるような感覚。あんまりいい感覚とは言えないけどな。
黒巫女の刀身を見ると、さらに黒味を帯びていており、もう刀と呼べるものではないのではないかと思ってしまう。
「かかってこいよ――」
右足を引き切っ先を後ろ側に向け、刀を腰の高さで構える。俗に言う脇構えってやつだ。
「――全員俺が潰してやるよ」
「この人数相手に……やってみろよ!」
挑発されて跳びかかって来た数人を回し蹴りで薙ぎ払うと、前衛の人数を減らすために剣技を使う。
「黒木流剣技、雪刃カマイタチ」
刀を突き刺し、以前使った時と同じように刀から雪が出てくるわけなのだが、この黒の強化術式を使っている状態だと、どの魔術を使っても出現する氷や雪が黒くなる。どっちかっていうと雪ってよりは灰って感じだよな。
敵が多く攻撃範囲に入ったところで刀を引き抜き、敵を一気に処理する。
「怯むな!うてぇ」
後衛のアサルトライフルどもは呪文で攻撃する。撃たれた銃弾を躱しながら術を発動する。
「氷よ、その聖なる輝きで悪しき魂を貫け、氷柱の雨」
お世辞にも輝いているとは言えないほど、どす黒い氷柱が空から降り注ぎ、敵の遠距離攻撃部隊を襲う。
人数が減ってきたところで、いつも通り刀で斬り倒してゆく。
「くらえぇ!」
クソ、後ろを取られた!
体を少し捻り背中の刀袋に入っている鞘で斬撃を防ぎ、体を前に引くと敵が前のめりになる。その隙を逃がさず、左手で制服の右ポケットに入っているナイフを逆手で取り出し、首を狙い突き刺す。
また、敵がわんさか溜まって来たな。まぁ、接近で溜まってくれないと狙撃されるからこの方がマシか?
とにかくこんなに集まられると先ほどの様に後ろを取られかねないので、もう一度周りの敵を蹴散らす。
「黒木流剣技、黒刃波」
自分の体を中心に黒巫女で円を描くような形で素早く右に一回りする。その刀の剣圧が黒い波となって広がってゆく。
敵を散らし、刀の切っ先を敵に向け水平に構える。
「これ、返すぞ――転生」
俺の後ろで黒色の魔法陣が出現、そこから先ほど廃墟で捕らえた敵を弾丸のように発射する。
「こいつらさっき消息を絶った見張り部隊じゃないか?」
人間ガトリングを全方向に放つと敵の人数も疎らになって来ていた。結構早く片付いたな。
俺の強さを目の当たりにしてか敵の士気もかなり落ちてきているようだった。
「クッ、このままでは本隊が壊滅してしまうぞ」
敵兵たちは少しずつではあるが、後退していってる。
「まったくお前らは……」
敵兵の間を縫うように風を纏った人間がこちらへ飛び込んでくる。
「おっと」
左腕に氷を纏、相手の突撃を受け止める。俺が突き出した左腕と突風がぶつかりあり、勢いで軽くふらつく。突風の中にいた人間の方は空中で一度宙返りし、うまく勢いを殺してから着地。
「なるほど、アンタがボスかよ」
風の中心から現れたのはフードを被り仮面を着けた男――いや、女か?
あまりにボロいというか、清潔感が無いというかそんな格好をしているせいで男かと思ったが、体格的には女だな。男特有のガッチリした感じが全く見られない、身長も中学生くらいだな。
しかし異様なまでの殺気、威圧感を感じる。さっき戦った火野だったか?アイツと比べものにならないな……。
「まぁ、そんなところだ」
「ボスがお出ましなんて、お前が負けたら終わるんだぞ?この戦」
「関係ない、私は勝つ。それにこのまま兵を消耗させられるのも気に食わん」
「そうかよ」
舐められたもんだな、黒木も。相手に四方家って気づかれてないだけの可能性も高いけど……
「お前ら下がれ」
「了解ですクロナ様」
それを聞き敵は後退していった。
持っていたナイフを制服のポケットにしまい、黒巫女を構え直す。
「それじゃ私からいくぞ!」
クロナと呼ばれた仮面の女は右から俺を回り込むように走り出し、間合いが詰まったのを確認し脇腹に蹴りを打ち込んでくる。それを右腕で防ぎ、空いた左手で女の顔を狙い掌底を放つ。しかし相手は体を後ろに反らしてそれを躱すと掌底で突きでた俺の腕をでつかみ、攻撃の勢いを利用し無理矢理、背負い投げのような状態を作りあげ、俺を投げる体勢に入る。
クッソ、ここで技を極められたら寝技に持ってかれてアウトだぞ!
落ちる瞬間に素早く黒巫女を手放し、空いた右腕を地面に突きたてるような形で地面につけ体の体重が落ちてくるタイミングに合わせ徐々に肘を曲げてゆき、技が極まるのを阻止する。
右腕にフィールドバックが来るとは思ってたけど、ここまで負荷がかかるのかよ……
宙に浮いている両足で女の顔を挟み、背中の方に体重をかけ前転する。すると絞め技を返したように立場が入れ替わる。前転した後その勢いで何とか立ち上がり黒巫女を回収し距離をとる。
「攻撃をあんな風に無理矢理止めるなど、お前はアホな男だな」
「技を返されたやつがよく言えるな」
クロナが立ち上がり、先ほどとは違い真っ直ぐ俺の懐に入り込もうと距離を詰めてくる。
「それじゃ、これはどうかな」
俺の足を止め左足で踏み込むと、拳が突き出される。
なんだよ、普通のパンチかよ……思わせぶりなこと言うから凄いのが来るのかと思った……。
腕を前で交差させ、突き出される拳を受け止める。
「これも止めるか……」
ミシミシと音を立て腕の骨が軋むのが分かった。
向こうは俺が打撃を止めたのを見てがっかりしてるようだが、今のは効いたぞ。
大砲かなんかでボウリングの球を打ち出したような打撃、片手で受け止めてたらと想像するとゾッとする。
拳を腕で押し返し、黒巫女を振り下ろす。さっきの一撃が余程響いたのか振り下ろす際に腕に痛みが走る。
「私が思っていたより効いていたな」
クロナは軽く黒巫女を躱すと、先ほどと同じ一撃を腹部に打ち込んでくる。腹部に重い衝撃が加わる。あまりに強い衝撃に足の踏ん張りが負け仰向けに倒れる。
「まだまだだな」
俺の体の上にはクロナが馬乗りになり拳を振り上げていた。体を起こそうとしたが腹部に打撃を受けたせいで力が入らない。
「クソッ!」
刀を振るが勿論当たるわけもなく、チョップで手首に攻撃を受け刀も落としてしまう。
「最後のあがきか、無駄なこと――」
右手で相手の顔を鷲掴みにする。
いくら敵が女でもここまではしたくなかったが……このままノックアウトされるのも勘に触る、悪く思うなよ。
「氷が作りし爆発弾」
右腕が勢いよく地面に叩きつけられるのと同時にクロナの体が宙を舞う。地面に叩きつけられると顔を抑えうずくまり悲鳴を上げる。
俺が今使った魔術は凍る球の進化形の様なもので、発射された球が何かに当たると爆発と共に冷気をまき散らす。寒い日に冷えた手なんかを机とかにぶつけると、いつもより痛く感じるなんてことがあると思うが、これもそれと同じように冷気の効果で痛みを多く与える。
加護があるから一生の傷になるなんてことはないと思うが、あまり女子の顔を傷つけるのは気分が良くない……打撃系の攻撃は別だけど。仮面があるだけまだやりやすかったな。
「貴様ぁ!」
急いで起き上がりクロナの方を見る。仮面は崩れ落ち顔が月明かりに照らされはっきりと見えた。
ルビーのように激しく燃えるような瞳、すべてを飲み込んでしまいそうな漆黒の黒い髪、顔は少し幼さが残る少女――
「待てよ、お前――白雊に……」
――瞳や髪の色は違えど、顔は気味の悪いほどそっくりだった。瓜二つとはこのことを言うのだろう。