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「黒木君、遅いですよ?」
教室のドアを開けると公立にしては少し広く小綺麗な教室、そして呆れ顔の委員長が教壇に立っていた。
「悪い、そんなに怒るなよ、姫条」
姫条刹那、一年六組の委員長で長くて綺麗な黒髪が印象の女性だ。この学区で開かれる学区大会――オリンピックの規模を小さくして、スポーツの代わりに決闘するようなロクでもない大会があるのだが、そいつの剣技部門で準優勝するほど強い。
「まったく……」
姫条の艶やかな黒髪がなびく……怒ってなきゃ大和撫子って感じなのに勿体無い。
「なんか失礼なこと考えたでしょ!?」
「し、失礼なことなんて考えてないぞ!」
そんな調子で日直の仕事をする。というか、日直が朝早く来て仕事とか小学校かよ。
「ふぅ、やっと終わった」
朝からゴミ出し、日誌を取りに行き花瓶の水交換……意外としんどい。
「そういえば、黒木君も刀をメインで使うんですか?」
「あぁ、そうだけど」
戦学で使用する武器は何でもいいのだが、銃火器を使う生徒が多い。よく銃火器の方が有利と勘違いされるのだが、ここではスナイパーライフルやアサルトライフル、重火器以外は近接武器と言ってもいい。死なないから隠れる必要はないし、中学校からの経験で立ち回りを取得してるしな。ハンドガンやマシンガンは、基本的に格闘技と組み合わせて戦うのがセオリーであると言っても過言ではないだろう。
刀について熱く語っていたところに、悪友二人が会話に入ってきた。
「おっす、矯平」
まず、俺に挨拶してきたツンツン頭のガラの悪そうな友人、浅倉匠。バカでポジション的には三枚目ってところだ。
「おはよう、キョウちゃん」
ちょっとチャラチャラしている友人、武田晃嘉。見た目と違ってよく頭が回り、そのうえ誰もが認めるイケメン。友人としても正直妬ましい。
「おう、二人とも」
俺らが仕事をしている姿を見て、晃嘉が不敵な笑みを浮かべる。
「なんだ晃嘉、朝っぱらからニヤニヤして」
「いやぁ、キョウちゃん。今日は委員長さんとイチャイチャですか?」
晃嘉はこういうところがなければモテるんだろうな。
「イチャイチャしてない。っというか、今日はってどういうことだよ!?」
「いつもはリョウさんと、イチャイチャしてるやん」
「それは絶対にない」
ちなみに言っておくが、俺と諒子が同居しているのは、両親同士の仲が良くそのうえ、ここではちょっとした権力者らしく使っていない寄宿舎を買い取ってくれたからであり、許婚とかそういうのではない。
「またまた、そんなこと言って――」
その時、晃嘉の頭を包み込むように二本の腕が伸びてきて、頭をロックする。
「晃嘉君?変なこと言ってると、折るよ?」
「リョ、リョウさん!?冗談なんでやめてください」
後ろには、大変お怒りの諒子さんがいらっしゃった。なんか雰囲気がドス黒くて夜叉みたいになってるけど……細かいことは気にしなくていいか。
「よっこらせっと」
しかし、晃嘉は自力で諒子の腕の中から脱出、よくあの状況で抜けられたな。
実際、戦っていると、後ろ取られてネックツイストというのは結構あるのだが、相手の締めがキツイと抜け出すのに結構苦労するんだよ、アレは。
「でさ、さっきの続きなんやけど、キョウちゃんとリョウさんはど――」
「おい、晃嘉――それ以上喋ったら、首飛ばすぞ?」
制服の中に仕込んでおいたバタフライナイフで応戦。これ以上余計なこと言ったら諒子とボコって戦死させてやろうか。
戦死――一括りに言ってしまえば気絶、ゲームやってて体力がなくなるとゲームオーバーになるようなものだ。死んでないのになんで戦死というのか、そこだけ疑問だ……あと、晃嘉の首を飛ばすとは言ったものの、生命維持のための回復力は断然に早いので、体を分離したり消し飛ばすことはできない。
普通の学生はよっぽど真面目なやつじゃない限りは戦死のことを殺すや潰すなど、それっぽい言葉で言い換える学生が多い。
「なんだよ矯平、面白いとこで話を切るなよ」
まったく面白いところが見つからない。
「何かやましい事でもあるんですか?……」
姫条、そんな目でこっちを見ないでくれ。俺だって好きで同居してるわけじゃないんだ。
そんなこんなで、騒いでいるとあっという間にSHRの時間になってしまった。
「はい、みなさんおはようございます」
担任の草延先生は朝から妙にテンションが高かった。
「実は今日、戦学の実技訓練をします」
その言葉を聞いた途端、クラス中で歓声が上がった。入学して初めての実技だからしょうがないか……なんで歓声が上がるほど嬉しいのか俺には分からんが。
(とは言っても、普通の授業受けてるよりは面白いか)
あと一応言っておくが、学校なので国語や数学など普通の勉強もする。
「それではみなさん、一時限目は各自、武器を持って北側の第一闘技場に集合してください、以上でSHR終了です」
先生が教室から出ていくと、クラスの喧騒がより酷くなった。
「矯平、早く行こう!」
「あぁ、わかった。匠、晃嘉、行くぞ」
机の横に立てかけておいた氷牙を持って、三人を引き連れて集合場所に向かう。
「そういえばキョウちゃん、Bizonは使わないん?」
PP‐19 Bizon、ロシアのイズマッシュ社製、低反動で打ち方によっては精密が向上するうえ、弾数が64発という接近戦向きのマシンガン。以前、俺が持ち歩いていた武器だ。
「持ち運びが面倒だからな」
というのは建前で、基本的には刀しか使わないので用途がなく所持していない。
「ってかお前ら銃を新調したんだっけ?」
「あー、そうそう。僕が何を使うかは内緒だけどね」
「俺も、何を使うかは内緒だぜ」
基本的に武器は学区から支給されるが、自分で武器屋から買うことが出来る。大体は、自分で新しく買うのだが、支給武器も結構いいのが多いので支給武器を使ってる人もいる。
「なんだよ、ちょっとくらい教えろよ」
「まぁまぁ、焦らんといて」
「矯平、細かい男は嫌われるよ?」
全然細かくないだろ!だいたい、そういう時に使う言葉じゃねぇだろ、それ。
テストをやれば学年一位なのに、なんでこういう部分だけ抜けてるんだか。
「あ、ほら。あそこじゃないか?」
匠の指差した方を見ると、見た目、体育館と同じような外見の建物が立っていた。
「これって、体育館とそう変わらない気がするんだけど?」
諒子が眉間にしわを寄せている……確かに見た目体育館だな。
「たぶん中に結界みたいのが張ってあるんじゃないのか?」
特に魔術を使う戦闘は被害大だろう。
「とにかく、中に入ってみようぜ」