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放課後、珍しく川神さんからメールで呼び出しを食らった俺は、電車で一時間という時間をかけ、わざわざ遠い二十一学区に向かった。目的地へ到着したもののどこに向かえばよいか分からずにいた俺は、川神さんに連絡を取ってみることにした。電話をかけようとするとまた川神さんからメールが届いた。待ち合わせの場所への道案内のメールと地図が添付されており、その地図を見ながら指定された目的地の工業跡地へ向かうことにした。
工業跡地は意外にも歩いて行ける場所にあったので徒歩で二十五、六分で着いた。
廃工場と化している工場が立て並ぶ様子はとても不気味だった。俺は門を上り、カーソルが付いていた工業跡地の中心部へさらに足を進める。
「なんだ、矯平じゃないか?」
中心部の奥へ進み人気を感じて急いでナイフを身構えたが、建物の陰から現れたのは少し大きめのリュックを背負った川神さんだった。
「なんだ、川神さんまで来たんですか?」
川神さんにもメールが来てたってことか……
「いや、ここに来れば何かしらはわかるだろうと思ってな」
川神さんは瞬きを使い、モールス信号で俺に指令を送ってくる。えっと「わ・た・し・の・う・し・ろ・を・や・れ」か……俺は小さく頷くと俺と川神さんは同時に右に回りながら建物の影に向かってナイフを投げる。すると巨大な爆発が起きて悲鳴が二つ聞こえる。
「で、そこにいるヤツ出てこい、俺らをハメて何をする気だ?」
廃墟の中から一人の男が姿を現す。赤いコートに身を包みガタイのいい男だ、鍛えれば強くなりそうだな。
「なんで分かったんだ?」
見た目に似合わずバスのかかった低い声で冷静に問いかけてくる。
「川神さんはあんな懇切よく道案内なんてしない」
川神さんがメールするだけでも珍しい。メールが来るときはからならずと言って程写真やら、地図が添付されている。
「私は最初のメールで気づいたぞ?」
「なんで分かったんですか?」
「お前が基本的に私を動かすようなことをしないだろ」
確かにそれはそうだ、俺は何かあれば、まず事務所に行くようなタイプだからな。あと、このメールはハッキングかなんかで携帯会社のデータベースにでも侵入して俺らにメールを送ったみたいだな。ここに来る途中に俺のメールボックスにはメールを送った形跡がなかったからな。
「なるほど、最初から俺らの嘘がばれてたってことか……」
そんな事を言っている男の言葉と雰囲気が全くあっていなかった。男は声を上げて笑っていた。
「なにが可笑しいんだ?」
川神さんが少しイラッとしながら訊く。この人、遠い学区に呼び出されてイライラしてるな……
「お前らは俺が何も用意していないと思ってるのか?」
すると周りから武装した黒服がゾロゾロと現れて俺らを取り囲んでいく。
「どうするんですか?ざっと二百近くはいますよ、コレ」
「お前はいくつやれる?」
「最高記録は三百ちょっとですけど、今日は普通の刀しか持ってないんで百行くか行かないかくらいですね」
俺らのこの会話を聞いて、男は怒ったのか少し声を荒げる。
「お前ら、これを倒そうとしてるんじゃないだろうな?」
しかし、男の言葉を無視して俺と川神さんの会話は続く。
「私も今日はサブを二丁しか持ってきていないんだ、マガジンはたくさんあるんだがな……」
「それじゃ二人で仲良く半分こと行きますか!」
「そうだな」
そういうと川神さんは後ろのリュックからMP7を二丁取り出す。よく見ると川神さんのスーツのズボンにはマガジンがたくさん取り付けられていた。
「お前らかかれ!」
男の怒りは頂点に達してしまったようで武装にした黒服たちがいっぺんに襲い掛かってくる。まず最初に近接武器を持った黒服たち、その後ろに銃を構えているヤツらがいる。まぁ、これは妥当な陣の形態だな。俺は素早く刀を抜く、本日持っていたのはその辺で売っている安い打ち刀――だと思っていたが、黒巫女であった。朝に取り間違えたのか?……まぁ、いいこっちの方がやりやすい。
「黒木流剣技、雪刃カマイタチ」
俺が刀を地面に突き刺すとそこからキラキラした銀色の雪のようなものがあふれ出し、粉雪のように風に乗って舞う。
「ただの雪じゃねぇかよ!」
敵はその雪の中に躊躇いもなく突っ込んでいく。まったくバカなヤツらばっかりだな、ただの雪だと思いやがって。
「――斬れ」
俺が刀を地面から抜くと突如風が巻き起こり待っていた雪が激しく動き始める。するとさっき雪の中に入って行ったヤツらの悲鳴が聞こえる。感覚的には捕らえたのは二、三十人くらいか?
実はこの雪は刀の刃が細かくなったものだったりする。最初は舞ってただけだから痛くも痒くもないがそこに突風が起きれば刃が回転し、敵を切り刻むってところだ。
「うりゃぁ!」
振り下ろされた刀を切り上げで弾き、隙のできた腹部を刀で薙ぐ。手加減なしの全力で纏した刀で斬られた相手はほかの敵を巻き込みながら吹っ飛んでいく。
「矯平、相手から奪って二本使え、それで早く終わらせろ」
敵の攻撃を躱しながら声のした方を向くと、MP7と体術を使って無双状態の川神さんがいた。はっきり言ってちょっと近づいただけで戦死してしまう敵に同情してしまうくらいの無双っぷりだった。
「わかりましたよ……」
俺はボソッとつぶやくと、近くに落ちていた打刀を一本拾い上げ刀を二本持つと自分が今出せる最速のスピードで突っ込んでいき、片っ端から敵を斬っていく。
「な、なんなんだよ、お前ら!」
無我夢中で敵をなぎ倒していると、いつの間にか敵の全員を倒してしまっていた。
「残りはお前だけだな」
俺は黒巫女の切っ先を仮面の男に向ける。しかし、男は全く動じずに時計を見て、さっきより大きな声で笑い声をあげた。
「なんだ、そんなに脳天ブチ抜かれたいのか?」
川神さんがMP7の銃口を男に向け、引き金に指をかける。
「ここで俺を潰しても無駄だ!この勝負俺らの勝ちだ!」
「……どういうことだ?」
「それは、そっちにも連絡が行くと思うけどねぇ」
そういった時に、俺の携帯の着信音が鳴り響く。俺は嫌な予感がしてならなかった、この電話に出たらロクでもないことになる、だけど何があったかは知らなければならない……
携帯の画面を見ると諒子からであった。
「どうした諒子?」
『ごめん矯平――白雊、取られちゃった』
やっぱりか、敵の算段としては俺や川神さんをおびき出して足止めしている間に、守りが手薄になった白雊を捕まえるってことだったのか……こっちに来るまでにメールの真相に気付かなかった自分を恨む。
「なぁ、わかったろ?これで俺らの勝ちなんだよ」
男はそれだけ言うと霧のように消えて行った……
「矯平、どうなっているんだ?」
「白雊を取られました……」
「そうか」
そう俺に告げると川神さんはどこかに電話し始めた。
「もしもし、私だが――あぁ、ちょっと兵力を借りたい――あぁ、頼む」
「いったい何をするんですか?」
川神さんに尋ねると、川神さんは微笑みながら答えた、
「戦争だ!」
俺もその言葉を理解し、クランに入ると言っていた四人を集めるように諒子に伝える。
『うん、わかった。場所は事務所ね?』
「あぁ、頼んだぞ」
電話を切って川神さんと共に事務所のある第七学区に足を急がせる。
「そうだ、川神さん――」
「ん?なんだ?」
「あのですね……」
――――――
事務所に到着すると、すでに八時を過ぎていた。
「こんな夜中になんですか?」
姫条が少々怒りながら俺に問い詰めてくる。俺はその怒りを収めるように促しながら作戦会議を始める。
「まぁ、何人かは事情を知ってると思うけど楽園からの使徒に白雊が連れさらわれた」
晃嘉と諒子以外はみんな驚いたが、そのまま話を続ける。
「それでだ、白雊を奪還する。そのためにみんなに集まってもらった」
「武田、場所は特定できたんだろうな?」
「川神サンのおかげでバッチリです」
目の前にある大きな電子黒板に晃嘉のパソコンの画面が映り込み、一つの大きな地図が表示される。
「ここは第十九学区の林間部、ここのどこかにホテルの廃墟があるんやけど、そこにいると言って間違いないね」
実は川神さんに白雊に付けたGPSはどこにあるのかと訊いたのだが、白雊の髪留めの中に仕込んだらしく、まだ回収してないとのことだった。それなら晃嘉の助けになればと思って伝えたがビンゴだったな。
「ということは、まず林間部を攻略ってことになるわね」
「ティアにしてはマトモなこと言うな」
「五月蝿い!矯平みたいなバカに言われる筋合いはないわよ」
「あーはいはい、それでここの攻略なんだが……」
手短に作戦をザックリと話してしまう。
「本当にそんなことが出来るんですか!?」
姫条は作戦内容にとても驚いていたが、この作戦を聞いても驚かない他のメンツが異常だと思うけどな。
「これが無いと明らかにこっちが不利だろ?なぁ、晃嘉?」
「そうやね、予想はざっと五百くらいはいるからね……」
「でもこの作戦も人数的な問題もあるんじゃねぇのか?」
今度は匠の口からマトモな意見が飛び出たな。俺は自分で考えた作戦の内容よりこっちの方が驚きだ。
「そこは心配ない、川神さんと晃嘉が一声かけてくれれば人なんて何とでもなるだろ」
「キョウちゃんが一声かけた方が、絶対に人の集まりがいいと思うんだけどね」
実は川神さんは以前、裏学区に所属していたらしくそのツテで知り合いが多い。まぁ、そのおかげで事務所には依頼がたくさん舞い込んできてくれるんだけどな。晃嘉に関しては情報屋なので顔が広い。
「まぁ、それはそれとして、これで奪還作戦の内容はだいたい決まったね」
俺は作戦の書かれた電子黒板を叩く。
「決行は明後日の夜十時!十九学区の林間部入口にて状況開始だ!」
白雊はしっかり取り戻して見せる、あとはさっきのブラフ作戦を百倍返しで返してやるよ、楽園からの使徒。