14
月明かりに照らされた、コンクリートのみの建物……そこにぽつんと灯篭が立っている。
「白雊……」
静かな溜息のように吐き出されたその言葉が闇にかき消される。
「もうそろそろですね」
暗闇の中から突然、赤色のロングコートにフードを被った男が現れる。体格は傍から見てもわかるほどしっかりしていて、顔は二十代前半であろうか多少の若さが見えていた。
「なんだ、お前か……いきなり出てくるな……」
灯篭の近くに立っているどこかの民芸品のような仮面を着けた人間が答える。
ボイスチェンジャーを使っているのか、人間にしては奇怪で甲高い声がコンクリートに反響し響き渡る。
「ですが、アレの近くにはかなりの手練れがいるようですが、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫、ちゃんと作戦は練てあるに決まっているだろう?計画は……実行する」
「何かあるのですか?」
灯篭の明りで仮面が不気味に光る。仮面の人間は少し明るい口調でフードの男に答えた。
「使うのはただの揺動作戦……」
フードの男はその言葉を聞き首を傾げる。
「はぁ、揺動ですか……でもあの連中そんな手に引っかかるのでしょうか?」
仮面の人間はそれはごもっともだと言いながら笑う。
「心配するな、手練れなら必ず持っている勘の良さを逆手にとる」
――――――
今朝からクラスの中では白雊の話題で持ちきりだった。放課後になってもその熱が冷めることはなく、喧騒に包まれていた。
「まったくキョウちゃんはモテモテやん、友人として妬ましいわぁ」
「そうだぞ、矯平。なんでお前だけおいしい思いをしてるんだ!」
本当にコイツらといると頭が痛くなりそうだな。
「全然おいしい思いなんてしてない、というか晃嘉、お前に関してはこの間女とイチャついてるところを目撃したからな?」
「クソッ、なんで俺だけ取り残されるんだ!」
匠は頭を抱え込む。あまりに大げさなリアクションを取るので、その様子を見て晃嘉は爆笑していた。
「でもさ、キョウちゃん」
「ん?なんだ?」
「アレほっといていいん?」
晃嘉の視線の先には、クラスの女子に囲まれてオドオドしている白雊。
「あぁ、別に大丈夫だろ」
よくよく考えてみたのだが、白雊はただ単に人見知りなだけじゃないか?
「キョウ、助けて」
俺の視線に気が付いたのか助けを求めてくる。ヘルプに行きたいところだが人見知りを治すためにも心を鬼にして白雊を見ているだけにした。
「確かお前らってクランまだ入ってなかったよな?」
「うん、そうだけど」
「そういえば、俺もまだだったなぁ」
「それなら、俺らが作るクランに入れよ」
「キョウちゃんのクランなら面白そうやね、んじゃ入るわ」
「俺も、入るぜ」
「私も入りたいです」
「そうかそうか――姫条お前いつの間にそこにいたんだ?」
「ダメなんですか?」
期待を込めた様子で黒真珠のように黒く綺麗な目で俺の目をみる。
「いや、入ってもらえるとありがたい」
意外なメンツも入ったが、予想通りクランに入ってくれるらしいのでとても助かった。
「で、クランメンバーって俺ら以外に誰がいるん?」
「あー、えっと、聞かない方がいいと思うぞ?」
「え?そんなの気にせず教えて」
こればかりは匠も姫条も気になっているようで頷いていた。お前らは妙なところで連携を発揮するよな……。
「オルティス姉弟と川神さんかな?」
その瞬間、匠と晃嘉の表情が凍った。
匠と晃嘉は昔からツルんでいたので川神さんだけでなくティトやティアのことも知っていたりする。俺らは昔から川神さんのドギツイ修行を受けさせられたり、ボランティア活動と称して依頼やらされたりしてたからこの二人の反応も分かる。もちろん、それを知らない姫条は二人の様子を見て首を傾げる。
「ね、ねぇ、キョウちゃん――」
「ん?どうした」
晃嘉は唇を震わせながら口を開く。
「――僕ら死ぬの?」
ダメだ、恐怖で思考回路がぶっ飛びやがったか……。
その様子を見かねてか、姫条が怪訝な顔をして俺に訊いてくる。
「黒木君、川神さんという方はどのような方なんですか?」
俺は返答に困ってしまう。客観的に見てしまうと実際どんな人かと訊かれて一括りで説明できるような性格してないんだよな、あの人。俺は鬼畜としか表現できないような扱いしか受けてないから別だけどな。
「うーん、善しとも悪しともいえないような人だな」
「そうなんですか?」
答えるには答えたのだが姫条は今の説明じゃ納得してないみたいだな。まぁ、他人から見れば俺らのビビり方は異常だからこんな事言っても納得はしてくれないか。
「とりあえず会ってみればわかる。匠と晃嘉もいつまでもビビってんな、大丈夫だ、昔みたいな雑な扱いはされないと思うからな」
「お、おう。そう願いたいぜ」
「うん、そうだねぇ」
「でもよ、結構凄いメンツが揃ってねぇか?」
「確かにその通りだね」
匠の言ってる通り、結構いいメンツが集まっている。この流れだと、白雊と諒子もクランに入隊ってことになるだろうけど、このメンツに仲間を加えて行ったら最強のクランが出来上がありそうだ。
そんな淡い期待と共にティトにメールを送る。『クランメンバー計五人確保』っと……
「あれ、キョウちゃんまだそんな古い型使ってるん?原始人もいいところだよ」
「五月蝿い」
やはり今どきの学区の生徒はスマートホンを使ってる生徒が多い。俺も一時期使っていたが、戦闘中に画面が割れてしまったというトラウマがあるので、今でも二つ折りの携帯を使っている。
「お前らこそ、スマホの画面割れないのかよ?」
「基本的には割れないぞ?」
「こういう時にキョウちゃんの戦い方が別次元って思わされるわ」
「俺の戦い方は一般的だ」
「どこが一般的なんですか?あの構えがない構えと言いますか、変な戦い方をしてますよ?」
「姫条、お前かなり失礼だからな!?」
さすがの俺でも変な戦い方ってのは心にグサッと来たぞ。
「あぁ、委員長さんそれは違うよ」
ウジウジしようかと思ってしゃがむと、晃嘉がヘルプを入れてくれた。
「キョウちゃんの家の戦い方は構えの無い構えなんよ」
「それってどういう事ですか?」
姫条の視線がこちらに向けられたので、俺は立ち上がり説明する。
「晃嘉、それ間違ってるぞ。構えが無いんじゃなくて、決まった戦い方が無いんだよ」
実際、戦闘中は俺だって構えを取る。
「だから俺んちの戦い方を言葉にするなら自由戦闘ってところだな」
構えも自由だし、戦闘の仕方も自由だ。まぁ、唯一の共通点を挙げるならば刀を使うってところだ。魔術に関しても先祖の代から受け継がれたものもあれば、自分の使い易いように自分で作ったものもある。
「四方家の全部の家も――」
「ちょっと待て」
俺は慌てて姫条の口を塞ぐ。
「ふぇ?」
「ふぇ?じゃない、あんまりそういう事は口に出すな」
「で、でも」
「普通の生徒は俺の苗字聞いたくらいじゃそう思わないぞ?分かったか?」
脅迫の意味も込めて少し顔を近づけると、姫条の顔が赤く染まる。
「ん?何赤くなってんだ?」
「矯平、その距離まで接近させられたらそうなるだろ……」
「そんなもんか?悪かったな」
口を押えていた手を離して、顔を遠ざける。
「お前は諒子基準で物事を考えすぎだろ」