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泡沫人魚の嘆いた世界  作者: 朝梅雨
第一章・奇病
4/5

それは夢?

目が覚めて、まだ薄く開いている右目を擦った。

「ここは?」

白い、病室みたいな場所。

重々しいコンクリートで囲まれた部屋に、打ち付けられた木の板が目立つ。

けれど、板の間から差し込む光は朝だと言うことを教えてくれた。

「さっきまで、私」

あの、丘に。

フラッシュバックする光景に頭を痛めながら、周りを見渡す。

けれど、カーテンで遮断されていて、今この視覚から理解できる情報は少なかった。

でも、もし、お父様が近くにいるとしたら。

「逃げなきゃ」

本能がそう告げた。

恐らく、あの爆弾はお父様が仕掛けたことだろう。

あの時のお父様は、狂人に見えた。

ベッドから急いで降りようとするも、足が動かない。

両足ともピッタリとくっついてしまったような感じで、床に足がつけない挙句、重いのだ。縛り付けられているのだろうか。

手で上にかけられた布を引っぺがすとそこには自らの目を疑うような光景があった。

「・・・え」

湿ったシーツの上で微動だにしない足は、人の足ではなかった。

「きゃああああああああああ!!!!」

思わず叫んでしまう。

だって、だってこんなの、おかしいだろう。

「なん・・・でぇ?」

頭の中が真っ白になった。

今の自分の姿を例えるのなら人魚だろう。半分人間で半分魚。魚人といってもいい。

けれど、なんで自分の身体はこうなっているかとか分からないことが多すぎた。

「あ、起きた?」

口が開いたまま閉じないでいると、カーテンが音を立てて横に流れ、白衣の男が立っていた。

目が合う。数秒の後、男は持っていたタオルと桶を落とし、慌てて両手で顔を隠しながら叫んだ。

「うわぁああああぁぁあああ!!!」

さっきの自分よりも大きな声で。

意外と近距離だから耳が痛くなったが、自分よりも混乱している男見て、何故だか少し落ち着いた。

「なんでっ、君!シーツ剥がしてるの!?」

耳まで顔を真っ赤にして、後ろを向く。

どうしてそんな反応をするのかわからない。

とりあえず剥がしたシーツを足というか尾を隠した。

「あぁ、良かった」

男はホッと一安心したような顔を見せると、桶を拾い新しいタオルを持ってきた。

「もう!ダメだよ。勝手に動いちゃ」

「そーだよ!」

「君はまだ慣れてないんだから」

「そーだよ!」

男の言葉の間に挟まって声が聞こえる。

女性の声ははしゃいでいるように明るくて、何故だか安心できる。

「起きたんでしょ!はじめまして」

男の横から顔を出した女性を見て目を疑った。

「あら!びっくりした?」

力一杯はにかむ女性を前に開いた口が繋がらない。

「まだ出てきちゃダメって言ったよね」

「別にいいじゃんか!ふぁーすとこんたくと?は大事よ!」

「何処で聞いたの、そんな言葉」

呆れたように頭を抱える男を見て、また笑った。

「あ、あ」

なんで、そんな笑顔で。

女性頭から生えた一本の小枝。腕や足に肌色はなく、木のような・・・いや、木だ。

「驚くどころか怯えさせちゃってるよ」

「だから言ったでしょ」

歯が、ガタガタと止まらない。瞬きが出来ない。

腕も身体も震えて。

この女性は、目の前に立つ化け物は何なんだ。

「ねぇ、そんなに怖がらないでよ」

そんなの無理だろう。物語に出てくるような、化け物そのものだ。

「貴女だって、私と同じなんだよ?」

女性はベッドに手を乗せて、グイッと顔を近づけてくる。その見開かれた目、小枝以外の顔、髪。人に見えた。

「此処は病院。私みたいな、貴女みたいな人を助けるためにあるんだよ」

「・・・病院」

「そ、奇病専門の。貴女のその足だって立派な奇病」

足。さっき見た、魚の尾。

私の足だったもの。

「貴女も、その奇病に?」

「うん!初めて見た?植物人間!」

着ているワンピースがヒラヒラ回る。女性は数回転した後、手とも言えない手で握手を求めてきた。

「私のことは植物さんって呼んでね!人魚さん!」

「ええと、人魚さん?」

「そう呼んであげて。彼女、新入りに名前つけるの好きでさ。この病院って本名を言ったらいけないんだよね」

なんでそういう風になったのかとかはあまり言及する気になれなかった。

嬉しそうに笑う植物さんは、救われたような顔をしている。

「僕は君や彼女の担当医、名前は」

「最強さんよ」

「あっ、コラ!」

「この人とっても凄いのよ!フラスコを振るだけで爆発させることが出来るの!」

それはただの失敗談なのでは、と言いたくなったが最強さんと呼ばれた男が顔を真っ青にしている姿を見て触れてはいけないと抑えた。

「君、あれを倉庫から持ってきてくれないか」

「最強さんが持ってくればいいじゃない!私、まだ人魚さんと話していたい!」

「あとで飴あげるから」

「言ったね!高いミルクのやつだかんね最強さん!」

「なんでそういうところだけ現金なんだ君は!?」

重そうな根を引き摺って植物さんは走っていく。

「ごめんね、騒がしくって。今、彼女が自由に動けるようになる特注の車椅子を持ってきてくれてるから」

近くにあるパイプ椅子に座って床に散りばめられた紙を拾い、眺めだす。

「あの、最強?さん。お父様は」

恐る恐る問う。

私の怯えが含まれた言葉に、優しい笑顔で返してくれる。大丈夫だと、安心させるように。

「君の父親はね、君をここに預けた後何処かへ行ってしまった。何度も君に謝っていたよ」

「じゃあ此処には」

「もう君の父親はいない」

根拠はないのに信じられる気がした。

なんでだろう。

「お父様・・・」

涙が雨になって服を濡らした。止まらなくて顔を覆う。

「君の奇病は、預けられる前。父親が此処に来る前に発病していた」

「・・・」

「きっと、君のその奇病を見ておかしくなったんだろうね。事情も全部聞かされて、この子を頼んだって」

最強さんの話を聞いているだけで胸が苦しくなった。今すぐ耳を塞ぎたくて、でも。

向き合わなくちゃいけないことも事実で。

「夢じゃ、ないんですね」

「そうだよ。不安かい?君もさっき会ったでしょ?彼女以外にも奇病患者は何人かいる。人が来ないような山奥だけど、ご飯とかはちゃんとあるし。安心していいよ」

「・・・はい」

お父様のことはすごく心配で、でも会いたくない。今会ったら、きっと傷つけてしまう。

「でも、一つだけ約束して。この病院からは出ちゃいけないよ」

「この足じゃ、出られませんよ」

「でもだよ。約束。指切り」

差し出された指に自分の指を絡める。

「ゆーびきーりげーんまーん」

声が流れる風のように緩やかだった。

安心できる声に、いつのまにか涙は枯れていて。

疲れた自分の心と身体だけ残っている。

「うーそつーいたらはーりせーんぼーんのーます!ゆびきった!」

「なんの約束?」

指切りが終わってすぐ、部屋に植物さんが入ってきた。大きな金魚鉢の乗っているカートのようなものを押して。







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