記憶の一つ
丘の上、お父様がこっちを見て笑っている。
「久し振り、会えて嬉しいよ」
「お父様!お父様!」
大好きなお父様。子供の頃からずっと仕事で忙しくてなかなか会えなかったけれど、お土産に縫いぐるみやお菓子を沢山持って帰ってきてくれた。
お母様が変になっても、ずっと変わらないでいてくれた。
すぐさま抱きつこうと駆け寄る。
「あ、れ?」
足が、動かない。
立てない、歩けない。痛いわけじゃないのに言うことを聞かない。
なんで?どうして?
「お父様、すみません。上手く足が動かなくって」
「大丈夫か?今助け起こしてあげよう」
手を広げながら近づいてくる。
お父様に手を伸ばした時、何か、変な音がした。
音に気を取られ、体が一瞬固まった時。
___後ろから、物凄い爆音と熱、黒い煙が私を襲う。
「きゃ!」
身体ごと吹っ飛ばされ、耳鳴りと痛みが全身を襲った。お父様は飛ばされなかったものの、尻餅をつき驚いている。
何が起こったのか、すぐに理解ができなかった。spれどころか、顔を上げることすらままならない。土に顔は埋もれ服も泥だらけ。
「何、なんなの」
焦げ臭い匂い。咳が止まらない。
屋敷の方から叫び声が聞こえてきた。ガラガラと崩れる音も。
「お母様は?」
痛い腕を無理やり伸ばし、直面する。大きな炎と煙に囲まれた自分の家を。
「・・・お母様。お母様!?」
急いで助けに行こうとするが、手をお父様に掴まれた。
「やめなさい!お前まで死んでしまう」
「離してお父様!お母様が、お母様が」
いくら変になっても、お母様はお母様だ。
目に焼き付けて離れないであろう光景は、時間とともに流れトラウマというものを植え付けてくる。
左手を伸ばすけれど、広がった手のひらは屋敷を覆い隠すように私の顔の真ん中で影を作った。
屋敷から逃げてくる使用人達の姿もなく、皆死んでしまったんだろう。
「お父様、皆が。お母様が」
「あぁ、そんなに悲しまないでおくれ」
ぎゅっと抱きしめられる。
なんで、お父様は涙を流していないの?
私にはお父様の顔も声も強がりには見えなかった。
どちらかといえば、そう。
笑っている。
「彼奴は死んだ。もう、苦しめられなくていいんだよ」
「何を、言っているの?分からないです、お父様」
引き剥がそうとした。
この人は、私の知っているお父様じゃない!
「狂っていたんだ、結婚したときから。彼奴はおかしかったんだ」
「やめて!やめてお父様」
「お前だって嫌だったろう?あんな奴と一緒にいるのは。苦痛だったろう」
・・・・そうじゃない。確かに私はお母様に手を焼いていたし、少し嫌悪感はあったけど。
でも、本当は大好きだった。
小さい頃に笑いかけてくれたお母様を、私はまだ諦めていなかった。
ずっと、私は、お母様を元に戻そうと。
「安心してくれ、お前も、私も自由だ。彼奴や家に縛られず、生きていける」
お父様は泣いていた。喜びながら泣いていた。
あぁ、神様。これは何の間違いでしょうか。私にハッピーエンドはないのでしょうか。
これが現実ではないと、まだ夢の中だと、逃げたくなる。
私はゆっくり目を閉じた。
まだこれは本当の現実じゃないと、信じていたかったから。