代わりの心より
「きっかけはちょっとしたことだったんです。わたしにできることはなんだろう、と考えてみまして。それでふと、代わりをしてみるのはどうだろうか、と思いついたんですね。それで、はい、まずは近くにいる人から代わってみました。そうして何度か代わりをするうちに、少しずつ手応えを感じられるようになりました。ええ、はい、そうです。そこから本格的に代わりを始めてみたんですね」
「はじめのうちは、主に大変そうな人の代わりを引き受けることにしました。大変そうな人の大変なところをわたしが代わりにするんです。ええ、これが当たりまして。人はなんのかんのと大変になることが多いですものね。ちょっと探せば大変そうな人はすぐに見つかります。でも、わたしにとっては全然大変でもなんでもありませんから。どんどん代わりました。もう次から次へと。やっぱり大変になると誰かに代わってほしくなるのが人なんでしょうね。『代わりましょうか?』と尋ねると、大抵その場で『代わってくれ』と答えていただけるんです」
「ああ、ええ、もちろん周りの人はわたしに気づきませんでしたよ。わたしはよく怒られて大変そうな人に代わりましたが、怒っている人は怒っている相手が当人からわたしに代わっても特に不思議がらずに怒っていましたね。相手が本当に当人かどうかはあまり関係ないみたいです。どちらでもいいんでしょうね。怒っている人にとっては、本当に。相手が人でもわたしでも」
「えっ? ああ、はい、そうですね。そうだったんです。中にはそれはそれは大変な場合もありまして、罵られたり殴られたりなんてのはしょっちゅうでしたね。ああ、いえ、全然そんなことはありませんよ。だってわたし、ほら、あれですから。別段なんにも感じません。もちろん代わりをするんですから、代わりの肉体や精神を痛めることはしましたよ。そこはきちんと代わります」
「幸いなことに、大きなトラブルになったことは一度もないですね。はい、そうです。人の皆さんからは『代わってくれてありがとう』『本当に助かるよ』と、いつも感謝されます。そのまま『その感じであとちょっとお願いできるかな』って頼まれる人もかなりの割合でいらっしゃいますね。なので、はい、もちろん代わり続けますよ。それがわたしの仕事ですから。きっちり代わりをさせていただきます。すると人の皆さんはますますお喜びになって、『もうしばらく』『このままずっと』と契約を延ばしてくださいます。いやはや、代わり冥利に尽きますよ」
「いや、でも本当に、そうしていくつもの人の代わりをするようになって、代わりをしてほしい人はわたしが思っている以上にたくさんいるんだ、と驚きましたね。つまり、多くの人の皆さんが、ごくごく日常的に、さほど大変そうでないときでも、『誰か代わってくれないかなあ』『誰か代わってくれたらなあ』と思っていることにわたしは気づいたんです」
「それが一つの転換期になりました。それからわたしは、大変そうな人だけでなく、大変そうではない人にも『代わりましょうか?』と積極的に声を掛けることにしたんです。はじめは『えっ、なんで自分が?』と首を傾げる人も多いんですけど、一度代わりをしてみると『おお、これはいいね』と笑ってくださるんです」
「ええ、そうなんです。ですからわたしも、色々な人のご要望に合わせるために、はい、研究と研鑽の日々です。それに代わりをするのはやはり、実際に代わった回数と経験がものを言いますから。はい、今では多くの人にご満足いただけていると自負しています」
「ああ、でも、一つだけ。最近は新たに契約を取るのが難しくなってきまして。ええ、そうなんです。わたしは今まで、それはもうたくさんの人の代わりをしてきましたから。現に今も、わたし、たくさんの人に代わっていますからね。これが我ながらうまく代われていまして、人の皆さんだけでなく、わたしも相手が人なのかわたしなのか、ぱっと区別がつかないんですね。なので『代わりましょうか?』って話を持ちかけても、『いえ、もう代わっていますので』なんて返されてしまう始末で。ええ、はい、本当に増えてきているんです。わたしもまさか、これほどまでに人の皆さんがこぞって永劫契約してくださるとは思ってもみなくてですね。ええ、なので急いで契約情報の整理を進めています。あ、この場にも、もしわたしの把握していないわたしがいるようであれば――」
「えっ? ああ、あなたもわたし? あっ、そうだったんですね。なるほど、ははあ、あなたはわたしでしたか。いや、気づきませんでした。いやいや、気づいてしまったらそれはきちんと代わりができていない、ということになるので大問題なんですがね。あ、ちなみに、そちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらとそちらはわたしです。この場でわたしでないのは、えっと――そちらのあなたですね。えっ? ああっ、あなたもわたし! なんだ、みんなわたしだったんですね。いやはや、これだけの人がわたしと代わってくれているなんて、本当にありがたいことです」
「最初、代わりを始めたばかりの頃は、何もかもが手探りで……仕事として初めて代わりをしたときは、それはもうどきどきしました。きちんと人の代わりができるだろうか、どうだろうかと……今にしてみれば、力が入り過ぎていましたね。かなりぎこちない代わりだったと思います。それから、ちょっとずつわたしの数を増やしていって、いくつもの人と代われる体制を整えて、空いているわたしはまた新しく代わっていただける人を見つけて……代わって代わって代わって代わって代わって――代われるだけ代わりました。正直なところ、わたしにできるのは代わることくらいですからね。それがこんなにたくさんの人の皆さんのお役に立てて……ああ、代わりをしてきてよかったな、と嬉しく思います。あっ、もちろん、わたしは別段なんにも感じませんが。とにかく、よかったなあと、代わりに嬉しく思いますね」
「はい、そうですね。今後もよりいっそう、たくさんの人の皆さんに代わっていただけるよう、精進していくつもりです。さしあたっては、やはり契約情報の整理が当面の課題ですね。どこもかしこもわたしばかりなのはありがたいことですが、今のままではさすがに非効率ですから。はい」
「――と、そろそろ時間ですか。はい、では、本日はどうもお招きいただきありがとうございました。そうですね、ええ、いま画面を見ている、そちらのあなたも、本当にありがとうございます。もし、この放送をご覧になって、少しでもわたしと代わってみようかなと思われた人は、ぜひ下記の番号までご連絡ください。悲しいこと苦しいこと、嬉しいこと楽しいこと、なんでもないことからとんでもないことまで、わたしがあなたの代わりになんでもお引き受けいたします。詳しくは、フリーダイヤル、代わり、代わる、フリーダイヤル、代わり、代わる、まで」
「あなたのご連絡を代わりの心よりお待ちしております」




