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「咲夜!!」
状況も考えず追おうと反射的に身体を前に出す輝夜の肩を、誰かが後ろから掴んで乱暴に引き戻した。代わりにそのまま前に出て身を乗り出した背中は。
「直美兄さん!」
片手を残った床の凹凸に掛けながら、身体を半分以上宙に乗り出して直美は手を伸ばした。
直美の伸ばした手の肩がグッと重みに下がる。
見えない手の先で掴んだものがわかって、輝也は這い寄ろうと、綺里の横に倒れた身体を起こした。
「輝也君、来るな!」
「直美、兄さん?」
「掴んだけど、これは…」
苦しそうな直美の視線を追えば、力の抜けていた身体がこわばった。
直美のこちらに残っている身体の下の床が、重みに必死で耐えて震えている手が掴んでいる床が、ひび割れ崩れようとしていた。
「綺里君を連れて、速く離れるんだ」
「そんな…直美兄さんは?」
近づけばすぐにでも崩れ落ちそうなことに気づいて、呆然と問うしかできない。身体は痺れたように動けず、輝也は縋るように意識のない綺里の手を握った。
直美の目がそれを見てふっと和む。
「輝也君、全てを思い出したらどうするのか、よく考えておいて」
「こんな時に、なに言って――」
「僕は必ず帰る。だからその時に、答えを聞かせて欲しい」
「答えなんて…」
答えなど見えてもいない。思い出せたのだって、ほんの一部でしかない。やっと入口に立てた気がするのだ。それなのに、肝心な相手を失くそうとしている。
そして大切な兄さえも。
言葉に出来ない感情が乱れて持て余して、涙になってボロボロとこぼれ落ちる。今すぐ答えなくてはと思うのに考えがまとまらない。言葉が思うように紡げなくて苦しい。
「僕はっ」
「どんな答えを出しても、俺は輝也君が好きだよ」
ガラッ…と小さな音だった。
それをきっかけに一気にひびが広がって、直美の身体が傾いていく。
「直美兄さん!!」
「綺里君を頼む」
落ち着いた声のその一言で追いすがることをとめられて。
直美は自分とは違うはずだ。風の力もPKもテレパスもヒーリング能力も持ってないはずだ。
「何で…」
輝夜は呆然とその場に崩れ落ちた。
落ちていった兄の姿が焼きついて、何も考えられない。
しかし、止まることは許さないというように、座り込む輝夜の周りの地面も崩れ始める。
輝夜は歯を食いしばって立ち上がり、倒れている綺里の意識のない身体を抱き上げた。
二人一緒に転がり落ちるように階下への穴に飛び込んで、振り返ることはせず、這い蹲るように安全を求めた。
輝夜は崩れ落ちる瓦礫の間から月のない空を見上げた。
崩れてしまった今日までの生活と優しい日々を強く感じながら、その答えを求めて。
最終回です。
読んでいただきありがとうございました。
この話はおそらく10年以上前に設定が生まれて、少し書いてはほったらかしていたものなのですが、ようやく、歪であれ形になって、わたし的に感無量です。
ただのいけ好かない奴だった大野くんが成長したり、いろいろ驚きのある話でもありました。
改めて向き合えば、当時好きだった小説の影響をもろに受けていると思しき部分もあって、書いてるうちに大丈夫かこれとか思ったりもしましたが、芯はちゃんとオリジナルに出来上がったと今は一安心しています。
いや、これ、あれだろ?!みたいなツッコミあれば伺います。
が、大正解じゃない限り反省しないんだから!(笑)
さて、一旦完結しましたが、続きを書きます。
遅筆ながら完成しないとアップできない人なので(プロットを作っても書いてるうちに色々変更したくなる未熟さなので)、少し間が空きます。
楽しみに待っていただけると恐悦至極。
予定としては10月に更新再開。
それが終わったら、全然別のお話を一本あげたいです。
全てを年末までに終わらせるってのが今の目標です。
改めまして、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




