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欠けない月の輝く夜  作者: メグミ アキラ
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『綺里!』


 耳元で弟の声が聞こえた気がして綺里は目を覚ました。

 知らない場所に座った格好で後ろ手に縛られていることに気づき、目を剥く。

 下の感触はコンクリートで上には空が広がっていて、夜目がきかないがどこかの屋上のような場所だと思う。


「なん、だこりゃ?どーなってる…」


 できる限りで首を振って周囲を確認しようとして、綺里はぎくりと固まった。

 すぐ近くに影のような黒ずくめの青年がこちらを見ずに立っていた。

 目にするまで少しも気配を感じなかったことにぞっとするものを感じる。


「お前、誰だ…?」

「俺はカグヤを待っている。お前はその為の餌だ。餌に話すことはない」


 振り返りもしない態度に怒りを感じながら、夜に慣れてきた目で再び周囲を見回す。餌だと聞かされては何とか逃げなければならない。


「余計なことは考えない方がいい。ああなりたくなければな」


 指を指された方に目を凝らせば人影がいくつか倒れ伏しているのに気づいた。

 そのそばに黒く見える水溜りのようなものは血だろうか。


「お前!お前がやったのか!!」

「そうだ」


 なんでもないことのように肯定されて、睨みつけても意味のないことを知る。結ばれている手を無茶苦茶に引っ張ってみるが緩む気配もなくて綺里は「くそっ」と悪態を吐いた。


「お前、輝也のクラスに来たっていう転入生だな。あの組織の人間なのか…?」


 低く唸るように声をかけると青年がはじめてピクリと反応をかえした。


「そんなことを何故お前が知っている?」

「そうなんだな?くそっ、そんな奴が輝也に何の用だ。輝也は組織なんかに渡さない!!」

「たかがヒーラーに何ができる」

「俺は輝也の家族だ!」


 明らかに侮蔑を含む声に、恐怖に押しつぶされないよう綺里は怒りを燃やして叫んだ。

 青年の顔に苛立ちが浮かぶ。


「…うるさいな」


 その瞬間、空気が変わった。冷気が漂い、粘り気を帯びて青年を取り巻く。


「這い蹲れ」

「あうっ!」


 命じるような青年の言葉と同時に、綺里の身体はコンクリートに叩きつけられていた。

 手でかばうこともできず強打して悲鳴を上げる。火がついたように打ったところが熱くなった。

 だがそれで終わりではなかった。

 そのまま見えない力によって身体がコンクリートに押し付けられ続けて骨がきしんだ。肺が圧迫されて息ができない。

 綺里は声にならない悲鳴を上げた。

 視界が急速に狭まって、白く点滅する。


「綺里!!」


 意識が遠のく中、弟の呼ぶ声を聞いた気がした。



 風の刃が飛んできて、霜月は飛び退った。

 意識がそれてヒーラーを押しつぶそうとしていた力が霧散する。

 気を失った身体が治癒の光に包まれたところを見ると、まだ息はあるらしい。

 しぶといことだと胸中に吐き捨てる。だがそんなことはもうどうでも良かった。

 怒りに燃える目で待ち人が立っていた。


「来たな、カグヤ」



 走っているうちに感覚はどんどん研ぎ澄まされて、市役所本庁舎の屋上に綺里と霜月がいることはすぐにわかった。

 勢いを止めることなく非常階段を飛び上がって扉は風圧で吹き飛ばした。

 綺里の悲鳴がハッキリと聞こえて攻撃されているのが見えた瞬間、兄の名前を呼びながらいくつもの風の刃を飛ばしていた。当たれば霜月の身体はズタズタに切り裂かれる。



「懐かしいな、カグヤ」

 自分が元いた場所のコンクリートが切り刻まれたのを見て霜月は笑った。


「霜月、綺里を傷つけて、それで何がどうなるって言うんだ」

「どうって、完璧にエアロキネシスとテレパスの能力を使いこなせてるみたいじゃないか。力を振るう感触はどうだ?」


 霜月が話す間に切り刻まれたコンクリートの欠片が無数に浮かび上がり、猛烈なスピードで輝也へと襲い掛かった。

 それを上昇気流の風で受け止めながら、確かにと内心で頷く部分があった。

 学校で力を使った時以上に感覚で、手足のように力が使える。こんな風に力を使っていたという記憶を輝也は感じていた。

 受け止めた欠片を突風に乗せて霜月へ返す。だが見えない壁にぶつかったように霜月の前で停止し、砕け散った。

 霜月の、サクヤの力はサイコキネシスだ。強力な念動力者。そしてマインドコントローラー。

記憶が脳裏でささやく。


「…確かに呼び起こされるものはある。でもこれが本当にお前の望みなのか、サクヤ!」

「俺の望みはお前ならわかるはずだ、カグヤ!」


 サクヤの叫びに呼応する勢いで、さっき吹き飛ばした鉄の扉が飛んでくる。正面から鉄の板を押し付けられるのを風の層で押し返す。


「こんなことをしても、感情は蘇らない…!」

「それはまだ、足りてないからだな!!」

「っぐぅ…!」


 一際強い圧力に押し切られて扉ごと吹き飛ばされる。

 横向きの風の流れで扉は何とか逸らしつつ空中で体勢を立て直して何とか着地する。

 その足が着いた時、濡れた音をたてたのに気づいてカグヤは足元を見やった。

 血だまりだった。

 知らない男たちが倒れているのには気づいていた。その身体から流れた血に足が触れていた。

 扉がぶち当たった左肩に激痛が走っていた。次の攻撃に備えてサクヤにすぐに視線を戻す。

 視線を戻して、その瞬間、カグヤは自分の思考に衝撃を覚えて固まった。


「…!」


 ああ、血だまりかと、見てすぐに興味を失った。

 その感覚は『葉山輝也』のものではない。

 倒れた男たちと、その血の中で立ち尽くしたカグヤに、サクヤはゆっくりと歩み寄った。


「懐かしいな、輝夜」

「あ…」


 さっきと同じ言葉。それなのに違って聞こえて、輝夜の身体にぶるりと震えが走った。

 技術室で呼ばれたあの時から、同じ音なのに明らかに何かが違うと感じていた呼び方が、何が違うのか、パズルのピースがはまったように急に理解できた。

 輝也ではなく、輝夜。

 そう呼ばれていた。そして。


「…咲夜」

「そうだ」


 嬉しそうに咲夜が微笑む。

 咲哉ではなく咲夜。

 輝夜はそう呼んでいた。

 なにかが溢れ出しそうな気がして、左耳元の髪を輝夜は耳ごとぎゅっと掴んだ。

 平衡感覚が狂ったように目の前が揺れた。

 倒れ伏した人間と血、それは見慣れた光景で。

 そして――懐かしいのだろうか?


「咲夜、それでも僕は、これを懐かしいとは思いたくない」


 言った瞬間、輝夜は咲夜の顔から表情が抜け落ちるのを見た。

 見えない力に身体を鷲づかみにされて、屋上の端の柵に叩きつけられる。


「かはっ」


 肺から空気が抜けて、唇から血がこぼれた。


「咲夜…」


 名前を呼ぶことしかできなくて輝夜はその場に崩れ落ちた。

 待つように見下ろされるが何を言えばいいのかわからなかった。


土日は更新お休みします。

次かその次で完結です。


初めてに近いアクションシーン。

スピード感とか激しさとか…まだまだですが、いかがなものでしょう?

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