13
輝也は自宅のリビングのソファの上にいることを確認して大きく息を吐いた。
喉の渇きを感じて身を起こすと、水の入ったグラスを差し出されて反射的に受け取る。
「直美兄さん」
「おはよう輝也君。とはいえ、まだ夜中を回ったところだけどね」
何か食べるかいと聞かれて首を振る。直美は食事を済ませて何か調べ物をしながら傍にいてくれたらしい。一人がけのソファの前にノートパソコンが開かれていた。
帰ったのが9時頃として3時間は経っている。
「そんなに寝てたんだ僕。ごめん、また運ばせちゃって」
「どういたしまして。でも輝也君、眠っていたわりにはスッキリって顔じゃないね」
「うん…夢をみてたんだ」
夢であって夢でない霜月との会話は、ハッキリと覚えていた。
でも、いつ、どう仕掛けてくるのかはわからなくて輝也は顔を曇らせた。
「なにか思い出したんだね」
兄の気遣う声に相談するべきかとグラスを握り締めて――風を感じて輝也はハッと階段を振り返った。
「輝也君?」
「二階から風が吹き込んでる」
嫌な予感に突き動かされて輝也は立ち上がった。風の向きに逆らって階段を上がると、綺里の部屋の扉が開いていた。ざわりと総毛立つような気がして飛び込む。
「綺里!!」
大きく開かれた窓で吹き込む風にカーテンが揺れていた。そして人が寝ていた跡のある、無人のベッド。
硬直した輝也の後から部屋に入った直美が無言で枕元からメモ用紙を拾い上げた。
真っ白の紙に書かれているのは一言だけ。
『待っている』
メモを見た瞬間、血の気が引くのを感じた。咄嗟に走り出そうとして輝也は直美に止められる。
「直美兄さん、止めないで!」
「落ち着きなさい。どこに行けばいいか、わかってるのかい?」
「わからない、けど、綺里が!」
両肩に手を置かれて、それでも落ち着くことなどできず、輝也は癇癪のように叫んだ。
「落ち着いて!待っているというからには、輝也君にはわかると思っている筈だよ」
グッと力強く肩を握りなおされて、輝也は息を呑んだ。
「テレパス…」
「輝也君?」
「さっきの夢で、霜月は僕が優秀なテレパスだって。どんなに離れていても答える…。でも、そんなのどうすればいいのかわからないのに!」
「遠隔感応能力か…特定の人物に意思を伝えたり、意思を読み取ったりするんだ。確かに場所だってわかる筈だ」
「どうすればいいの!?」
「とにかく落ち着いて。その格好で目立つのはまずい。先に着がえよう」
直美が両親の部屋から出してきたのは喪服のような黒いスーツだった。
制服のジャケットを脱いでネクタイをはずしただけの格好だった輝也は急いでそれに着替えながら直美に夢の話をする。
「市長を殺した、か…」
「直美兄さん?」
固い顔で呟きながらも兄の驚きが少ない気がして輝也は首をかしげた。
「色々なことが一斉に起こりすぎていたからね、少し予測は立てていたんだけど…そうかそういうことだったのか」
ぐっと眉間に皺を寄せた後、自分も黒スーツに着替え終えた直美は切り替えるように顔を上げた。 着替えたねと確認されて輝也も頷く。
「輝也君、耳を澄ませるようにしながら心の中で綺里君をイメージして呼ぶんだ。霜月君よりは一緒に暮らしていた綺里君のほうが思念の感覚を無意識にでも掴んでいる筈だ」
「わかった」
綺里の部屋に戻って、開いた窓に向かって目を閉じる。
集中すると、すうっと感覚が広がっていくのを感じる。そこからは風の使い方を思い出した時と同じだった。やり方が息をするようにわかって、闇の中を輝也の思念が走っていく。その先に小さな瞬きを感じて――
「聞こえた!」
綺里の声を確かに聞いて輝也は目を開けた。
「直美兄さん、市役所だ。綺里は市役所にいる!」
叫びながら輝也は目の前の窓枠に足をかけた。風を纏って飛び出す。
「僕も車で向かう!無茶は禁物だ、輝也君!!」
屋根を蹴りながら、半分風に乗って飛ぶようにひた走る。汗が後ろに流れ、散っていく。
雨は止んでも空は厚い雲に覆われ、月はどこにも見えなかった。
影にまぎれやすいことに安堵しながら、輝也の脳裏には夢の月が輝いていた。
短いですがキリの良いところで。




