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欠けない月の輝く夜  作者: メグミ アキラ
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 意識が浮上するにつれて瞼に光を感じた。

 目を閉じる前に包まれた緑色ではなく青白い光。


 ――またあの夢だ


 輝也は落ち着いた気持ちで目を開いて月を見上げた。

 この夢は見るたび怖くてたまらなかったが、実際の月を見て恐怖を感じたことはない。

 この夢でだって月自体が怖かったのではないともうわかっていたから素直な気持ちがこぼれた。


「綺麗だ」


 いつもは隣にいる少年が言う言葉を輝也は口にしていた。

 少年の声は聞こえてこない。代わりに別の声が聞こえて、それでも輝也は驚かなかった。


「月の夢か」

「…霜月咲哉」


 今日、技術室で対面したままの黒ずくめの格好の霜月咲哉だった。

 まぶしそうに月を見た後、何かを確認するように輝也に目を移し、すぐにその目は失望したように離れた。

 輝也の記憶が戻っていないことに気づいたのだろう。

 その目を引きとめるように、輝也は声に出した。今唯一確かと思えることを確かめるように。


「やっぱり霜月なんだな、あの子は。子どもの頃、僕たちは一緒にいたんだ」


 輝也にはもうわかっていた。霜月が探すのは輝也ではないカグヤなのだと。過去の記憶と、その感情をもった、元のカグヤ。

 それならば、答えられなかった質問の答えは出ている。


「僕は今が変わるのが怖くて、きっと記憶が戻るのも怖がってた。積極的に思い出そうとしてなかった。でも、過去は変わらず僕の中にあって、霜月、君が現実に現れた。だから今は思い出すべきだと思ってる」


 夢で微笑みかける少年、血の匂いがする霜月咲哉、人を傷つける術を知っている自分、血にまみれた手。

 もう後戻りはできない。


「でも、全て思い出しても、僕が葉山輝也であることはきっと変わらない」


 それが輝也の答えだった。



 少しの沈黙の後に発した霜月の声は静かだった。優しいとも取れるような声で月に語りかける。


「何度も同じ夢を見たと言っていたが、俺は何度も呼んだ」

「え?」

「カグヤが姿を消してからずっとだ。カグヤは優秀なテレパスで、俺の声が届かないことなんて無かったのに、この5年、いくら呼んでも通じなかった」

「テレパス?」


 言葉を用いない意思の送受信が距離に関係なくできる者。いわゆるテレパシーが使える者。

 輝也はそんな能力を持つ自覚は無かった。だからこそ答えることも無かったのだろう。


『俺はずっと探してる子がいる。俺と同じピアスをしていて、俺が呼べばどれだけ離れていても答える。俺を一番知ってる子だ』


 霜月の言葉が脳裏をよぎる。

 必ず答えが返るはずのものが返らない5年。見つけてみればその特徴は記憶と共に全て失われていて。

 それはどんな気持ちだったのかと思えば、輝也は胸が苦しくなった。

 本当に自分にテレパシー能力があるのだとしたら、その声は受信できればよかったのに。


「霜月…」


 あてどなく名前を呼んだ輝也を霜月は振り返った。


「カグヤは俺をそうは呼ばない。お前はカグヤじゃない」


 それは決定事項を告げるようだった。


「言ったはずだ。俺が探していたのは葉山輝也じゃない。だからお前が出した答えなんて関係ないし、記憶が戻るのを待つつもりも無い」


 月を見上げていた時には光に照らされて柔らかく澄んでいた横顔が、今、こちらを向いた目は輝也を射抜くように冷たい。

 一切の容赦は無いという気持ちが伝わってきて輝也は戦慄いた。

 霜月は薄っすらと口元を笑みで歪める。


「そもそも、5年間ずっと探して見つけられなかったお前を、どうして今見つけられたと思う?」

「…?」

「昨日の朝4時ごろ、俺は能力を使った。その時に近くからカグヤの反応があった。驚いたよ、どんなに呼んでも答えなかったのに、仕事中に反応があって」

「4時、仕事…?」

「そういえば血の匂いにもお前は反応していたな」


 クックッと可笑しそうに笑いだした霜月を困惑して見ていた輝也は脳裏によぎった想像に目を見開いた。

 久しぶりに月の夢を見て飛び起きた時間。そして目覚めてから見たニュース速報。


「まさか」


 その驚きを肯定するように霜月は笑みを深める。


「そうだ。俺は市長を殺すためにこの街に来た」

「仕事で、殺す…?」


 なんでもないことのように話す霜月を輝也は呆然と見た。今まで感じていたものと違う恐怖が足元から這い上がってくる。

 クラスメイトと仲良く笑っている姿に違和感は感じていた。血の匂いを纏っていたし、技術室で向き合った時に恐怖も感じた。

 それでもその告白は衝撃的だった。目の前の存在が今までと違うものに感じて、輝也は知らず一歩後ずさった。


「何をそんなに驚く?お前もついさっき、力を使って人を傷つけたのに」


 霜月の目に嘲りの色が混ざる。


「大野が襲われた時、お前が来たのは驚いた。でも結果としてはいい誤算だったな。あの瞬間、記憶の一部が戻っただろう」

「どうしてそれを…あそこにいたのか?」

「いたさ。あいつらに大野を襲わせたのは俺だからな」

「なにを…なんで、そんなことを!」

「正確に言えばあいつらは市長を殺した俺を追っていた。が、俺に騙されて大野がターゲットだと思い込んで襲った。追っ手はウザかったし、大野はお前を葉山輝也につなぐ者だから消えてもらおうと思ってね。一石二鳥の計画だった」

「僕の友だちだから、そんなことだけで大野を…?」


 助けたけれど、脚を撃たれていた。綺里がいなければ大野は走れなくなっていたかもしれない。

 その瞬間、輝也の中から恐怖は消えた。代わりにそこに生まれたのは怒りだ。

 すうっと体の震えが収まって、ぴたりと霜月を見据える。

 感情と一緒に風が体から吹き出しそうだった。


「ふざけるな!」

「ふざけてなんかない。気づいてないようだが、今こうして夢の中で話せているのもカグヤのテレパシー能力が目覚めたからだ。徐々にお前はお前の意思にかかわらず過去を取り戻しはじめている。そのために有効な手段はよくわかった」


 見定めるように笑みを消して輝也を見返した霜月は、再び月を見上げた。


「また一緒に見ような。次も、その次も、一緒に…」

「っ、その言葉…!」


 いつもの夢で少年が最後に口にする言葉を正確に口にした霜月に、輝也は瞬間、怒りを忘れた。

 その隙を突くように霜月の姿が掻き消える。

 一人残されて、輝也もまた月を見上げた。

 この満月を見ただけで霜月は少年の頃の記憶を違わずに思い出してみせた。

 何度も夢に見たこの場面は、すぐにわかるほど大切な思い出の場面だったのだろうか。

 それとも、何気ない記憶も思い出せるくらい大切にしているのか。

 わからなくて目を閉じた。


 夢から覚めようとしている。


終わりが近づいてきました。


お昼ご飯のお供にと思って昼前の時間の更新を心がけているのですが、今日はまたお昼過ぎてしまいました。

夏バテでご飯を食べるのも忘れがちです。

食べなくてはー。

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