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欠けない月の輝く夜  作者: メグミ アキラ
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 天井に叩きつけられ床に落下した男たちは倒れたまま動かなかった。

 息はあるが、輝也は昨日の夢を容易に連想できた。

 男のポケットにあった携帯で救急車を呼び、とりあえず大野のところに戻ろうとしたところで「輝也!」と呼ばれる。

 綺里の声に背中が強張る。後ろめたい気持ちに襲われてうつむくと、ぶつかる勢いで走ってきた綺里に両手を掴まれて怪我の有無をチェックされる。


「怪我はしてないな!じゃあ、早く逃げるぞ!!」

「ちょっ、待って綺里、逃げるって」


 言葉と同時に輝也の手を引こうとする綺里に驚きながらストップをかける。


「窓とか割ったの輝也だろ?それにあいつらの怪我の説明もできないし」


 面倒なことになる前に早くと言われて納得しつつも、足を踏ん張る。


「待って、大野が…!」

「大野?怪我人か?!」


 慌てていた綺里の顔がスッと真剣になった。



 それは神秘的な光景だった。

 大野の怪我に手をあてて目を閉じた綺里の全身が緑色の淡い光に包まれていく。

 熱を持たないその光は、それでも暖かそうに輝也には見えた。

 何かを見計らうようにうっすらと開いた瞳も常の焦げ茶色ではなく緑色に染まっていて、別人のように深く静かだ。

 光が綺里の中に吸い込まれるようにすぅっと薄まって消えるまで3分くらいだっただろうか、綺里の手をどけると大野の脚から傷は消えていた。


 あの後、綺里の指示で大野を背負った輝也は人目を避けながら校舎裏の非常階段の影に移動した。

 背中で綺里と大野を隠しながら周りを警戒し、さらに直美を近くに呼び寄せる連絡を入れていると綺里が発光しだして仰天した次第だ。



 それから綺里は、ジャージの穴から跡一つない肌を見て息を呑んでいる大野に、傷は治したけれど流れた血は失ったままだからと注意しながら輝也の背に覆いかぶさり、気絶した。

 輝也は心臓が止まるかというぐらい驚いて取り乱して、電話が繋がったたままだった直美に心配いらないとなだめられて何とか落ち着いた。

 大野もゾッとした顔をしていた。

 今は輝也が綺里をおんぶして学校の裏門から出て少しのところへ移動し、直美が着くのを大野と並んで立って、待っていた。

 救急車のサイレンの音を聞きながら、二人は無言だった。

 何をどう話して聞けばいいのかお互いわからなかった。

 途中から大野の携帯が次々にメッセージの到着を告げて、陸上部の仲間が無事なことと、大野を心配していることを知らせた。



 間もなく車が到着して、輝也は横目で窺うように大野を見た。大野も同じように輝也を見ていた。


「大野も、乗らない?…駅まででも」

「いや、俺は戻らないと。変に思われる」

「そっか」

「…」


 輝也は後部座席に綺里を膝枕するように乗り込んだ。

 ドアを閉じようとして大野の手に止められる。

 顔を上げると、今度は正面から視線が合った。


「輝也、さっきみたいに保博って呼べよ。いつも」

「…保博」

「それから、ありがとう。助けてくれて。そっちの兄貴にも、伝えてくれ」


 止めていたドアを閉めて、運転席の直美に頭を下げて。「またな」と大野は笑った。



 輝也は眠る綺里の顔を見つめた。

 窓から入る街の灯りに淡く照らされた頬は青白かった。


「綺里君は大丈夫だよ。明日の朝には元気になってる」

「あの力は…」

「ヒーリングって言うのかな。傷ついたものを治したり弱まった力を補ったりすることができる。輝也君も治してもらったことがあるんだよ」

「直美兄さんにも、何か力が?」

「僕に特別な力はないよ。…輝也君?」


 直美は沈んだ気配を感じてバックミラーに目をやった。うつむく丸い頭が見えた。


「さっきカッとなった時、力を使って人を傷つける方法が一気に頭に浮かんだんだ。…夢で血が流れていたのも、過去に僕が…」

「大野君を助けたことを後悔してるのかい?」

「そんなこと!でも、本当に助けたのは綺里の力で…」

「輝也君」


 重みのある声で名を呼ばれて、輝也の肩が揺れる。叱られるのがわかって、直美がこちらに背を向けていても顔をあげられない。


「人を羨んでも卑屈になっても、現実は動かないよ。輝也君はそのままの輝也君でしかない。過去もね」


 叱られるどころか静かな声で諭されて頬が熱くなる。


「大野君は輝也君にも感謝していたよ」

「…うん」


 気持ちをきちんと受け取りなさいと言われているのがわかった。

 今まで、輝也は踏み込むのも踏み込まれるのも苦手で。

 受け取るというのは、きっと踏み込むことだ。

 今朝ようやく、逃げるのはやめようと思えたけれど、踏み込むことは考えてもなかった。

 輝也の脳裏に答えていない霜月の質問が浮ぶ。


 ――記憶を戻したいのか


 踏み込む勇気はあるだろうか。



「う…」

 膝の上の綺里が小さくうめいた。


「綺里?」


 起こしてしまったかと覗き込めば、うっすらと開いた眠気にぼやけた目が輝也を見つけて緩む。


「なに、お前、泣きそうな顔してんの」

「知らないよ」


 自分の顔は見えないと突っぱねながらも恥ずかしくて顔をそむけると、下から伸びた腕に捕まった。

 綺里の肩に顔を押し付けるような形で頭を引き寄せられる。


「頭の上でうるさいんだよ。輝也も寝ろ」


 綺里の内側から溢れるように光がにじみ出て、輝也の視界が緑に染まった。


「っ綺里、これ疲れるんじゃ…」

「これくらい、なんともねー…」


 驚いて身体を離そうとする途中で急速に体から力が抜けて、輝也の言葉が怪しくなった。

 答える綺里の声も同じく遠のいて。

 後部座席から2人分の寝息が聞こえてきて直美は溜め息をついた。


「2人とも僕が二階に運ぶのかい?」


 まあ兄は頑張るけどね…と、聞く人がいないと知りつつ質問を投げ、答えが無いことを確認して小さくぼやく。

 その顔は言葉とは違って厳しかった。


 ――このタイミングで輝也のクラスメイトが襲われたことは、なにを意味するのか。


 顔は見ていないが、おそらく襲撃者は昨日街で見かけた物騒な空気の男たちで間違いないだろう。銃を出すような連中が同時に関連なく二組もうろつくほど物騒な地域ではない。

 市長の不審死、輝也の過去に関係する転校生、街にあらわれた物騒な男たちと、その男たちによる学校での襲撃。明らかに大野を狙っていたという…

 全てをつなぐのは、転校生だと直美は確信していた。

 しかし


「霜月咲哉はいったい何を考えている?」


 輝也の話を聞いて、何を求めているのか予想するところはあった。だが繋がらないことがある。

 考えても答えは出なかった。ただ、このままでは終わらないことだけはわかる。

 直美はハンドルを強く握り締めた。

 行きにあれだけ激しく降っていた雨が、帰りの今はあがっていた。


綺里の力は何色にしようかなと少し悩んで、やっぱ癒しは緑だろと決めました。

その後、いま放映中の某アニメ主人公の力が緑で、思わず「あー」と。

まあ、変更はしないのですが、少し寂しい気持ちになった思い出。

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