10
ぐったりと座り込んでいた輝也は、予鈴の音で身を起こした。
昼休憩が終わってしまったが空腹は感じなかった。体の中に嵐が詰め込まれたようで何もかもがぐるぐるとまとまらない。
とにかく重い身体を引きずって教室に戻り、午後の授業をこなした。
霜月は早退していて、小野田が「忙しい奴だな」と笑った。
校舎を出ると朝からの曇り空が小雨に変わっていた。
綺里に持たされた折り畳み傘をカバンから出していると、「ついに降り出したか」と空を見上げる運動部の声が聞こえた。
陸上部は今日も練習の日だ。雨の今日は階段を往復したり、廊下でラダーだろうか。
ふと、霜月と話していた大野が輝也の頭をよぎった。
別に輝也のことを霜月に話したことに怒りを覚えたりはしない。ただ違和感を感じたことだけが引っかかっていた。
「話を、した方がいいのかな…」
呟いてみても足は動かなかった。なにを話せばいいのかわからないのだ。
空を覆う雲は厚い。雨が強くなる前に速く家に帰りたかった。
「えっ?」
輝也は直美の声に我に返って聞き返した。
「雨。これは当分止みそうにないね」
言い直してくれる言葉の意味と一緒に、雨の音が耳に入った。
輝也が帰るときは小雨だった雨は本降りになって窓を激しく叩いている。外は日が落ちて真っ暗だった。
家に帰ってからもまとまらない頭を抱えてぼうっとしていた。時間を忘れていたらしい。
「綺里君を迎えに行こうか」
笑って車の鍵をふって見せる直美に輝也は頷いた。
「帰ってからずっと難しい顔をしてるね」
直美の声にまた我に返る。今度は助手席の窓を見てぼうっとしていたらしい。
「話してみたら気づくこともあるかもしれないよ」
「直美兄さん…」
輝也はとつとつと技術室でのことを話した。
我ながら説明になっているかも怪しい。
話し終えた時には学校の近くまで来ていた。
「相手の気持ちを全て理解することも、全て受け止めることも難しいよ」
暗い夜の先を見つめるように話す直美の横顔を輝也は見つめた。
「わからないことを考えてわかったつもりになるよりも、わかることを考えるべきだと思う。…輝也君は霜月君の質問に答えられていない」
「霜月の質問…」
このまとまりきらない思考の中に、わかることが残っているだろうか?
綺里の分の長傘を持って校門前で車を降りる。
車を停めるところが無いので、直美には車で待っていてもらう。
雨が跳ねないように慎重に歩きながら、輝也は考え続けていた。
順にあったことを数えるように思い出して――
「口調が変わる前だ。最後に、聞かれた…」
耳元に霜月の声で聞こえた。
「『葉山君は記憶を戻したいのかな?』」
その時、校舎の中から小さく悲鳴が聞こえた気がして輝也は顔を上げた。
耳を澄ませると争うような叫び声が聞こえる。
輝也は全力で駆け出した。
校舎は広いが、風を使って走れば声がどんどんと近くなった。
階段を上りきる直前、聞きなれた声とくぐもった破裂音が聞こえて息を呑む。
サイレンサーという言葉が瞬時に浮かんで、どうして学校で銃声がと心の中で叫ぶ。
廊下に飛び出すと、しゃがみこむ背中が見えた。その背中はいつも一緒に走っていた背中で。その奥に銃を手に近づいてくる男。
廊下に流れる血に頭が爆発しそうに熱くなった。
「保博!」
叫んだ時には輝也は大野の前に立っていた。同時に輝也と大野を中心とした竜巻が巻き上がり、男と廊下に面する扉と窓ガラス全てを一瞬で吹き飛ばした。
「…輝也?」
呆然とした声を出す大野の手を引いて倒れた扉から教室に転がり込んで息を潜める。
走ってくる複数の足音が聞こえる。
吹き飛ばした男を発見したのか、怒声があがった。
「他の皆は?」
「俺1人のところを襲われたから、大丈夫だと思う。…わかんねぇけど、あいつら俺を捕まえに来たみたいで」
青ざめた顔が痛みに歪む。輝也はハンカチを渡して止血の方法を指示した。
大野の顔に疑問の色がよぎるのがわかった。
自分でも説明できないことなので、気づかない振りで腰を上げる。
「保博はここに隠れてて」
「お前、なに言って!」
「僕は大丈夫だから」
大野がとんでもないと殺した声で叫ぶが、静かにと指を立てて中腰で走り出る。
足音が近い。銃を向けられる前に片付けたかった。
記憶に無いのにやり方はわかった。応急処置も、風の使い方も。
――必要な時に思い出す
母が言ったという言葉を思い出しながら、輝也は男たちに足元に竜巻をおこした。
祝10話!(セルフお祝い)
少し短いかもですが、キリの良いところで。




