最後の選択編1
今度こそ本当に目が覚めると、格子窓のそとから光が差し込んでいた。もう朝日が昇る時間だ。
「どうすれば、いいの?」
夢の中で神から聞いた話を、頭の中で整理する。
ネオロノークの話では、今のクラリッサは一つ前のクラリッサの選択をなぞっていたのだという。彼女以外の人間は、おそらく今後も一つ前の世界と同じ行動をとり、同じ思考をするはずだ。
だとすれば、彼女が影響を与えられない部分の未来は、ほぼ決まっている。このままなにもせずにじっとしていれば、マティアスが王都を包囲し、クラリッサを助けに来る。予知の力を警戒されているクラリッサに戦局に口を挟む機会などなく、マティアスの勝利は揺るがない。
マティアスが来てくれること、それは嬉しい。けれど、ジェレマイアが倒されることを望む気持ちは彼女にはない。ここまで来て、まだきれいでいようとする自分自身に嫌気がさすが、それが彼女の本音だった。
国王軍が負けるとわかっていて、わざとなにもしないでいること。これも彼女の罪の一つとして、日記に記さなければならない。
(国王陛下は、私を殺すの……?)
それが一つ前の彼女の最後だった。マティアスが勝つ未来が確定しているのだから、あとはクラリッサが死ななければいい。ただし、このまま待っていたら次にジェレマイアがここを訪ねてきた時に、彼女は殺されてしまう。
だが今呼び出して、なんと話せばいいのか。戦の直前に事情を話してなんになるのだろう。どうせ負けるから諦めろ、で済む話ではない。クラリッサには動き出した“国”という巨大な存在を止める力がないのだ。
(陛下は、私のことを愛している……?)
夢の中でみたジェレマイアは、はっきりとクラリッサを愛していると口にしていた。彼がクラリッサのことを特別に思っているのは、さすがの彼女も薄々気がついていた。
最奥の宮にいた頃、はじめて本音をぶちまけて以降、彼はいつも彼女の本心を聞きたがった。彼にとって、彼を肯定する臣からの言葉はすべていつわりに聞こえていて、クラリッサの暴言だけが真実のように思えていたのだろう。実の母親や側近が信用できない彼は、ひどく不器用で、悲しい人だった。
同時に、ジェレマイアが純粋に女性としてクラリッサを好いているというのも、少し違うと彼女は思っている。もともと彼には王としての部分と私的な部分との境界がない。小さな頃から王になるべく育てられたせいだろう。
彼はクラリッサ個人だけではなく、聖女としての彼女を欲している。彼自身が王以外の何者にもなれないのと同じで、彼にとってのクラリッサは常に聖女なのだ。
彼は覇王と聖女の真実に誰よりも早く気がついて、必死に本来彼が持つべき力を手に入れようともがいていた。クラリッサを愛し、愛されることが王位の正当性を証明する手段のように思っていたのだろう。
(私があの方の気持ちに応えれば、満足する?)
一瞬そんな考えがよぎって、すぐに首を横に振る。彼はクラリッサが媚びるような態度をとるのは不快だと言っていた。演技の上手くない彼女は、きっとジェレマイアを騙せない。彼が欲しいのはクラリッサの心と聖女としての力で、それはマティアスのものだから。例えばかたちだけ、身体だけ差し出しても虚しいだけだ。
(繰り返しの真実を、黙っていればいいの……?)
このままいけば、次に会えるのは一つ前のクラリッサが殺された日。間違いなくそうなるはずだ。それ以前に会っても、ジェレマイアに話せることはない。むしろ逆効果になってしまう。
一つ前の世界では、ジェレマイアに予知の真相をうち明けたことが彼の心を闇に落し、終焉を迎える原因になった。
では言わなければいいのだろうか。
(私は、陛下を騙せたことなんてない……)
昔、クラリッサが大神殿の塔から身を投げようとしたとき、ジェレマイアだけがそれに気がついて、止めた。はじめて本当の気持ちをうち明けて以降、彼を騙せたことはない。彼はクラリッサが本音を言わないことをとにかく嫌う。
言葉を変えて、真実を話す。そして彼を説得する。それしかないとクラリッサは考える。
(失敗したら、また同じことを繰り返すんだ……きっと)
九八一回目のクラリッサが一番条件の達成に近づいた。おそらく今回が失敗に終わっても、何十回も同じ道を繰り返す。
もし、九八三回目のクラリッサが生まれてしまったのなら、今度は二つの死を見せて、それ以外の道を歩ませるのだろう。彼女はそれを想像し、過去になんども死んでいった自身や仲間たちのことを思って狂いそうになる。
(終わりたい……終わらせたいよ……)
ネオロノークが九八一回試して、選んだ今の状況が本当に最善だという保証はない。本当はまだ到達していない誰も苦しまずに済む世界があるのに、探すことを放棄しているのかもしれない。そんな不安に襲われる。それでもクラリッサは終わりを願う。
一つ言葉が違えば、ほんの少し時間が違えば、違う未来に行きつく。クラリッサは今までの選択で、そのことを知った。
「国王陛下……」
次に、ジェレマイアが訪れるとき。それが一つ前のクラリッサが終わった日。そして今のクラリッサも終わってしまう日なのかもしれない。
クラリッサは時に囚われている。マティアスも、ジェレマイアも、人の世そのものも、そして神までも。
格子窓のそとに広がるこの世界が、そして彼女自身が、その呪縛から解放されることをクラリッサはひたすら願った。




