夢の真相編6
今から千年ほど前。のちの人間が主神と呼ぶ、唯一の神がいた。神は争いをやめさせるために、五人の男に加護を与えた。そしてみずからの力の一部を分け与えた五柱の息子神とともに、それぞれの国を統治させた。
主神が定めた国のかたちを守る。つまりはそれぞれの国境を侵すことを禁じ、五つにわかれた国には永久の平和が約束された。
ところが平和は長くは続かない。一度統一され、国境を脅かされることのないはずの国でも、その国の内部で争いの火種がなくなることなどなかったのだ。
だから主神は、再び争いが生じた時のために、覇王の子孫に力を受け継がせることにした。
争いが生じた瞬間、未婚の王族のうち最年長の男子に覇王の力が現れ、その者が選んだ乙女を聖女とする。主神はそのことを五つの国の王へ伝えた。
各国の王は、王位継承者が新たな覇王になるように、法を定め、婚姻を宗教によって規制し、聖典というかたちで文字にして残した。
その当時は神も王も、子孫がそれを歪め、忘れることなど想像もしていなかったのだろう。
『覇王には、強靱な肉体、知能、そして幸運が与えられる。あくまで、人の器に収まる範囲ではあるが。そなたが多くのやり直しで、人間の定めるほうの“聖女”に選ばれるのは、覇王の“幸運”が働いたからだ』
クラリッサや氷の聖女レオノーラが、ネオロノーク教の聖女に選ばれたのは覇王の“幸運”に導かれてのことだった。しかし、覇王の幸運は近しい人間の幸福と同義ではなかった。
『戦うことが前提である覇王の力は、周囲の人間を不幸にする傾向がある。幸運により矢が反れれば、それはほかの人間に命中するということだから』
クラリッサは耳を塞ぎたくなる。彼女の怪我が本当にマティアスのせいだなどと、知りたくなかった。
ネオロノークは話を続ける。
覇王の力は完全なものではない。あくまで人の領域を超えることはないのだ。人知を超える力を持っていたのは、五柱の息子神の代理人である聖女のほうだった。
『ある者には炎を操る力を、ある者には水を操る力を……そして我は聖女に時を操る力を与えた』
五柱の息子神は、父神から分けられたそれぞれの力を、そのまま聖女に与えた。
『だが、覇王と聖女――――神の力を宿したもの二人だけで、必ず乱れた国を正せるとそなたは思うか? 万に一つも、間違いが起きないと思うか? ……神と呼ばれる我らには、それが理解できなかった。知った時には手遅れだった』
五つの国の平穏は、結局長くは続かなかった。覇王の力の出現に“国が乱れしとき”という条件をつけてしまったことも一因になっている。ただの人が治める国は太平の世ではなかったのだ。
ある時、一つの国が内側から瓦解した。国が乱れたまま、覇王と聖女が死ぬ。その時、父神から与えられた規則に縛られる存在だった息子神に矛盾が生じ、狂い、暴走した。父神は、役割が果たせなかったときの規則を息子神に与えていなかったのだ。
息子神の暴走を止めるために、父神が力を失い消滅し、ほかの息子神に新たな規則を与えられる存在がいなくなった。
あとは簡単だった。定めからはずれた国が他国に侵攻し、また神が狂い、消滅した。ある神は覇王の血脈が途絶えたことにより、存在に矛盾が生じ消滅した。
『父神が消滅しても、すでに人の血に組み込まれた覇王の力や、独立した存在となった我の力は消えぬ。そして残るは我のみ。我だけは唯一残された』
ネオロノークの力は時を遡る。聖女が間違えるたびに、正しい世の中になるまで何度でもやり直す。だから滅びることが許されない。
どんなに強大な力を持ってしても、人間は必ず間違える。だからほかの神は皆滅びた。逆に時を戻す力しか持たないネオロノークが守護するこの国だけは、失敗するたびにやり直し、国のかたちを取り戻すまで終わることが許されない。
『我だけは、完全な存在だった。今までは多くとも百に満たぬやり直しで、国はかたちを取り戻した。……だが、今代は九八一回目試しても、まだ成らぬ』
ネオロノークだけが、千年の時を存在し続けている――――正確には千年ではなく、今代の聖女だけでも九八二回目のやり直しをしているのだ。忘れることのないただ一人の神は数万の時を、そこに在り続けている。
『だったら! だったら、もう終わりでしょう? ハール領はもうすぐレドナークのものになる。国のかたちは元に戻るじゃない』
『それは違う。……今、この国を統べる者は選ばれた覇王ではない』
ネオロノークの言う覇王とは、マティアスのことだ。妾の子であるかどうか、そんなことは神には関係ない。
『マティアスが王にならないと、終わらない……?』
『そのとおり。このあと、聖女はなぜもっと早く事実を告げなかったのか、なぜもっと早く夢をみせないのかと質問をするのだろう?』
はじめて夢にネオロノークが出てきたとき、思考を読んでいるわけではないと言っていた意味が、やっとわかる。この話は過去のクラリッサに何百回もしているのだ。だからクラリッサの知りたいことがわかる。
『二回目から二五回目の聖女には、覇王から望まれた日に事実を告げた。二回目の聖女は、選定の日に神殿に行かず、野良犬のまま死んだ。二五回目の聖女に今までの記憶をすべてみせたら、心が壊れた。そして早くに夢をみせてジェレマイア・ホレス・アスクウィスに王位を継承させない策は、過去三百回試している』
なんの力も持たない、そしてマティアスと再会する前のクラリッサに夢をみせても意味がなかったのだ。
『じゃあなんで、二つの夢をみせるの? あんな選べない夢! なんでっ!?』
『ここ百回ほど、途中までの行程は同じだ。一つの夢では岐路がわからぬ。三つでは聖女が迷う』
ネオロノークの話には矛盾がある。ここ百回の行程が同じと彼は言うが、クラリッサは一度だけ、どちらの道も選ばなかったことがある。そこから発生する未来は、過去のクラリッサが到達したことのない世界のはずだ。
『そして次の質問だが、老神官の死によって新たな未来は開けていない』
クラリッサがたずねる前に、ネオロノークが彼女を否定する。このやり取りも彼にとっては、何度も繰り返されたことなのだろう。
『何度目かの世界で、老神官が偶然死亡した。その死を利用して神罰に見せかけるため、聖女が選べぬ夢をみせた』
夢の規則を知らなかったクラリッサが、三つ目の未来を模索する。そして老神官の死によって、予知夢を誰かに話すことをためらう。それすら過去に何度も繰り返していたというのだ。
『じゃあ、マティアスやロイが大けがをする未来は……いつわりだったというの? 夢の全てが事実じゃないってこと!?』
『我は嘘をつかぬ。覇王やそなたの友人が、あの日に怪我を負う過去はたしかにあった。ただ、そなたが進む予定の未来がそれだと、我は言っていない。我は未来を見せているとは言っていない』
これも主神によって定められた規則なのだろう。ネオロノークは嘘をつけない。しかし、嘘をつけなくても誤解させ、それを黙っていることはできるのだ。
それはつまり、そもそも主神の加護を持つマティアスは、刺客や毒で死ななかった可能性を示している。
『それじゃ……マッケオン伯爵を殺さなくてもよかった……ってことじゃない。それなのに私』
クラリッサは夢の中だというのに、全身の血の気が引いていく感覚に襲われる。
『無駄だ、そなたが疑問に思うことは、すでに過去のそなたが幾度も試している。その中で、あの者が生きていると必ずのちに障害となった。そなたが死に、やり直しがはじまるだけだ』
ジェレマイアは未婚で後継者がいない。王家の血筋を濃く受け継いでいるのは公爵家の跡継ぎであるマッケオン伯爵と、マティアスの二人。名ばかりの公爵であるマティアスよりも、マッケオン伯爵のほうが国の中枢に近い。
神はマッケオン伯爵を殺させるために、誤解させ、暗殺者の死で慣れさせて、彼女がためらわないように操っていたのだ。
『ただ、穏やかに暮らしたいだけなのに……』
浮いている球体の中には年老いたマティアスとクラリッサもいた。夢の中――――ネオロノークの支配する神の領域にいるというのに、クラリッサの瞳からはちゃんと涙が出る。
『そなたも覇王も、そういう思考をしているのは知っている。だからいつまでも終われぬのだ。それが真相を話さぬままに導くことにした理由だ』
条件は国土を取り戻すこと、たったそれだけ。ただし今の状態はヴェルダーシュにハール領を、ジェレマイアにほかの領土を取られているというのが神の認識だ。
神がクラリッサに条件を伝え、マティアスがそれを信じても、温和な性格のマティアスは犠牲を厭わずに、がむしゃらに覇王の道を進むことなどできない。王になることを目指しても、ジェレマイアと対立しないまま年老いる。
『そなたが囚われていることが、覇王を本気にさせる。そしてブリュノ・カークは覇王の貴重な戦力だ。あの者なくして勝利はない。――――九八一回目のそなたらは、あと一歩のところまで行った』
前回のやり直しが、繰り返しが終わる条件に一番近かった。だから、ここまでの道のりは前回と寸分違わず同じ。つまりはそういうことだ。
『夢は……そんなに正確なの? 前回の私と、今の私はまったく同じだというの?』
『そもそも、そなたは夢でみたものを、寸分違わず再現できてはおらぬ。最初の頃はよく夢の内容を違えた。一度違えると力を疑い、そなたは自滅する』
ネオロノークは淡々と告げる。刺客からマティアスを守る夢をみても、現実のクラリッサはまったく同じには再現できていない。違う結果になったら、クラリッサは力を疑い、やがて死ぬ。
そこでネオロノークは、やり直しの世界で、夢の内容やみせる時間を少しずつ変えた。あれが予知だと勘違いするまでに、多くのクラリッサが死んだのだ。
『だが前回のそなたと今のそなたは、寸分違わず同じ。――――ここから先、そなたは以前のそなたと違う道を進まねばならない。これから九八一回目のそなたをみせよう』
ふわふわとガラスの球体が近づいてくる。そこに映っていたのは王宮の牢、現実のクラリッサが寝ているはずの部屋。そしていつものようにぼんやりと格子窓のそとを眺めるクラリッサだった。
九八二回目のクラリッサの意識は、だんだん九八一回目の彼女と同調しはじめた。
〈お知らせ〉
スミマセン、算数ができてなかったようで
金曜日に3話更新しても終わらないというミス
本日一話
明日は、朝と夜の合計二話
金曜日朝一話、夜三話
の怒濤の更新でお送りします(^。^;)




