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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
最終章 まほろばの終焉

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夢の真相編3



 ミンガラムの南方にある領主屋敷は、貴族の邸宅というより、要塞のようだった。雪深い地域は屋根に積もる雪の重さに耐えられるように、窓を小さくして柱を多く設ける必要がある。王都の華やかな建物とは違い、厳しい環境から住人を守るために、そうした造りになっている。


 領主屋敷は、仮に“ウェイバリー公爵軍”と名乗ることになった、軍の司令部となった。

 体勢を整えたのちに、マティアスはジェレマイアと戦うために南進することになる。今はつかの間の休息だ。

 兵士たちは休息日だとしても、マティアスをはじめとする指揮を執る側に休みはない。

 マティアスの執務室は、急いで準備されただけあって、将とは思えないほど簡素なものだった。机と椅子だけが置かれたその部屋で、補給に関する書類に目を通していると、ブリュノとロイ、そしてヘンリットがやって来た。


「ヘンリット卿、ロイ……よく来てくれた。ブリュノ、お帰り。皆、長旅で疲れたでしょう?」


 ブリュノがクラリッサを連れてこれなかったことは、彼らの表情から察することができる。


「すまねぇ……。大口たたいて出て行ったくせに、このざまで」


 深々と頭を下げるブリュノ。マティアスは椅子から立ち上がって彼の肩に手をあてる。


「よく帰ってきてくれた。本当に」


 ブリュノならばできる。そんな期待をしていなかったと言えば嘘だ。可能性がないのなら、最初から送り出したりはしていない。

 マティアスはブリュノの強い言葉から、誰も失わない未来を思い描いて、期待していた。クラリッサを取り戻したくてどうしようもない思いは、いまだにある。けれど、ブリュノが帰ってきて思ったことは、とにかく無事でよかったという安堵の気持ちだった。


「手紙を預かってきた」


 ブリュノが胸のポケットに入っている手紙をマティアスに差し出す。


「手紙?」


 それは、開封しなくても相当な枚数だとわかる分厚い封筒だ。


「聖女の予知の力について書かれている、らしい……」


 わけがわからないまま、マティアスは渡された手紙の封を切る。見慣れた彼女の字でつづられた手紙は、小さな文字で埋め尽くされ、二十枚近くある。彼はそれをゆっくりと読み進める。そこには結婚した当初からみはじめた予知夢のことが、詳細に記されていた。

 中でも老神官のこと、そしてマッケオン伯爵の死の真相について、とくに詳しく記されていた。そして氷の聖女と同じように、いつかすべての記憶を失くしてしまうかもしれないという懸念も。


 マティアスは信じられない気持ちで手紙を読み進める。だが、軍人すら気がつかない刺客の存在を、彼女だけが認識できた理由を考えると、納得するしかない。



 最後に――――。



『ネオロノークはマティアスのことを、加護を持つ今代の覇王だと言っていました。そして、国王陛下との争いが避けられなくなってしまった原因は、私にあります。私は多くの人の死に関わりすぎて、きっとこれからもそこから逃げられません。マティアスはどうか、あなたの思う道を選んでください』


 別れを予感させる内容に、マティアスは読み進めるのをやめたくなる。それでも、最後まで書かれていることを読まなくてはならなかった。


『もし、真実を知っても、私のことを少しでもまだ気にかけてくれるのなら、どうか、私の罪を許さないでください。罪を罪だと思わない人にはなりたくないのです。それが、私に残された最後の良心のように思えます。――――どうかお元気で、クラリッサ』



 マティアスの手からこぼれ落ちた手紙が、床の上に散乱する。


「これが、あの子の抱えていたものだというのか……」


 マティアスは、クラリッサの不安定な心を察していた。けれどそれは、彼女を暗殺しようとしにきた敵に同情し、老神官の死に責任を感じて落ち込んでいるのだと思っていたのだ。


「読んでもいいか?」


 マティアスは拒否しなかった。一人では到底受け止めきれるものではない。少しでも冷静な人物の言葉が欲しかった。

 ブリュノに続いて、ロイとヘンリットも急いで手紙に目を通す。


「……ふざけんなっ! あいつ、嘘を言いやがった! 俺には……俺には、包囲されて、クーも死ぬって。だから諦めろって……」


 ブリュノが直接読むことを想定していなかったのか、彼女が最後にみた夢の内容は、ブリュノに語った内容と違っていた。


「ブリュノ。君に関する予知が本物だったとして、やはりこうなってよかったと私は思う。……君になにかあれば、イルマシェ殿が亡くなられた時よりも、さらに彼女は傷ついたはずだ。だから……」


 老神官の死の真相、というより彼女が真相だと思っていること――――神から示された道を選ばなかった罰で、彼が死んだということ。これが真実かどうかは疑問だ。重要なのは彼女が真実だと思っていて、それが彼女の心をひどくむしばんだということだ。

 もしブリュノがクラリッサを救出するために死に、そして彼女だけ生き残ったとしたら、彼女はこんどこそ正気ではいられないだろう。


「覇王というのが本当に私のことなら、……なにも気がつかないまま彼女を苦しめていたのは、私だ……」


 クラリッサは二つの夢をみる。夢の内容はマティアスに関すること。そして、ほかの未来を選べないように追い詰められた状態で、誰にも相談できずに一人で、誰かの死を望んでいたというのだ。


「許されないのは、私のほうだよ」


 妻に手を汚させて、それに気づいてやれなかった。悪夢をみる理由を、離れていた三年間にひどい目に遭わされたせいだと思っていた。

 彼女を苦しめた存在を憎んで、彼自身がそばにいれば、少しずつ彼女の心が癒やされると信じていたのだ。


 苦しめている張本人に慰められ、抱きしめられた彼女は、いったいどんな思いだったのか。マティアスはそれを想像して、過去の自分の首を絞めてやりたい気持ちになった。


「ブリュノ、ロイ。書かれていることが本当だとすると、覇王と聖女はどちらが先に選ばれたのだと思う?」


 答えは簡単だった。聖典に記されている加護を与えられる者の条件に、ジェレマイアが当てはまらない。そう言って、彼の代での聖女選定をためらう臣もいた。では、当てはまっていたのは誰だったのか。


「マティアス様、それはっ!」


「昔、神に願ったことがあるんだ。ジェレマイアが、覇王の末裔には望んだ乙女が与えられると言っていた。兄弟でなぜこんなに違うのかと嫉妬して……! それなら、私はクーがほしいって……」


 さも自身の努力で彼女を救い出した気でいたマティアスは、どれだけ滑稽こっけいな存在なのだろう。


「偶然じゃない。私の罪は、聖女選定の日に約束を破ったことではなかった。……そうではなくて、彼女から身体の自由も、心の自由もすべて奪い、今も苦しめ続けているのが本当に私だとしたら……?」


 マティアスの言葉を聞いている三人は、誰も彼の言葉を否定できなかった。



***



 翌日、ミンガラムの公爵軍司令部に、国王からの通達が届いた。事前の予想どおりだが、北の諸侯を扇動し、ヴェルダーシュを刺激したことにより、勝手に開戦したという罪で「反逆罪」とされた。罪を認め、ただちに投降せよ、というのが王命だ。


「おのれ! 北を見捨ておった愚王がっ!」


「ウェイバリー公爵こそが、王となるべき存在だ!」


「立ち上がりましょう! 公爵こそ覇王の血を継ぐ者なのだから」


 広間に結集しているのは軍の要職についている者と、公爵派の貴族。彼らから口々に、ジェレマイアをおとしめ、マティアスの正当性を支持する言葉が発せられる。

 とくに声が大きいのが、ヴェルダーシュとの戦いが終わったあとで公爵軍に加わった面々だ。彼らは早くも、国王軍に勝ったあとの自身の立場を強化する方法を模索しはじめている。ヴェルダーシュとの戦いに参戦しなかったぶん、次の戦いで手柄をたてなければならない。


 万が一、マティアスが王命に従い、素直に投降するなどと言い出したら、自分たちも罪に問われる可能性が高い。マティアスを王にするしか、彼らが生き残る道がないのだ。


 これからマティアスは、自分たちの利益に貪欲な彼らを、ある程度満足させながら、操っていかなければならない。

 その気の抜けない状況のお陰で、彼は意外にも平静でいられた。もし平穏な状態で、クラリッサからの手紙を読んでいたら、その場で命を絶っていたかもしれない。

 今は巻き込んだ兵士や民に対する責任から、なんとか北の諸侯をまとめ上げなければいけないという思いが、彼を冷静にさせている。


「貴卿らの言葉、嬉しく思う! 私は真に建国王の血を継承する者として、ジェレマイアを廃し、正統な王位を回復させることを誓う!」


 演技がかったマティアスの言葉と同時に、高座の奥に紫紺の旗が掲げられる。それはレドナークの国旗とほぼ同じ、色だけが違うものだ。


 マティアスが軍服の上からまとうマントも同じ色。今後、公爵軍を示す旗印となる。

 レドナークの本来の国旗は、建国王が好んで身につけていたという真紅だ。マティアスはジェレマイアに遠慮しておおやけの場で赤い色を着用してこなかった。

 紫紺はマティアスがよく身につける色であるのと同時に、建国王やマティアスの瞳の色を連想させる。

 穿うがった見方をすれば、彼が初代国王の再来であると公言しているようなものだ。


 ジェレマイアがそれを知れば、怒り狂っただろう。


 マティアスは人心を掌握しょうあくするために、進んで建国王の名を利用する。

 クラリッサを苦しめる覇王という存在、正統な王。マティアスはそんなものにはなりたくなかった。それなのに、口からは真逆の言葉が発せられる。


 マティアスが生まれる前のこと。本来、王妃となるべきだったのは当時のクィルター伯爵令嬢――――マティアスの母だった。ディストラとの関係が悪化し、先の王妃が辺境に追いやられた今、ジェレマイアよりマティアスのほうが王になるべきだったととなえる者も多い。


 人は強い者に従い、状況が変わればかつて支持していたはずのことすら、簡単に否定する。


「勇気ある選択をした諸君らに、私は勝利を約束しよう。建国王の力を継ぎしこの私と、勇猛果敢な諸君らの協力があれば、万に一つも敗北などありえない!」


 力強い彼の言葉に、集まった者たちが歓喜し、惜しみない賞賛の言葉を贈る。


 将としての正しい行いをすればするほど、クラリッサから心が離れる。彼女を裏切る。そんな不安を押し殺し、マティアスは理想の指導者を演じた。



(早く、クラリッサのところへ……)



 氷の聖女が記憶を失った。未来を予知する代償なのかもしれない。マティアスはそれをひどく恐れ、そうなる前に彼女に会わねばならないと必死だった。


 クラリッサはおそらく、マティアスのせいで聖女に選ばれてしまったことを、考えないようにしている。もしはっきりと気がついていたら、ただ彼女だけが罪人であると書かれた、あんな手紙を渡さないだろう。

 記憶を失えば、彼女に真実を告げる機会も、謝罪する機会も、罪を償う機会も、すべてを失う。彼はそれを恐れた。


 許されるはずのないことまで、忘却によって許される。――――それだけは受け入れられないことだった。



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