夢の真相編2
王宮から脱出したブリュノは、王都を出たところでヘンリットやロイと合流をはたす。軍馬にまたがり、仲間とともに、ウェイバリー公爵の支配地域まで逃走中だ。
逃走初日だけ国王軍の兵士と剣を交えたが、その後は何事もなく、平穏な旅になった。おそらく追討命令が一時的に解除されたのだ。
日が暮れた森の中、野営をしながら三人で今後についての話し合いをする。
日中は暖かさを感じるようになったが、夜は真冬と同じように冷える。
「まぁ……散り散りになった小者を捕縛するために軍を動かすよりも、再集結して北へ進軍するのだろうな」
ヘンリットが普段よりも濃くなった髭を撫でながら、そう分析する。
王都にいたウェイバリー公爵派の人間は多くはない。分散するように逃げた者を捕まえるのに、多くの兵を割り当てると、北への進軍が遅れる。だから見逃されたのだろう。
ヘンリットたちの役割は、一足早く王都を去ったはずの戦えない者たち――――ウェイバリー公爵についた諸侯の家族や、公爵家の家人から敵の目をそらすこと。そして国王軍を攪乱し、北への進軍を遅らせることだ。
国王軍が早々にあきらめてしまったことは、作戦通りとは言えない。だがそのぶん、戦えない者たちの移動が安全になるのだから、成果としてはまあまあだった。
ブリュノはアーシェラたち公爵家の家人の安全を考え、ひとまず安堵する。
「それにしても、ブリュノは僕をわざと避けましたよね!? ……信じられない」
ブリュノの無謀な行動を知らされなかったことで、ロイはかなり腹を立てている。
「悪かった。……しかも完全な失敗だ、面目ねぇ」
ロイに話せば止められるか、一緒についてくるかのどちらかだ。だからブリュノは王都に帰っていたことを、ロイに告げなかった。ロイもヘンリットの手足となり、王都脱出の準備に追われていたので、知ったのはすべてが終わったあとだった。
「手紙を預かったのでしょう? 得るものがなかったわけではありません」
素直に謝ると、それ以上相手を責められないのがロイという青年だ。長い付き合いでそれを知っているブリュノの作戦勝ちである。責めるのをやめるどころか、励ましはじめるロイはかなりのお人好しだ。
「だがよ……。俺がお尋ね者になっただけで、手にできたのが手紙だけとはな」
救出の失敗にため息をもらす。せめて手紙だけは確実にマティアスのところへ届けなくてはならない。
何かあっても守れるように、胸のポケットにしまってある分厚い手紙。そこには聖女の予知能力について記されているのだという。
「ブリュノに死なれたら、クーがなんと思うか。ヘンリット師団長も僕もあなたも、そしてマティアス様も全員……国家の反逆者ですからね。すでに罪人ですから、王宮への不法侵入が加わっても、なんでもありませんよ」
「正直、合流できて命拾いした。……漆黒の野良犬はたった一人で十人、いや二十人分の働きをする」
ロイとヘンリットが口々に励ましの言葉をかける。
ヘンリットたちと再会したとき、彼らは敵と戦っている最中だった。ブリュノが援護しなければ、犠牲が増えていたはずだ。それすらクラリッサは知っていたのだろうか。ブリュノにはわからない。
「手紙は開封しねぇけど、あいつには導きの聖女と同じような予知の力があるんだと」
ブリュノは別のたき火の付近にいるほかの兵に聞こえないように、声を抑える。
マティアス宛ての手紙の内容を、彼は詳しく知らない。ただ、クラリッサの力を目の前で見ただけだ。
「ブリュノはそれを信じたんですか?」
覇王や導きの聖女の力、神話に出てくる神の力。過去にそういう時代があったとしても、今の時代にあるはずがない。神殿の教えをいくら守っても救いはなく、神の名を語り利用する者にも罰はない。クラリッサが聖女になった件、そしていつわりの神託のこと、それらの実態をよく知っているロイには、到底信じられない話だろう。ブリュノも彼とアーシェラしか知り得ないことを知っていた、という事実がなければ、信じられなかった。
「ああ。そうとしか思えなかった。……俺しか知らねぇはずのことをいくつも知ってたからな」
「ブリュノしか、知らないこと?」
「忍び込んでクーを探そうとしたら、あいつから会いに来た。夜更けの屋外だぞ? ありえねぇだろ。……それと、アーシェの腹の中に俺の子がいる、だとさ」
「ブ、ブリュノ! なに考えてるんですか? 彼女、いちおう貴族でしょう? 義父上や彼女の兄上になんと言えば!」
立場上、兄となっているブリュノの取り返しのつかない非常識な行いに、ロイは驚き、細い目を最大限見開く。
「わかってるって。……しゃーねぇだろ? こっちは命かけてたから、つい。それに、俺だって今は貴族だし。……それよりも予知のことだ」
ほうっておくと、説教がはじまりそうな気配を感じとり、ブリュノは話をクラリッサの予知のことに戻す。王宮に忍び込んで見聞きしたことを、二人に詳しく聞かせた。
「刺客を見抜いた奥方様の妙な勘……。あれは勘ではなかったということか」
ヘンリットはブリュノの話を聞いて、いちおう納得した様子だ。
「まぁ、そういうことっすね。 王宮で向こうから会いに来た件だけでも、俺としては信じるしかない状況だったと思いますけどね」
普段ならとっくに寝ている時間。月明かりしかない真っ暗な庭園を、なにもない塀の近くまで歩いてきて、見張りの兵すら気がつかないブリュノの居場所を特定できるはずがない。そして、当人しか知るはずのないアーシェラとの関係を言い当てたのだから、疑えと言われても無理だった。
とにかく、手紙をマティアスに届けること。今のブリュノにできることはそれだけだ。
さらに五日をかけてミンガラムに近づく頃には、ウェイバリー公爵軍がヴェルダーシュに大勝利をおさめたという話が伝わってきた。
北の諸侯の一部には、中立という立場を取って日和見を決め込んでいた者もいた。勢いのある公爵支持派に囲まれるのを恐れた彼らが、次々と寝返り、マティアス率いる公爵軍はかなりの勢力になったという。
そして、ヴェルダーシュに対する交渉をクィルター伯爵に、守備をリーガンに任せて、マティアス自身は南進しているとの情報を得た。
ミンガラム地方の南には領主屋敷と北で一番栄えている街がある。公爵軍が国王軍との戦に備えて集まっているのもその街だ。
ブリュノはその地でマティアスと、そしてアーシェラと再会することになる。




