幸せの選択編6
「国王陛下……?」
東屋の階段付近に二人の騎士を伴ったジェレマイアが立っている。
「あの者は、孤児だった頃からの知り合いだな?」
「……え?」
あの者、というのはブリュノのことだ。監視がないと思っていたのはクラリッサの思い込みで、むしろ泳がされていたのかもしれない。
「時々あなたは油断する。大事な聖女を守る護衛が、あなたが寝ているからといってさぼっているとでも?」
一気に血の気が失せる。彼女は予知夢をみると、選んだほうの未来が保証されている気がして油断してしまうのだ。
「国王陛下。 彼は、私の兄のような本当に大切な人なんです。私はどこへも行きませんから、彼のことは見逃していただけませんか?」
「あなたの媚びるような口調は不快なだけで、逆効果だ。あの者となにを話した?」
監視されていたのだとしたら、話も聞かれていたはずだ。あえて聞くのはクラリッサがジェレマイアに対し、従順であるかどうか試しているのかもしれない。
「予知のことを。マティアスに手紙を渡しました。……日記に書いたこととほぼ同じです。……マティアスに知られたら、もう、私は一緒にはいられない。私が殺したマッケオン伯爵は、マティアスの従兄で、あの人のことだけは……本当に言い訳しようもなく許されないことだもの」
「聖女……」
「私はっ! もうあの人のそばにはいられない。戻れないの! 国王陛下はこうなって満足でしょ? ……だからブリュノは見逃してください。私を閉じ込めておけばもうマティアスの役に立たない。国王陛下にとっても都合がいいはずでしょ?」
「退かせろ」
ジェレマイアが近衛騎士の一人に命じる。
「しかし、陛下!」
「退かせろ。野良犬一匹捕らえてなんになる? ……そちらよりも数の足りない場所へ兵をまわせ」
ジェレマイアの命を受けた近衛騎士が敬礼をしたあとに、王命を守るためにこの場を去る。
「聖女は一緒に来い。見せたいものがある」
ジェレマイアは籐の椅子の上で、膝を抱えるようにして泣いていたクラリッサの腕を無理やりひっぱり、立たせる。そして彼女に白い杖を持たせてから背を向ける。
ジェレマイアの意図がまったくわからないクラリッサだが、今は彼の言葉に従うしかない。ジェレマイアの命で、一人少なくなった騎士と一緒に彼のあとを追う。
リンデン宮を出て、回廊でつながるゼルコバ宮へ入る。そこからゼルコバ宮の四本ある塔のうち、一番近い場所にある東の塔の上を目指す。
らせん状になっている階段は、大神殿にある塔を思い出させる。石造りの狭い空間。そこに閉じ込められている空気。それらが似通っているのだ。
ジェレマイアは時々振り返り、クラリッサがついてくるまで待っている。左足の動きが鈍いクラリッサにとって、階段を上る作業はなかなか大変なのだ。普通の人の倍以上の時間をかけて上を目指さなければならない。
しかも王宮にある塔は大神殿よりも高さがあるようで、上りきるころには彼女の息が上がっていた。
石造りのアーチ状の小窓から夜の王都が見渡せる。
深夜の王都に広がっていた光景に、クラリッサは言葉を失う。
橙色の光が線上になって、しかもそれがゆっくりと移動している。一つではない。何カ所も、それこそ王都中を照らし出そうとでもするように。
「先ほどから、王都で反乱が起きている。だから今は小者のことなどどうでもいい」
それは反乱軍、もしくはそれを討伐しようとする国王軍の兵士が持っているかがり火の光だった。
「ヘンリット卿、クィルター伯爵、それに北に領地を持つ貴族のほとんど……彼らが謀反を起こしたようだ」
「ヘンリット卿が……?」
ネオロノークは、どちらにしてもマティアスが挙兵すると言っていた。ブリュノの話や今ジェレマイアから聞いた話によって、ジェレマイアの計画はマティアスに見抜かれていたのだとわかる。けれど王都で反乱が起こっている今夜の出来事は、クラリッサの理解を超えていた。
「ヴェルダーシュとの戦がはじまったのだ。早馬を使っても情報を得るには時間がかかる。……もしかすると今頃決着が着いているかもしれないな」
「マティアスは……?」
「安心しろ、と私が言うべきではないが、それがネオロノーク神の意志なのだから、ウェイバリー公は死なないのだろうな」
ジェレマイアはクラリッサにわかるように説明する。
そもそもクラリッサの予知がなければ、ジェレマイアは北へ軍を送っていた。クラリッサの予知で敵の戦力や開戦時期が正確にわかったので、マティアス、ヴェルダーシュの両方を一気に叩く作戦に切りかえたのだ。ここまではクラリッサも知っている。
そして、マティアスの母方の伯父であるクィルター伯爵やかつて部下だったヘンリット、国境に近い北の諸侯たちがジェレマイアの企てを察知し、謀反を起こした。そうしなければ北の守備部隊は全滅する可能性があるからだ。
マティアスは北の諸侯と一緒に、ヴェルダーシュを押し戻し、国王軍と戦うことになるはずだ。
「開戦に合わせて王都で反乱を起こしたのは、北に向かう準備をしていた我が兵を混乱させ、足止めをすることにあるのだろう」
ヘンリットたちは積極的には戦わず、国王軍のいない地域を迂回しながら北へ逃走する作戦をとっている。それに対応するために、国王軍の出立が遅れる。
反乱軍はたいした数ではない。まるでネズミや害虫のように大軍を挑発し、いらだたせて、闇に紛れて消える。国王軍は後手に回って統率が取れない状況だ。
「これが、あなたが夢を私に告げた理由なのだろうな……」
暗闇の中に、橙色の光の線。とても賑やかで、まるで祭りでもしているようだ。明かりを持った人々が、王都中を練り歩き、酒を飲みながら夜明けまで踊り明かす。もしそうだったら、どれほどよかったか。
実際には剣や槍を持った兵が争い、誰かが怪我をして誰かが命を落とす。そんな惨劇がくり広げられているというのに。
「そんなの望んでなかった! 私は、ただ国王陛下にマティアスを救ってほしかった! それだけなのに……」
クラリッサがジェレマイアに予知を告げたことにより、ジェレマイアがマティアスを本気で排除しようとした。その結果、クィルター伯爵を中心とした諸侯がマティアスを担ぎ上げ、この国を二分する戦いになる。これが、ネオロノークが導いた現実だ。
クラリッサが望んだのは、そんなことではなかった。
「知っている。……神は、私やあなたがどう行動するか、どう思うかすらわかっていて、あなたに命じたのだろう」
「ネオロノークは争いを起こすために、私に予知を告白させたの……?」
クラリッサは冷たい床の上にしゃがみ込む。いつもそうだ。未来がみえる力を持っていても、望む未来を得られない。
「立て、聖女。ウェイバリー公爵が謀反をおこし、反逆者となった。……もう今までと同じようにはあつかわない」
「虜囚ということですか? ……かまいません、べつに。牢獄の大きさが変わったって、食事の中身が変わったって、私は最初から囚人でしょ?」
クラリッサは立ち上がり、涙を拭い、先に扉のほうへ向かおうとするジェレマイアについていく。
新しく彼女に与えられたのは、ゼルコバ宮にある貴人用の牢だった。牢獄というにはあまりに広い。窓が小さく、鉄格子で逃げられないようになっているほかは普通の部屋と変わらない。
ネオロノークの導く未来の世界では、いったい誰が笑っているというのだろうか。




