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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
最終章 まほろばの終焉

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幸せの選択編5



 満月の夜。クラリッサは窓際に置かれた長いすに座って、ずっとそとの様子を眺めていた。窓から見える大きな木。今その隙間から見えている月が全て姿を現したとき、それがネオロノークから示された時間だ。


 ネオロノークは「選べ」と口にしながら、つねに片方しか選択できない夢を見せている。神に操られるのは不愉快だが、神に抗いたいという理由で、もう一つの未来を選ぶことはできない。それがクラリッサの結論だ。

 月が昇ればブリュノに会える。会いたい、と彼女は思う。たとえそれが最後になるとしても、顔を見て勇気をもらいたかった。


 夢と同じ時間になり、部屋の扉をゆっくり開く。やはり、廊下の外に護衛はいない。なるべく杖を使わないように、音をたてないように、クラリッサは廊下を進む。

 夜中でもリンデン宮では人が働いている。けれど予知夢で歩いたとおりに進めば、人に会わずに目的の場所までたどり着くはずだ。

 庭の奥までは一度も行ったことがないはずなのに、予知夢のおかげで迷わない。


「ブリュノ、いるんでしょう?」


 夢と同じように、小さな声で名を呼ぶ。すこしの静寂のあと、幹の裏側から黒い影がゆっくりと姿を現す。


「……よう、なんでわかった?」


 ブリュノは軍服ではなく、闇色の外套がいとうを羽織っている。褐色の肌も漆黒の髪も、闇の中を人に見つからずに歩くのに適しているのだろう。久しぶりなのに顔がはっきりと見えないのが残念だ。


「聖女の勘。でもね……私を連れ出したらあなたは死んでしまうの。だから、お願い。早く立ち去って!」


 そのあとどんな会話をしたのか、夢で示されていない。

 神はあえてそれを示さず、クラリッサに考えさせようとしたのだ。


 彼女が必死に考えて彼に伝えようとしていることすら、神はすべて承知なのだとわかっている。けれど、クラリッサは自身の想いが誰かに操られているのだなどと考えたくなかった。選んだ言葉は自分だけのものだと思いたかった。


「あのね、私は未来をみる力がある。前に刺客の存在に気がついたのはそのせいなの」


「なっ……嘘だろ?」


 突然そんなことを言っても信じられるわけがない。クラリッサはあらかじめ考えていた話を聞かせる。


「じゃあなんで、この場所に私がいると思うの? 聖女の力は本当にあるんだよ。予知の力を使って、私はブリュノの居場所がわかったの」


「……それをこの場で信じろっていうのか? 今頃国境はいくさになってるはずだ。そのあと、マティアスが国王に逆らったことで内戦になる。今、王都から脱出しないとやばい。だから俺が来たんだ」


 ブリュノの言葉で、マティアスたちがヴェルダーシュの侵攻や、ジェレマイアの計画をある程度知っているのだとクラリッサは知る。彼女を無理やりにでも連れていこうとするブリュノの無謀な行動を止めるには、予知を信じさせるしかない。


「……ブリュノはアーシェラと夫婦になった?」


「お前! なに言って……」


 ブリュノは目を見開く。クラリッサが公爵邸にいるあいだ、アーシェラにそんな予兆はなかった。お腹に子を宿すことについて、彼女はそこまで詳しくない。でももしブリュノが北に旅立つ前の出来事だとしたら、時期的に多少の変化はあったはずで、一緒にいた時間の長いクラリッサが気づかないはずもない。だからそういう行為があったのは、ブリュノがクラリッサを救出するために王都へ戻ってきてから、今夜までのどこかのはずだ。


 囚われている彼女が知るはずないことを口にする。ブリュノは予知を信じるしかないだろう。


「信じてくれる?」


「……だからなんだ。だからお前を見捨てろってのか? 未来がみえるっていうのなら、悪い未来を避ければいいだろ? むしろこっちにとっては都合がいい」


「私がみた未来はね、ブリュノとここを抜け出すまではうまくいくけれど、そのあとすぐに大軍に包囲される夢なの。ブリュノは自分だけが犠牲になる気かもしれないけど、死ぬのは私も一緒」


 それはとっさに考えた嘘だった。クラリッサがみた夢は彼女だけが助かる夢。けれどそれだけでは彼は退かない。だから嘘をつく。本当の未来はブリュノだけが死ぬ未来。危険を承知で王宮へ忍び込んだのだから、彼はそういう覚悟をしている。だから、嘘をつく。


「はっ! あの王サマがクーを殺すわけねぇ」


「国王陛下はそうかもしれない。臣下の中には私の存在をよく思っていない人もいるでしょ? なにもされてないけど、まるで愛人みたいだもの。狙われたっておかしくない。……私はここから出ない。せっかく来てくれたのにごめんね」


 以前にリンデン宮に滞在したときは、夫婦で滞在したので問題はなかった。けれど既婚者であるクラリッサが、一人で王族の私邸に滞在するのはおかしい。それを押しとおせる今のジェレマイアが、どれだけ強引な手法をとっているのか計り知れないが、非常識な行動をたしなめる臣もいるだろう。


「マティアスに会えなくてもいいのかよ!?」


「ブリュノ落ち着いて。ここを出ても、私はマティアスに会えない。それどころか一生会う可能性を失うの。だから私は行かない」


 囚われたままでいることが、クラリッサにとって最善だとできるだけ淡々と告げる。そうして心を落ち着かせないと泣いてしまいそうだった。


「…………」


 それでもまだ動こうとしないブリュノに、クラリッサは最後の一手を打つ。


「あのね。アーシェラのお腹には、たぶん赤ちゃんがいると思う。聖女である私が元気に生まれてくるって保証してあげるよ」


 クラリッサの言葉に、ブリュノはなにも返さない。驚きすぎて、返せないのだ。


「ブリュノはもう私よりも大切にしなきゃいけないものがあるんだよ? ほんとの、本当の家族ができるんだよ? 私たち、ずっとそれが欲しかったはずでしょ?」


 クラリッサは、家族を手に入れて、その温かさを知った。ブリュノはカーク家に養子として引き取られている。義理の両親との仲は良好だが、それはあくまでマティアスやクィルター伯爵が命じて、そういうかたちになったにすぎない。

 みずからが望んで一緒に生きる特別な相手。大人になるまで生きられないことの多い野良犬は、みんなそれを欲していた。


「クー」


「手紙を渡してほしいの。ずっと言えなかった予知のこと……書いてあるから。これを届けるのが、ブリュノの仕事だよ」


 三つ上の、兄代わりのブリュノ。彼を諭すような気持ちでクラリッサは仕事を依頼する。アーシェラとこれから生まれてくるはずの家族を大切にしろと言っても、まだ妹分への責任を果たそうとするブリュノの、背中を押すための手紙だ。そしてクラリッサにとっては、別れを覚悟しなければならない手紙になる。


「お前の予知は、全てがみえるわけじゃないんだろ? 待ってろ! 今はだめでも、マティアスと俺らが必ず!」


「……うん、待ってるよ。ここで待ってるから」


 手紙を読んで真実を知ったマティアスは、彼女を軽蔑するだろうか。彼は優しく誠実な人間だ。罪の無い人――――マッケオン伯爵を殺した彼女を許さないかもしれない。それとも、どこまでも妻に甘い彼は、それでも彼女を愛し続けるだろうか。

 クラリッサにはどちらの彼も想像できない。そしてできれば嫌って罰してほしいと願っている。


 いくら待っても、もうマティアスは来ないかもしれない。罰してほしいと言いながら、本当は真実を告げたくない。きれいな手を取り戻して、すべてを無かったことにして、マティアスのところへ帰りたい。それがクラリッサの本音だ。


「またな」


 背の高いブリュノが身をかがめ、クラリッサを強く抱きしめる。本当の別れのときだ。

 短い抱擁のあと、ブリュノは闇に消えるように、姿を隠す。クラリッサはすぐに部屋に向かって歩き出す。


 戻る途中には小さな東屋あずまやがある。ここまで来れば、人に見つかったとしても言い訳ができる。夜風にあたりたかったと言えばいいだけだ。もし公爵邸ならば、冬の寒い時期にそんなことをすれば、心配されて叱られただろう。

 王宮の女官は、クラリッサがいくら下品な言葉と態度でジェレマイアに接しても口を挟まず、粛々と職務を行っている。風邪を引きそうな行動をしても、とくに国王からの指示がなければ止めることはない。


 置かれている籐のいすに座って、クラリッサは小さな声で嗚咽を漏らす。寒さは、ブリュノやロイと一緒に過ごした野良犬時代を思い起こさせる。夏も冬も、油断すると死んでしまいそうな劣悪な環境だったのに、あの頃はよく笑っていた。ブリュノは真っ白な歯を見せて、ロイは細い目をさらに細めて。


 クラリッサはもうそこには戻れない。マティアスのところにも戻れないのかもしれない。そう思って、彼女は泣いた。


「……そこは、兄上がよく座っていた場所だ」


 泣いていたせいで、人の気配に気がつくのが遅れる。立っていたのはジェレマイアと二人の近衛騎士だった。



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