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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
最終章 まほろばの終焉

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幸せの選択編4



 傾いた太陽の光が眩しくて、クラリッサは目を覚ます。そろそろ女官がやってきて、部屋に明かりを灯す頃だ。

 昨晩、眺めていた月は半分ほど欠けていた。だから、夢で示された夜はまだ先なのだとわかる。



(私がマティアスと一緒にいられる未来か、アーシェがブリュノと一緒にいられる未来……?)



 ネオロノークはさもその二つが対等であるかのように言っていたが、実際にはまったく違う。最初の夢ではブリュノが死亡する。しかも、アーシェラのお腹の中には子供がいる。

 レドナークで未婚の女性が子を産めばどうなるか。女性は娼婦のようにさげすまれる。そして父親のいない子や不義の子は差別の対象になる。

 一方の選択はブリュノ、アーシェラ、お腹の子。三人の人間を不幸にするもの。対等な選択ではない。



(ネオロノークは、マティアスが死なずに挙兵するって言ってた……?)



 その言葉は彼女を安心させるとともに、混乱させる。


 兵力の差があっても、マティアスが負けないということなのだろうか。もしそうだとしたら、ジェレマイアに予知を告げなくても未来は変わらなかったということになる。クラリッサのしたことは、敵であるジェレマイアを手助けしただけで、マティアスにとっては害にしかならなかったはず。いくら考えても、彼女の知識ではこれ以上の答えは出ない。



(私の幸せか、アーシェの幸せか)



 もう一度、彼女の思考はさっきみたばかりの夢に戻る。

 今まではマティアスを助けるために、ほかの人間の死を望んだ。刺客については仕方のないことだと思えても、マッケオン伯爵の死だけはいい訳のしようもなく罪だ。


 今回はどうだろう。どちらの未来を選んでも、マティアスは死なない。それどころか、クラリッサがマティアスと一緒にいられる未来には、ブリュノがいない。彼はクラリッサにとって兄に等しい大切な存在だ。


 それでも、弱い彼女は迷ってしまう。



「マティアス……会いたいよ。帰りたいよ……!」



 どうせクラリッサは咎人とがびとだ。だったら自分の欲望に忠実であったとしても、罪の重さは変わらない。そんな気持ちになる。マティアスのそばにいられる未来を選んでしまいたい気持ちになる。


 最初にみた未来では、マティアスは彼女のことを「私の聖女」と呼んでいた。それはブリュノに助けられたあと、マティアスに予知夢や聖女のことを告白したということを示している。

 未来のクラリッサは、マティアスになんと告げたのだろうか。マッケオン伯爵を殺したことを正直にうち明けて、それでも許されたのか。それとも都合のいいことだけを並べて、愛する人すら裏切っているのだろうか。


 彼女には真実を知ったマティアスが、咎人に変わらぬ愛情を与えてくれる姿が想像できない。


 ブリュノを見殺しにする未来など、選ぶ勇気はない。神はまた、選ぶことのできない未来を提示して、クラリッサを苦しめる。

 ネオロノークは、クラリッサがどちらの未来を選ぶかわかっているのだ。それなのにあえて選べるはずのないもう一つの可能性をみせている。みせて、ただ苦しめているだけだ。


 考えている間に辺りが暗くなり、いつもの時間に夕食が運ばれてくる。ここに来てから一度だけ、先代聖女グレンダと昼食を一緒にとったが、クラリッサはいつも一人だ。


 公爵邸では一人ではなかった。夕食はマティアスと一緒にとることが多く、彼がいない日もベイリン夫人やアーシェ、護衛のロイやブリュノが話し相手になってくれた。


 ここには誰もいない。


 クラリッサは用意された食事を口に運んでみる。パンはふわふわの焼きたて、スープはやけどをしない程度にあたたかい。野良犬だった頃、水分のすくないパサパサのパンが好物だった。時々五番街の屋台で食べる串焼き、そして焼き栗。昔のクラリッサだったら、目の前にあるご馳走を食べないなんてありえないことだ。

 今の彼女は、スープを口に運んで、飲み込むのがやっとだ。どこかが悪いわけでもないのに、喉の奥にふたでもあるのではないかと思うくらい、食べるのが苦痛だった。


「もう、ごちそうさま。……ごめんなさい、今日は食欲がないの」


 クラリッサがそう言えば、給仕についていた女官がすぐに食事を下げる。最奥の宮にいたときとは違い、リンデン宮の女官はクラリッサをないがしろろにはしない。礼節を持って接している。

 彼女がなにかをしたいと申し出れば、王の意に反するものでなければ叶えてくれる。

 何日も食事を拒否すれば、王に報告して医師を呼ぶかもしれない。あくまで職務に忠実で、クラリッサを心配しているのとは違う。



『いけませんよ、クラリッサ様。それならせめて果物だけでも』



 アーシェラならば、そう言ってクラリッサを心配し、ときにはたしなめてくれる。彼女の幸せを奪うことなど、クラリッサにはできない。

 選ぶ未来は決まっているのに、もう一つの未来を欲しがり、焦がれる。



(私が本当の聖女だというのなら、なんで他人の幸せを純粋に望んであげられないの? なんで私みたいな野良犬が聖女なの?)



 夜が来て、一度しめられたカーテンを少しだけ開けてみる。窓のそとには王宮の中庭。空には星々が輝き、そして半分の月が高い位置にぼんやりと光っている。


 月が満ちる頃、クラリッサはマティアスに別れを告げなければならないのだろう。

 クラリッサのみる未来の夢は、少し先のことだけ。マティアスとの別れが、どちらかが死ぬまで永遠に続くのかどうかは示されていない。きっと白い髪の少年――――ネオロノークだけが知っている。


 クラリッサはその日、疲れて眠ってしまうまで、ずっと月を見ていた。



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