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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
最終章 まほろばの終焉

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幸せの選択編3



(夢だ……)



 クラリッサはすぐにそう理解した。ジェレマイアに日記を奪われ、勝手に読まれた。他人に日記を読まれたことがショックで、泣いているうちに寝てしまったのだろう。


 夢の中ではもう夜で、丸い月が闇夜を明るく照らす。ちょうど彼女の部屋から見える、背の高い木の真上に月が出ている。

 クラリッサの意志とは関係なしに、夢の中の彼女は部屋の扉に手を掛ける。深夜でも彼女の部屋の前には見張りがいるはずなのに、なぜかリンデン宮の廊下は無人だ。

 杖の音に注意しながら、ゆっくりと廊下を歩いて外に出る。東屋あずまやの脇をとおり、整えられている低木の合間につくられた小道を進む。王宮の高い塀の近く、彼女の体を隠すくらいの落葉樹の幹のところまで来て、歩みを止める。


『ブリュノ、いるんでしょう?』


 ささやくほど小さな声で、クラリッサは仲間の名前を呼ぶ。すこしの静寂のあと、幹の裏側から黒い影がゆっくりと姿を現す。


『……よう、なんでわかった?』


『聖女の勘だよ。それはあとでちゃんと説明する。マティアスにも話さなきゃいけないことがあるの』


『そうかよ。じゃあ、聖女様は俺がなにしに来たのかわかってんな? 時間がねぇ』


 ブリュノは都合よくクラリッサが現れたことに驚きながらも、とりあえず背中を向けてしゃがむ。彼女を背負って塀をよじのぼるつもりなのだ。


『ブリュノ助けに来てくれてありがとう』


 彼は立ち上がると、裂いた布のようなものを使ってクラリッサと自身の体を離れないように縛る。そのまま侵入するときに設置したらしい縄を使ってリンデン宮から去る。



『ほらほら! 聖女様に当たっていいのかよ』


 塀を超えたところで王宮の近衛騎士に見つかるが、下手をするとクラリッサに当たってしまうので、相手は武器が使えない。

 顔を悔しそうに歪める近衛騎士を尻目に、ブリュノはクラリッサを背負ったまま、とにかく王都の外を目指す。


『意外と楽勝だったな』


 白い歯を見せて笑うブリュノ。そこでクラリッサの目の前が一瞬真っ白になる。――――夢の中で時が進むのだ。


 気がつけば、クラリッサは馬に乗って走っていた。馬に乗ったことなどないのに、なぜか一人で。ほとんどただ落ちないようにしがみついているだけだ。


『ブリュノ、ブリュノ!』


 クラリッサが一人で馬に乗れるはずがない。王都から逃走している最中ならば、ブリュノと二人で乗っていなければおかしい。なぜ一緒にいたはずの彼がいないのかわからないまま、また夢の中の時が進む。


 そこはクラリッサの知らない建物。無骨な石造りの建物の内部。高座こうざに掲げられている旗には、ネオロノーク神と国のかたちが金糸で刺繍されている。けれど、色だけが違う。レドナークの旗は真紅のはずなのに、そこに掲げられているものは紫紺だった。


 紫紺や藍色はマティアスが好んで身につける色だ。


 高座の近くには、十人ほどの人が集まる。アランやロイ、アーシェラ。ヘンリットほか、何人かの軍人もいる。そして軍服の上に紫紺のマントをまとったマティアス。


 マティアスのすぐ横に立つロイは、その手に黒い手袋と一振りの剣、そして赤黒い布を持っている。赤黒い色――――血が乾いたせいでそうなっただけで、本来は白だったもの。それはアーシェラが恥ずかしそうにしながら刺繍をしていたハンカチだった。


『クラリッサ様が気に病まれる必要はありません。ブリュノ殿は覚悟の上でそうしたんですから。遺品となるものが見つかっただけでも、私は……うぅ……申しわけありません』


 アーシェラが口元を押さえて嘔吐えずく。くちびるが真っ青になって気分が悪そうだ。


『アーシェ? 大丈夫なの?』


『病気ではありませんから、いずれおさまります。……でも、あの方は私を一人にしませんでした。私はあの方が残してくれた大切な存在を、ここで守っていかなければ』


 涙を流しながらアーシェラは無理にほほえみ、そして愛おしそうに腹をなでる。まだ、見た目ではわからないがそこに命が宿っているのだろう。



(赤ちゃん……? なんで?)



 クラリッサが公爵邸から王宮へ移ったとき、アーシェラにそんな兆候はなかった。二人に見合いの話があったのは知っていたし、アーシェラが素直になれないままブリュノを憎からず思っていることも知っていた。嫌そうにしながら刺繍をしていたのが照れ隠しだと知っていた。

 けれど結婚前に子供を授かるなんてレドナークでは認められていないこと。アーシェラの寂しそうな笑みを見て、クラリッサの胸が痛む。


『ブリュノのためにも、私はジェレマイアを倒し、この国に本当の平和をもたらす! ……クラリッサ。私の聖女もこうして私とともにある!』


 温和なはずのマティアスの強い決意。「国王陛下」と呼んでいたはずのジェレマイアを名前で、しかも呼び捨てにしている。そしてクラリッサのことを「私の聖女」だとはっきり口にする。


 それは、ブリュノとアーシェラの犠牲の上に成り立つ、新しい国のはじまりのようだった。





『聖女……。二つ目の可能性もみておけ』






 頭に澄んだ少年の声が響く。クラリッサがまばたきをする間に、周囲の景色は王宮の庭に変わっていた。


『ブリュノ、いるんでしょう?』


 先ほどの夢と同じように、クラリッサは仲間の名前を呼ぶ。すこしの静寂のあと、幹の裏側から黒い影がゆっくりと姿を現す。


『……よう、なんでわかった?』


『聖女の勘。でもね……私を連れ出したらあなたは死んでしまうの。だから、お願い。早く立ち去って!』


 その言葉のあとに、目まぐるしく周囲の光景が変わっていく。


 ネオロノークがみせたもう一つの夢は、ブリュノを追い返す夢。そうすれば彼は死なず、北の大地でアーシェラと一緒になれる。子供がいることがわかって急いで結婚をする。アーシェラは未婚のまま母となることなどなく、元気に生まれてくる子供を抱いてほほえんでいる。


 ブリュノは死なず、アーシェラはきっと幸せになれる。

 けれどクラリッサは王宮という名の牢獄に繋がれたまま、抜け出す機会を失う。





 また少年の声が響く。


『覇王は、死なぬ。我はいつわりを口にしない。ジェレマイア・ホレス・アスクウィスにヴェルダーシュが侵攻してくることを告げれば、覇王の死は回避できるという言葉にいつわりはない。そして、そなたがいなくても覇王は挙兵する。さあ、選べ。……そなた自身か、それともアーシェラ・サーヴィスか。どちらかが愛するもののそばで幸福でいるのか――――聖女よ。そなたが選べ』


 クラリッサがジェレマイアに予知夢の内容を告げたことで、マティアスの死を回避できる、という言葉の意味がわからない。彼女がわかっているのは、神が嘘をつかないとしても、真実を伏せているということだけ。


『まって、ネオロノーク! あなたは私になにをさせたいの? マティアスを助けるために私がいるんじゃないの!? なんでちゃんとみせてくれないの? 答えて!』


 ネオロノークは都合のいい部分だけを切り取って彼女にみせている。ブリュノと別れる部分はたった一言、言葉を交わしただけですぐにもやがかかり、その後どんな会話をすればいいのかわからなかった。

 未来に起こることがわかるなら、マティアスとともにいられて、ジェレマイアと敵対しない未来があったはず。ネオロノークはその道を示さない。そして、クラリッサの疑問に答えないまま夢が終わる。



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