宴と狂乱編4
ジェレマイアはとてつもなく不機嫌だった。 これまで政の根幹に関わっていた人間を半分以上入れ替えたのだから、国王が負担するべき執務が増える。
さらに先の王妃を隠居させたことで、ディストラ国との関係がぎくしゃくしはじめた。そちらはある程度予想していたので策はある。ディストラとしてもレドナークの内政に関することを口実に、開戦するつもりはないはずなので、今のところ問題はないはずだ。
問題は北の新興国ヴェルダーシュのほうだ。もともとつい数年前まで断続的に戦が行われていたのだから、小さくても火種があればすぐに再燃する。攻め入れば落とせると思わせてはいけない。内政不安、そしてディストラとの外交不安でヴェルダーシュに付け入る隙を与えてはいけないのだ。こちらは油断のならない状態だった。
そしてもう一つ、ジェレマイアにとって一番の懸念事項は先日の宴におけるマッケオン伯爵暗殺事件だった。
ジェレマイアは立派な椅子の肘掛けに頬杖をついて、目の前にいる男と対峙する。
「ウェイバリー公を暗殺できない可能性は知っていた。だが、マッケオン伯爵……あの者を失ったのは痛手だな」
マティアスを暗殺しようとして、王家の血筋に連なる者を失った。未婚のジェレマイアになにかがあれば、これでマティアスが王位を継承するしかなくなる。またしても彼に都合のいい奇跡が起きたのだ。
「いい訳のしようもございません」
普段は余裕のある笑みを浮かべているシュワードも、さすがに表情を硬くしている。
「いや……シュワード卿だけの失態ではない。私が、ウェイバリー公についての疑念を、貴卿に話さなかったことも一因だろう」
「疑念、でございますか?」
諜報員として王家の闇の部分に詳しいシュワードでさえ、マティアスとクラリッサの力のことは、まったく考えていないようだ。
「今から貴卿に話すことは荒唐無稽な話だ。……もし、私が狂っていると思うのなら、私を廃し、ウェイバリー公にすげ替えてもかまわぬ」
「ご冗談を……」
「私は本気だ。むしろ、そちらが神の意志なのだから……」
神から与えられた加護で国を一つにまとめた覇王の末裔。そして王自身にも主神の加護があるという建て前がある。にもかかわらず、加護などという不確かな力を前提に、政を動かす者は狂った愚王だ。レドナークの国王は最初からとてつもなく矛盾した存在だ。
「貴卿は暗殺者を二人、いや今回の件で三人失ったはずだ。……そのうちの一人は捕らえて、尋問したはずだが、なにか聞けたか?」
「は。毒針の仕込みが聖女様に見つかったと。あの方はずいぶんと勘のいい方のようです」
二人目の暗殺者は、神殿での月例儀式のとき一般の兵士に紛れて、マティアスを暗殺しようとした。毒針を忍ばせ、すれ違い際にマティアスを毒殺しようとしたが、クラリッサに気づかれて失敗した。
それが暗殺者から聞けた内容だ。報告をさせたあと、実行犯は死罪にし、黒幕は親ディストラ派の残党ということにして、公爵暗殺未遂事件は幕を閉じた。
「勘ではない……としたら? 聖女には、ウェイバリー公が殺される未来がみえていたとしたら?」
「……陛下がわざわざおっしゃられるからには、根拠がおありなのですね?」
「証拠はないが、氷の聖女レオノーラも異常なほど勘のいい女性だったと聞く。私は歴代の聖女の中には、本当にそういった力を持っている者がいたのだと思っている」
ジェレマイアは執務机の上に、いくつかの資料を出す。それらは王家が秘匿書類としているもので、クラリッサにも見せていない。
ジェレマイアの考えはこうだ。まず、主神の加護が与えられるのは、王家の直系長子なのではないかということ。そして歴代すべての王に与えられるものではなく“国が乱れし時”に限定しているのではないかということ。
氷の聖女の時代も、今も、神の定めたレドナークという国全土に王家の支配が及ばなくなった。それが新たな覇王の力を持つ者が現れる条件になっている。そして、マティアスが望んだから、クラリッサに聖女の力が与えられたのではないかと疑っている。
ジェレマイアの一国の王の考えとも思えない夢物語を、シュワードはただ黙って聞いている。
「氷の聖女の時も、選定の際に多少の混乱があったと聞く。ベリザリオ十六世とレオノーラ妃は相思相愛だったそうだ。今の公爵夫妻と同じだな」
ジェレマイアの予想、そして残された資料。それらを時間をかけて整理したシュワードが口を開く。
「陛下。私の考えをお聞きいただけますか?」
「申せ」
「陛下のお考えを否定する根拠を私は持ち合わせておりません。ですが、我が手の者が三度失敗したことについては、おごりではなく、納得いたしかねるなにかを感じておりました」
「そうか」
ジェレマイアは、シュワードにすべてを否定されなかったことに気をよくして、笑う。
「ですが、同時に……神の力があったとしてもそれは完全なものではないと存じます」
「それはそうだろうな。建国の神話がすべて真実なら、他国に攻め込まれることも、王家が滅びることもありえないのだから」
主神が五つの国を定め、五柱の息子神と覇王にそれぞれ国を守護させたという建国の神話。神の力が本当ならば、覇王の子孫であるそれぞれの王家が滅びることも、国境が変わることもない。互いに国を攻めることもできない代わりに、国境を侵されることのない……この大陸に永久の平和がもたらされたことだろう。
実際にそんなことはなく、この千年のあいだに神話に名が記された王家はアスクウィス王家を残しすべてが途絶え、国はかたちを変えている。
「可能性が否定できないのであれば、それを踏まえた策を練ること。決して愚かであるとは言えませぬ。そして、人ならざる力の有無にかかわらず、私は三度失敗をし、ウェイバリー公の能力を見誤っていたことは紛れもない事実」
加護を持ったマティアスがジェレマイアを脅かす可能性、そしてクラリッサがそれを助ける可能性。それらを念頭に入れた行動を取らなければならないということだ。
「では、貴卿ならどうする?」
「まずはウェイバリー公と聖女様を引き離しましょう。たとえ未来をみる力が聖女様におありでも、そばに行けず、伝える手段すらなければ意味がありません」
「ふ、ふふっ……はははっ!」
ジェレマイアはここ数年で一番愉快な気持ちになる。
「それはいい。あぁ、そうだ。ウェイバリー公爵は多くの反逆者の捕縛に力を尽くした。その功には報償が必要だな」
マティアスはかつて七番街周辺の大火で功績を上げて、報償として公爵位を与えられ、ついでに力のない聖女を与えられた。諸侯は皆、目立ちすぎたために臣に落とされたのだと認識しているだろう。
だが、公爵位も聖女も、マティアスが本気で欲していたものだと今のジェレマイアは考えている。
今度の報償は絶対に彼が喜ばないものになる。一度でいいから温和な異母兄が怒りに震える姿を見てみたい。そんな感情に支配され、ジェレマイアは笑う。そもそも、クラリッサをマティアスに預けたのは彼自身の意志でもあったはずなのに。いまのジェレマイアにはそんな矛盾はどうでもいいことだった。
「ウェイバリー公を昇進させ、将軍職を与えよう。ついでに北方の守備を彼に一任する。公の領地は公自身で守護すればいい」
「……恐れながら、領地を拠点に謀反を起こす可能性は?」
「そのようなこと考えなくていい。火種のくすぶる北方へ聖女を同行させることなど私が許さない。聖女が王都にいる限り、公は私に逆らえない」
多少の危険性はある。けれど、ジェレマイアにとって利益のほうが大きい。まず公然と二人を引き離し、聖女を人質にしてマティアスの動きを封じられる。マッケオン伯爵が亡き今、後継者のいないジェレマイアより先に、マティアスに跡継ぎが生まれるのを阻止できる。そしてなにより、二人を引き離せばクラリッサの力が意味を成さなくなる。
「陛下のお望みのままに」
「シュワード卿。……昔の私は、行動はともかく魂はそれなりに高潔だったはずだ。それが見よ! 嫌っていた者たちと同じか、もしくはそれ以上に汚い者に成り果てた。私が唯一望んで、いまだに見苦しくしがみついているもの……王位とはなんなのだろうな?」
答えを求めていたわけではない。ジェレマイアは進んでその道を選び、後悔などしていないのだから。




