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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
第二章 聖女と予知夢

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過ちと眠り編5



 最悪な気分で目が覚めたクラリッサは、気分が悪いと言って部屋に引きこもった。考える時間が必要だった。


 マティアスは軍服に着替えて身支度を調えたあと、寝室でまだ横になっていたクラリッサのところまでやって来る。


「大丈夫? 顔色が悪い……」


「少し調子が悪いだけ。なんだかよく眠れなくて……ごめんね」


「クラリッサはもしかして嵐が怖いの?」


 マティアスの紫を帯びた瞳に影がさす。彼が嵐からなにを連想しているのかわかった彼女は、首を横に振る。


「違うの。打ちつける雨がうるさかったりするでしょう? ただそれだけ。マティアスが考えるほど私、繊細じゃないから」


「寝込んでいるのに言われても、説得力がないよ」


 クラリッサの体温を確認するように、マティアスがそっと身を寄せて、ひたいにくちづけをする。いつもなら嬉しい夫のその行為も、今のクラリッサには少し苦しい。


「少し寝たら治るから。いってらっしゃいませ、天気が悪いし気をつけてね」


 彼には気がつかれないように、できるだけいつもと同じように、クラリッサは夫を送り出す。


「はい、いってきます」


 寝室の扉が閉まるまで、クラリッサはマティアスに気持ちを悟られないようにと、祈るような気分だった。


 雨音に混ざって馬車が動き出す音、そしてそれが遠ざかる音を聞いたあと、彼女はもう一度柔らかい毛布にくるまり、夢をみようとする。

 もっと情報が欲しかったのだ。けれどそんな願いは虚しく、同じ夢は二度とみなかった。


 部屋に引きこもっていてもなんの解決にもならない。クラリッサはそう思って図書室で調べ物をしながら、どうするべきかを考えることにした。

 はじめて夢をみたときから、マティアス以外の、もう一人の人物が敵でなかった場合、そして夢の内容が命に関わるような場合のことを、まったく考えなかったわけではない。

 彼女はそれを予想していて、でもみないでいたかったのだ。



(選べるわけがないよ! 選んでいいはずがない)



 マティアスかロイか。マティアスがクラリッサの一番大切な、特別な人であることは間違いない。だからといって愛する人を守るために、もしかしたら平穏に暮らせていたかもしれない人物を、犠牲にするのはなにかが違う。それにロイは彼女にとって兄のような存在なのだ。

 あの夢はいつもマティアスに関わることに限定している。知ってしまったあとに、もし夢をみなかったらどちらの選択をしていたのかは、クラリッサにはわからない。それでもマティアスが犠牲になる未来のほうが、本来選んでいた未来のような気がしてならないのだ。


 行き詰っているクラリッサの耳に、扉の開く小さな音がとどく。


「クラリッサ殿、元気になったのかな?」


「はい、もう大丈夫です」


 図書室に現れたのは老神官だった。


「クラリッサ殿はなにをそんなに思いつめておる?」


「……そう見えますか?」


「ほほっ、わしも長生きしておるからの。クラリッサ殿にとって、この屋敷や公爵殿の存在は、やすらぎのはずじゃろう?」


 老神官はそう言いながら、机を挟んで向かいの椅子に腰を下ろす。


「そうです、怖いくらいに」


「それなのに、時々浮かない顔をしておる。わしにもわかるくらいなのだから、マティアス殿も心配されておるじゃろうよ」


 マティアスには言えないこと、でもクラリッサ自身の中に留めておいても答えは出ないこと。引退したとはいえ聖職者だった彼にならば、話してもいいのかもしれない。彼女はそう考えた。

 一人で考えるには重すぎて、間違えてしまうことが怖かった。


「おじいさまに話したいことがあります――――」


 そして彼女は老神官にすべてをうち明けた。



***



 老神官は、クラリッサの告白を真剣な面持ちで聞く。


「ふむ……」


「私、自分がおかしくなってしまったのか、わからないんです。どうしたらいいのかわからないんです」


「これでも聖職者じゃからの。導きの聖女フィオリーナを否定することなどできはしないし、クラリッサ殿にそういう力が備わっていることをはなから否定したりはせん」


 逆に言えば、老神官は聖職者としての長い人生の中で、一度も奇跡やこの世のことわりから外れた力を目にしていないということだ。


「私、私はどうすればいいんでしょう!?」


「わしがクラリッサ殿を信じると言っても、おぬしは納得しないじゃろう?」


「それは……」


 クラリッサは自身を疑っている。だからいくら言葉で彼女が嘘を言う人間ではない、信じていると言われても、それを信じられない。


「確かな証拠がほしいんじゃろう? 客観性というやつじゃな。……一人で背負うには重すぎる」


「はい」


「まずは夢にみたことを、文字にしたらどうかの? そうすれば整理できるじゃろう? 他者にうち明けるときの証拠にもなる」


 老神官の提案は、日記のように日付を記載して夢の内容を記すということだ。もし実際に夢と同じことが起こったとして、クラリッサがそれよりも前に夢にみたという証拠になる。


「でも、実際になにかが起こってから、日付をさかのぼって書いていないとどうやって証明するんですか?」


「おかしな夢をみた時点で、わしが読もう。おぬしが一人で悩む必要など、どこにもない。そうじゃろう? じゃが今回は、クラリッサ殿が望んでおらん未来をどちらも回避する方法を考えよう」


 マティアスが大怪我をする未来も、ロイが腕を切断する未来も、クラリッサは望んでいない。彼女が望むのは、誰も失うことのない未来だ。


「三つ目の未来ですか……?」


「そうじゃ、それが一番正しい。違うか? 幸いにも時間はまだあるのじゃから」


 マティアスがクラリッサをかばって殺されるという最初の予知夢のときは、選ぶ余地がなかった。夢でみた光景と現実が重なると気がついたときには、もうほかの道を考える余裕などなく、ただ必死だった。

 けれど今回は考える時間が与えられている。マティアスの言っていた「三日も屋敷に閉じこもっている」という言葉。それを信じるのなら、少なくともあと二日間の猶予がある。もし途中で雨が止めば、夢に出てきた嵐が昨晩からの豪雨とは別、ということになり、さらに猶予が与えられるのだ。夢で見た日がいつなのか、今回はわかりやすい。


 昨晩の夢。一度目は、マティアスが馬車に乗り仕事に出かけた。二度目の夢では、クラリッサが買い物に行くと言ったのをきっかけにして、マティアスが愛馬に乗って出かけた。


「どうやって怪我をするのか、それはわからないんです」


 なぜかその部分はみることができなかった。公爵家の馬車が何者かに襲われたのか、それともほかに理由があるのか。


「公爵家の馬車に乗った者が被害者になるということじゃろうな。クラリッサ殿が出かけるとしたら、馬車で行くしかないからの」


 馬車と怪我が関係あるということはクラリッサにもわかっている。彼女が出かける場合は、必ず護衛がつく。それがロイだとして、護衛としてクラリッサを守るために怪我をしたのだと推測される。


「馬車に乗らなければいい、ということでしょうか?」


 マティアスは馬車に乗らなければ愛馬に乗って出かけるはずだ。だとすると、そとに出かけることがいけないのではなく、やはり馬車で出かけることがなんらかの引き金になるのだろう。二人はそう結論づける。


「この嵐が三日続いたとして、嵐が去った日に誰も馬車に乗らなければいいってことですね?」


 それならば簡単だ。公爵家の正式な住人はマティアスとクラリッサ、そして老神官だけで、家紋の入った馬車に乗るとしたらその三人以外は考えられない。そのうちクラリッサと老神官は夢の内容を知っているのだから、マティアスを乗せないだけで夢の再現は不可能になる。


 冷静に考えれば、一度目の夢で死んでしまった使用人は、生きて捕らえられたとしても死罪になっていたはずだ。不思議な夢は、クラリッサを苦しめるためのものではなく、マティアスや仲間の危険を回避する手段である――――彼女はそう考えた。


 図書室の小さな窓に打ち付ける雨の勢いは弱まらず、厚い雲が途切れるのは、当分先だった。



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