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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
第二章 聖女と予知夢

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過ちと眠り編1



 初夏。最初の夢をみてから、クラリッサはなんどか同じような夢をみていた。ただしそれは最初の夢のような誰かの命に関わるものではなかった。


 例えば出かける前、クラリッサが長くマティアスを引き止めるかどうか。その差で馬が飛ばした泥をかぶる人間が変わる。そんな程度のことだった。

 わかっていることは、一方の夢では必ずマティアスが被害に遭い、もう一方は彼以外の誰かが被害者になること。ためしに、マティアスが被害者になるほうを彼女が選ぶと、本当に夢のとおりになった。


 おもしろい、とは思わなかった。早くマティアスにうち明けるべきだと思うのに、彼女にはまだできない。どうやって夢を説明すればいいのか、わからないのだ。


 誰もが知っている導きの聖女フィオリーナの伝説。初代聖女はネオロノーク神から力を授かり、未来を見通す力で建国王を導いたとされている。

 クラリッサの夢は聖女の力なのかもしれない。けれどクラリッサは事故で選ばれた、いつわりの聖女だ。聖女も神官も、そして国王も、不思議な力など誰も持ってはいない。神など本当はいない。最奥の宮で過ごした三年間で、彼女はそのことを誰よりもよく理解した。

 もしかしたら、神はいるのかもしれないが、祈っても加護は与えられないし、冒涜ぼうとくしても罰などなかった。


 予知夢はかならず同じような夢を二度みる。けれど彼女には、それが予知夢なのか、それとも予知夢を気にしているせいでみている普通の夢なのか、その時点では判断がつかない。

 現実に同じことが起きたとき、はじめてそれが予知夢だったと確信する。

 そして終わってしまえば、実際に起こったことも、夢でみたことも、すべて過去のこと。クラリッサの記憶という不確かな証拠しかない。もしかしたら、ただ似たような夢をみただけで、そもそも未来の夢をみたのか、起こった現実からさかのぼって「夢をみた」と思い込んでいるだけなのか不安になる。

 つまり、しいたげた者たちを見返すために、クラリッサ自身が本物の聖女になりたいと望んでいる。そのせいで、みずからの記憶を書きかえているのではないか、と彼女は不安だった。


 マティアスに夢の話ができない理由はもう一つある。クラリッサの予知する未来はマティアスに災いがもたらされる内容だ。マティアスが傷つく未来をねじ曲げて、他者にそれをなすりつけているような気がしているのだ。

 最初の予知夢のように、相手に敵意がある場合はまだいい。泥で服が汚れる程度なら罪の意識は低い。けれど、今後、そうでない場合があったら――――。


 とても本人に話せる内容ではなかった。



(聖女のこと、調べてみよう……)



 公爵家には小さな図書室がある。マティアスが公爵となり、屋敷に住むようになってから一年も経っていない。だから持っている本にはかなりのかたよりがあり、書架も三割程度しか埋まっていない。

 マティアスが好んで集めた本と、彼がクラリッサのために用意した本のみが収められた書架。当然その種類には、かなりのかたよりがある。そこからマティアスの人となりが垣間見えるような気がして、クラリッサはこの場所が好きだ。

 マティアスが興味のあることは、歴史や経済、政治のこと、そして軍務のこと、諸外国の言語や文化だとわかる。そして、クラリッサのために女性が好む娯楽本、王都で人気の歌劇や芝居の脚本などが用意されている。

 そんな図書室の中で、クラリッサがぎりぎり背伸びをして届くくらいの大きな棚をまるごと占有している、ある資料――――ネオロノーク教と歴代の聖女、建国史に関するものだ。

 異様なほど多いそれらの資料は、マティアスが意図して集めたものだとわかる。

 どれから手をつけていいのかわからないクラリッサは、端から数冊を選んで読んでみる。大量にある資料から、聖女の人柄や能力が書かれている部分を探すだけでも難しい。


「勉強中? なにを読んでいるの?」


 日が傾き、薄暗くなってきた室内に仕事から帰ってきたマティアスが軍服のままやってきた。

 もうすぐ夕食の時間だというのに、顔を見せない彼女のことを呼びに来たのだ。


「お帰りなさい。……ごめんなさい、お出迎えもせずに」


 屋敷のあるじが帰ってきたというのに、出迎えをしなかったことが恥ずかしい。いつもなら時間になったらそとの音を気にして、必ず出迎えているのに。クラリッサはそれくらい集中していたのだ。


「ただいま。出迎えなんて気にしなくてもいいんだ。ずいぶん熱心だね? ……歴史の、昔の聖女について書かれている本?」


 クラリッサがテーブルの上に積んでいた本。マティアスの視線がそれらに注がれる。積み上がっている状態で、なんの本であるかわかるということは、それらの本を読んだことがあるのだろう。


「ええ、もっと知っておかなきゃと思って」


 最奥の宮でも歴史は教わった。ただし、聖職者たちも女官たちも王家の負の面など、絶対に教えない。歴代の国王や仕えた聖女の名、そして賢王と呼ばれた人物の隣には必ず聖女がいた、という内容だ。

どちらかと言えば、歴史は王を中心に語られ、記されている。聖女はただそれを助けたということしか、伝わっていない。


「クラリッサは偉いね」


 マティアスはクラリッサに近づき帰宅の挨拶代わりに、こめかみのあたりに軽くくちづけをする。そのあと、頭を撫ではじめるのでクラリッサはいきどおる。


「子供じゃないわ!」


 頬をふくらませてねるのは、子供であることの証拠になってしまうのに。彼女はそれに気がつかない。


「知っているよ。……ねぇ、クラリッサ。国や権力者というのは、過去に例があったかどうかで動いて、前例のないことをとても嫌う。前例のない偉業を成功させることよりも、失敗しないことに重きを置くんだ」


「どういうこと?」


「過去を知ることは、君を守る力になるってこと。聖女が国王の伴侶としてではなく、臣として仕えたという歴史的な事実があるから、君は陛下の伴侶にならなかった。そうでしょう?」


 マティアスの説明はわかりやすい。クラリッサは彼について、一つわかったことがある。


「聖女の資料が多いのは、私を守るため?」


 他に理由などないのだろう。過去を知ることはクラリッサを守る力になる。それを十分にわかっているから、彼は聖女について調べた。だから公爵邸の書架にはたくさんの資料があったのだ。


「そうだね。でも、王宮から持ち出せなかったものもあるんだよね。王子じゃなかったら、閲覧できないものもあったし」


 マティアスとクラリッサが再会したとき、彼はすでに公爵という立場になっていた。王宮に保管されていた資料を見たのなら、それ以前から彼はクラリッサのために動いていたということだ。


「マティアス……あの……ごめ」


「なに?」


「ありがとう」


 ごめんなさい。贖罪しょくざいという絆でしばりつけて、ごめんなさい。クラリッサはそう言いかけて、やめた。

 クラリッサの謝罪はきっと彼を困らせるだけ。感謝の言葉に言い換えたのなら、彼は悲しい顔をせずにいてくれる。

 マティアスが以前から聖女について調べていたのだとすると、その動機はやはり、聖女選定の祭りの日に約束を違えたことがどうしても含まれる。

 少し言葉を間違えると、彼は愛情ではなく贖罪や同情、責任感でクラリッサのために自らを犠牲にしている、となりそうだ。


 贖罪と愛情。それはどちらもきっと彼の中に存在していて、わけられないものなのかもしれない。けれど彼の行動の最初には、クラリッサへの愛情があるということを、彼女が否定してはいけないのだ。


「どういたしまして。おいで、もうすぐ晩餐の時間になる。続きをするなら、その後に、きちんと明かりをつけてからにして」


「だから、子供じゃないわ」


 明かりのことまで注意するのは、妻に対する態度ではない。マティアスにとってクラリッサは保護対象のようだ。クラリッサは早くその状態から抜け出したい。


「そんなつもりじゃないのに」


 マティアスがクラリッサの手をとり、図書室のそとへ連れ出そうとする。あと少し、調べ物をしていたかった彼女は、何度か本のほうを振り返る。


「あとで手伝ってあげるよ。私が集めた本なんだから、どの本になにが書かれているのか、それなりに詳しいよ?」


 クラリッサはマティアスの提案に曖昧に頷いた。彼にわざわいが降りかかる夢。そして刺客だったとはいえ、クラリッサが積極的に他者の死を望んでしまったこと。


 彼女はそれを夫に知られたくなかった。



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