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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
第二章 聖女と予知夢

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はじまりの夢編7



 ジェレマイアが自分の能力や立っている場所をはっきりと認識できたのは、クラリッサと出会ったことがきっかけだった。

 周囲の人間に感情までも支配されている操り人形。いつだったかクラリッサが似たようなことを言っていたが、本当にそのとおりなのだ。

 そしてその頃、異母兄についても、少しだけ正しく認識できるようになっていた。


 マティアスは不真面目で遊んでばかりいた。実際に勉強の時間はマティアスよりジェレマイアのほうが比べものにならないくらい多かった。ジェレマイアは、いつも遊んでいる異母兄がうらやましく、妬ましく、王族の役目を果たしていないことを軽蔑していた。


 しかし真実はそうではなかった。彼はジェレマイアより有能な存在にならないように、学ぶことを制限され、王妃の取り巻きにより悪い噂を流されていただけだった。マティアスが急激に態度を変えたのは町へ遊びに行くのを禁止されたあたり、または軍務についた頃だろうか。

 急激に背が伸び、難しい立場に置かれていることなど気にしない様子でうまく立ち回り、少数でも信頼できる者に囲まれていた。


 神託を出したことで、名前が傷ついたのは聖女だけではない。誰も表立って口にしないだけで、ジェレマイアも同じだ。批判を口にすることができないから、その矛先が王妃や親ディストラ派からないがしろにされている聖女に向けられていただけ。


 評判の悪い傀儡くぐつの王太子。大声で賞賛することははばかられるが、誠実で賢い第一王子。それが真の評価だとジェレマイアは知っていた。


 このままではクラリッサの言うとおり、妃になったあとに聖女が不慮の死を遂げる。ジェレマイアもそうだとはっきりわかっていたが、どうしても止める手段がなかった。いや、彼がおおやけの場で公言すれば神託を止めることも、クラリッサを守ることもできたはず。例えばクラリッサが野良犬の巣を破壊しないために起こした行動のような、手段を選ばなければ方法はいくらでもあった。それをしないところに彼の罪があるのだろう。


 そんな頃、聖女を妃にしなくてもいいという噂が広まり、国の中枢にいる人間はいっきにそちらに傾いた。

 評判のいい、ある意味で危険な存在である第一王子に聖女を押しつけて、様々な責任を負わす。驚くほど狡猾こうかつに仕組まれた二人の婚姻。それでもジェレマイアは歓迎しようと思った。


 ジェレマイアには好きな女性を守る力がなかった。無責任だが異母兄にならそれができると知っていた。

 異母兄と一緒ならば、醜いまつりごとの世界から離れ、穏やかに暮らせる。自身で幸せにすることができないのならば、せめて別の場所でクラリッサが幸せになることを歓迎するべきだ。彼はそう考えた。



 それなのに――――。



『公爵は、聖女を愛しているのか?』


 顔を合わせたのはたった半年前、一緒に住むようになってから半月しか経っていない。心から聖女を守りたいと願う異母兄の態度に、彼は驚き、思わずそうたずねた。


『当たりまえですよ。王命とはいえ、クラリッサは私の妻なんですから。それに彼女は誤解しようもないくらいまっすぐで、愛さない理由などありません』


 迷いのない異母兄の答え。そう公言できるマティアスがひどく妬ましかった。


 ジェレマイアがクラリッサの本当の名すら知らずにいたのに対し、マティアスはたった半月の生活で、彼女の本当の名前を聞いていた。

 クラリッサが顔を赤らめて、二人のときだけは真実の名で呼ばれていると話すのを、ジェレマイアはひどく不快な気分で聞いた。


 王になってからあらたに神託を下せば、それはいい訳のしようもなく、ジェレマイアの意志であるとみなされる。きっと民からは愚王の烙印を押され、クラリッサには軽蔑される。


 わかっているのに、神託をちらつかせ、彼女の本心を引き出した。



(聞かなければよかった……)



 彼女は、命じられれば受け入れる。そう言ったのだ。公爵家とマティアスのために、自殺するほど嫌っている神託を受け入れると言ったのだ。



(なぜだ! 私と兄上と、なにが違うというのだ……)



 ジェレマイアもマティアスも、本質的な部分ではなにも変わらない。誰が握っているのか、正体がよくわからない権力という名の怪物に逆らえず、従うだけの存在。

 ジェレマイアは王太子、そして国王として「傀儡である」と公言できないだけ。対するマティアスは力がないことを周囲の人間が知っているだけ。二人の差はたったそれだけなのに。


 マティアスは聖女から守られ、庇われる。なぜ彼女は、ジェレマイアに対して同じ気持ちを抱いてくれなかったのか。あなたの意志ではないから許す、と言ってくれなかったのか。


 理由はどんなに愚かな王でもわかる。半年前、マティアスとクラリッサがはじめて面会したとき。あのときの彼のような態度で接していたら、少女はきっと心を開いてくれたのだ。


 短い語らいを終え、彼女が立ち去る。なぜ、護衛にまで親しく名前で呼ばれていたのか、深く追求はしなかった。

 だが、つい気になって、クラリッサが去って行く方向を観察する。


「ロイ、ブリュノ……公爵邸へ帰ります」


 クラリッサが控えていた護衛に声をかける。



(ロイ、ブリュノ? どこかで……)



 その名をどこで聞いたのか、ジェレマイアはすぐには思い出せなかった。クラリッサの声で、同じ名前を聞いたことが確かにあったはずなのに。



『……ティアス……。ロイ、ブリュノ、じいちゃん、アーシェラ……ほんとに、ほんとに、ごめんね』



 ふいに彼の頭の中に、クラリッサの声が響く。



(あのときだ……)



 クラリッサが大神殿の塔から身を投げようとする前、その二人の名前を呼んだのだ。



(親しい人間を、呼び寄せたのか?)



 クラリッサは実際に老神官と親しい女官を公爵邸に連れていった。聖女になる前につき合いのあった人間――――死を覚悟したときに名前を呼ぶほどの関係ならば、彼らも呼び寄せたのかもしれない。



(あと一人は……?)



 ロイ、ブリュノ、じいちゃんは老神官のこと、そしてアーシェラは女官の名前だ。もう一人は誰なのか。


「……ティアス……、マティアス……? まさか……」


 ジェレマイアがよく聞き取れなかった最初の名前。異母兄の名前を声に出してみると、彼女があのときそう言っていたような気がしてならない。


「ありえない、よくある名だ」


 めずらしい名前ではない。王子と貧民街の孤児が出会うことなどありえない。



(兄上は、どこに行かれていたのだ?)



 数年前のこと。泥だらけになり帰ってきたという異母兄はどこへ行っていたのか。頻繁に市井を見てまわって遊び歩いていたという彼が、なにをしていたのか。

 どちらにしても、ジェレマイアは知らなければならない。クラリッサが死を覚悟したときに口にした最後の一人がどのような人物なのか、どういう関係なのか、確認せずにはいられなかった。


「シュワード卿を呼べ、今すぐに」


 近くに控えていた近侍きんじに、命じる。

 シュワード家――――それは王のため、諜報活動をになう一族の名前だった。



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