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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
第二章 聖女と予知夢

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はじまりの夢編5



 マティアスは、肩にもたれたまま眠ってしまったクラリッサのそばに、しばらく寄り添っていた。


「いつまで君は“聖女”という役割に縛られていなければいけないんだろうね……?」


 望まれない聖女となってしまったせいで、心にも体にも傷を負ったクラリッサ。役目に縛られていた三年間をなかったことにはできない。だが、彼女のために用意したウェイバリー公爵家という小さな箱庭の世界で、少しずつ傷が癒えれば――――彼はそう考えていた。

 やっとクラリッサを直接守れる立場になったというのに、また彼女の心を守ってやれなかった。彼女自身が、見覚えのない使用人の存在を疑問に思わなければ、どうなっていたか、マティアスはそう考えてぞっとした。


 すーすーと寝息をたてはじめるクラリッサ。神託は彼女の意志ではない。ほとんどの人間が、神託はいつわりだと知っている。彼女が狙われるのは、関わった者のなかで、一番立場が弱く、狙いやすいというだけの理由だ。聖女というのはよくも悪くも象徴でしかない。

 それでも彼女は傷つく。誰かの大切な人をありもしない罪で奪った事実は変えられないのだと嘆く。


「本当に、君のせいじゃないのにね……」


 彼女の目の下や頬が泣いたせいで赤くなり、荒れている。剣を扱うマティアスの堅い指で触れたら悪化させてしまいそうなほど柔らかい頬を、少しだけなでる。


「いっそ、忘れさせてあげられたら、どんなにいいか」


 起こしてしまわないように、ゆっくりとベッドに寝かせ、毛布をかける。



『……あるじの、しかもご夫婦の寝室ですよっ!』


『いいって、気にすんなよ。報告しろって言われてんだから、主サマの命令だよ、命令!』


『カーク殿! 気にすんな、じゃありません。気にしてください』


『いいから、どけって』



 寝室の扉のそとで、クラリッサ付きの使用人であるアーシェラとブリュノのやりとりが聞こえる。せっかく眠っているクラリッサが騒音で起きてしまう前に、マティアスは部屋のそとに出る。


「二人とも、クラリッサが起きてしまうから、静かにね。話は私の部屋で聞くよ」


「ああ」


 公爵で屋敷の主であるマティアスに対し、適当な態度で接するブリュノを、アーシェラがにらみつける。ブリュノが小声で「小姑二号」とつぶやくが、その声は幸いにしてアーシェラには届かなかったようだ。

 マティアスは笑って、アーシェラに指示を出す。


「アーシェラはクラリッサに付き添ってあげて。部屋のそとに護衛をつけるから、頼んだよ」


 マティアスとしては、ずっとクラリッサに付き添っていたいのだが“聖女”が賊に襲われたのだから国王への報告が必要だ。


 別室に移動したマティアスはブリュノからの報告を聞く。


「あぁ、えー。賊はとくに訓練を受けていない素人だな、だから入り込めたんだろうけど」


「それは見てわかったよ」


「紹介状や身辺調査では、親ディストラ派の貴族とも神託がらみの家とも関わりなしだった」


 貴族の屋敷で働くには、ほかの貴族からの紹介が必須だ。クラリッサが危険な立場だということは結婚前からわかっていたので、念入りに調査をしたはずだった。


「金か、私的な理由かな?」


「そこはこんな短時間じゃわかんねぇよ。ロイに調べさせてる。ロイは私的なってやつを疑ってるみたいだな、誰かの恋人だったとか?」


 ロイの予想とマティアスの予想は同じだ。書類上の繋がりはなくても、たとえばかつてのクーとマティアスのように、周囲に知られていない関係というものがある。


「そう、クラリッサにはそのことは伏せて。たぶん一番傷つくから」


「いいけどよ、過保護すぎじゃねぇか?」


「彼女にはそれくらいがちょうどいいんだ」


「はいはい」


「早めの失敗でよかったのかもしれない。私たちの予想以上に、彼女は狙われているということに気づけたんだから」


 賊を、そうとは知らずに雇ってしまったのは完全な失敗で、マティアスの落ち度だ。けれど、被害は出なかった。最悪の事態は避けられたということを、まずはよしとしなければならなない。


「国王陛下への報告は?」


「襲撃があったけど被害はなかったって内容で使いを出している」


「そう……なんか、呼び出されそうだね」


 マティアスの予想は見事に当たり、公爵家の使いは、今すぐ直接説明に来いという王命を持って帰ってきた。



***



 国王、ジェレマイアに呼びだされたマティアスは、仕方なく王宮へ向かう。彼としては、クラリッサの目が覚めたときにそばにいてあげられないことが、非常に残念で、腹立たしい。


「ウェイバリー公! どういうことだ?」


 本来なら晩餐の時間を終える頃、マティアスはジェレマイアに謁見をする。場所はおおやけの間ではなく、王族の私邸であるリンデン宮の一室。彼がここを訪れるのは久しぶりのことだった。

 ジェレマイアはマティアスが正式な挨拶をする前に、口を開く。明らかにいらだっていた。


「報告いたしましたとおりです。動機は調査中ですが、あらたに雇った使用人のなかに賊が紛れ込んでおりました。この件につきましての私の失態は、言い訳のしようもございません」


「聖女は無事なんだな?」


「はい。転倒して、擦り傷はありますが……。妻は賊とはいえ、目の前で人が死んでしまったことにひどく動揺しておりまして。私が屋敷を出る前は眠っておりました」


 マティアスとしては、クラリッサを支え、励ましてやりたい気持ちが強く、呼び出されたことがおもしろくなかった。


「そうか」


「ウェイバリー公、聖女になにかあれば私は貴殿を罰することになる。……忘れるな」


「承知しております。それに、私としても妻になにかあれば、自分の命などないほうがいいですし」


 はっきりとマティアスが宣言すると、ジェレマイアは驚いた顔で異母兄の顔を見る。


「国王陛下。神の采配においては私の願いなど叶うはずもありませんが、私は新たな神託が下されないことを望んでいます」


 神託は神の意志である。その建て前を崩さないように言葉を選びながら、マティアスはジェレマイアを牽制する。これ以上敵が増えれば守り切れないし、クラリッサの心がどんどん傷つく。


「神託か……」


「ええ、いくら調査しても神託により罰せられた者と個人的に親しかった者を、すべて把握することなどできません」


「賊はそういうたぐいの者だと言うのか?」


「訓練された暗殺者ではありませんでしたので、おそらくは。私は妻がこれ以上、誰かに憎まれることが不憫ふびんでなりません」


「わかっている!」


 マティアスはあくまで神が神託を下すとしながらも、王であるジェレマイアに神託を出すなと言っているのだ。ジェレマイアは言われなくてもわかっていると、不快感を隠さない。


「公爵は、聖女を愛しているのか?」


 一度、大きく息をはいたあと、ジェレマイアがたずねる。


「当たりまえですよ。王命とはいえ、クラリッサは私の妻なんですから。それに彼女は誤解しようもないくらいまっすぐで、愛さない理由などありません」


「そうか……」


 異母弟がクラリッサをどう思っていたか、まったくわからないほどマティアスは鈍感ではない。だからこそ、クラリッサが誰の妻で、誰を愛しているのかを彼にわからせる。

 少し子供じみた自身の行動を、マティアスは心の中で笑う。


 体調が回復し次第、クラリッサを一度王宮へ行かせることを約束し、マティアスはジェレマイアとの話を終えた。



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