はじまりの夢編3
春の花々が咲き誇る庭園。披かれた茶会はごく小規模なものだった。
クラリッサはマティアスと一緒に訪れた伯爵邸で、まずは伯爵夫妻に挨拶をする。
「聖女様、以前にご挨拶はいたしましたが、あまりお話ししたことはございませんでしたね。ウェイバリー公と私は従兄弟同士なんですよ。今日はおくつろぎいただければ幸いです」
伯爵も夫人も好意的な態度でクラリッサに接する。
「はい、お気遣いありがとうございます」
「さあ、男性陣はどうせカードでもしに行くのでしょう? 聖女様はこちらへ。わたくしたちとお話でもして過ごしましょう」
クラリッサを誘ったのはマッケオン伯爵夫人のエスメラルダだ。どう答えていいのかわからないクラリッサに代わり、マティアスが口を開く。
「妻はまだこういう場に慣れていなくて、できればそばにいたいのだけれど」
「ははっ! ご夫人だけの席に男一人で乗り込もうだなんて、ある意味感心しますけど、無粋ですよ公は」
マティアスの希望は伯爵によってばっさりと切り捨てられる。失言を恐れて夫に一緒にいてもらわなければならないというのは、なんとも情けない話だし、せっかくの誘いを断るのは印象が悪い。
「旦那様。せっかくお誘いいただきましたので、私も奥方様と楽しくお話をしてまいります」
伯爵も伯爵夫人も敵ではない。マティアスが選んだ人物を信じて、クラリッサは自分の力でなんとかしようと覚悟を決める。
「じゃあ、せめて座るところまで……」
「はい、お願いします。旦那様」
クラリッサはベイリン夫人から指導されて、以前よりも美しく歩けるようになった。マティアスの腕に手をからめ、案内された部屋は応接室の一つ。
大きな窓が開け放たれ、爽やかな草花の香りと甘いお菓子の香りがただよう。外はテラスになっていて、その先には伯爵邸自慢の庭園が広がる。
屋敷の方から眺めることを前提として、人の手で高低差をつけたような独特な花壇には、なにかの模様になるように、秩序のある配列で花々が植えられている。
「このようなお庭ははじめてです。……あとでそとに出てみてもよろしいでしょうか?」
クラリッサの暮らす公爵邸の庭はわりと自然に任せている雰囲気の庭だ。比べて、伯爵邸の庭は常に人の手で管理されているような印象がある。どちらがいい悪いという話ではないが、はじめて見るものに、興味を持つのは当然だ。
「ええ、ぜひそうなさって」
クラリッサが庭に興味を持ったということに、夫人は満足そうにしている。
「それならば、一段落したら迎えに行くから」
「お願いいたします、旦那様」
マティアスは、すでに部屋にいた三人の夫人に挨拶をしてから、クラリッサを座らせて部屋を出て行く。
クラリッサの隣にはエスメラルダが座り、皆で伯爵家自慢の菓子や紅茶をいただくことになった。
他に三人の女性が同席しているその茶会は、最奥の宮での嫌な思い出を思い起こさせて、彼女にとっては居心地が悪い。
今の茶会と、最奥の宮での悪意しかない茶会はまったく別。伯爵夫人たちは最初からクラリッサを嫌っているわけではない。だから大丈夫。クラリッサは頭の中で呪文のように何度も何度も、そう唱えた。
「神殿のそとの生活には、もう慣れましたか?」
エスメラルダからそう問われる。彼女は落ち着いた印象の女性で、こういった場所に慣れないクラリッサを気遣って話題をふってくれているのだ。
「まだ戸惑うこともございますが、夫が支えてくれますので、なんとかなっています」
「第一王子殿下……ウェイバリー公はとても誠実なお人柄ですものね。結婚されて半月でしょう? 先ほどなど、公は聖女様を離したくないといったご様子で、ふふっ」
「あの、その。……そんなこと……」
急にマティアスの話になったせいで、クラリッサの声はうわずる。それまで、自身のことなら落ち着いて話せていたのに、マティアスのことになった途端、取り繕った貴婦人という仮面がボロボロと崩れ落ちる。
「まあ、お顔がりんごのように」
「うらやましいですわ」
同席している夫人たちが指摘する。さっそく素の部分が出始めてしまい、彼女はあせる。
「ねぇ、聖女様? あまり気を張らなくても大丈夫だと思いますよ。わたくしだってすべての方の前で、貴族としてふさわしい立ち振る舞いをしてるわけではないのですよ。……ほら、ウェイバリー公がよい例でしょう?」
マティアスは、公爵としても軍人としても威厳がない。王子時代から周囲から疎まれ、存在を否定されることが多かったが、味方がいないわけではない。クィルター伯爵やアラン、そしてマッケオン伯爵ともわりと親しいし、師団の部下との関係も良好だ。
彼がいつも王族や貴族として、ふさわしい発言をしているかというと、逆なのだ。相手は彼がわりと本音を言っていると思い、放っておけずにかまう。クラリッサも出会った当初はそうだった。
エスメラルダは貴族といっても、四六時中肩肘を張って、失言に気をつけているわけではない、相手に心を開くことも大切だと言っているのだ。
「あの、ありがとうございます。……エスメラルダ様にそう言っていただけて嬉しいです。これは、本当の気持ちです!」
エスメラルダはクラリッサと親しくするつもりがある。そういう意味だと受け取ってクラリッサは急に肩の力が抜けていくのを感じる。
女性同士の話となると、内容は香水や宝石、ドレスのことになる。最奥の宮でも同じような話になり、居心地の悪い思いをした。
エスメラルダの「気を張らなくても大丈夫」という言葉があって、クラリッサは思い切ってわからないから教えて欲しいと言ってみる。
四人の夫人たちは彼女の無知を馬鹿にする様子はなく、嬉々としてクラリッサに似合う色や宝石を考えてくれる。
「聖女様の御髪は真っ赤ですから、余計な色は不要です。真珠が似合いますわ」
「でも、瞳の色と同じ琥珀もいいですよ、きっと」
「いいえ! ここは旦那様の瞳の色に合わせて……。公爵様におねだりしたら、きっと買ってくださいますわ」
伯爵夫人は、自身のドレスや装飾品まで使用人に持ってこさせて、いろいろな助言をくれる。最初はただ聞いているだけのクラリッサも自分から質問をして、女性だけのお茶会は大いに盛り上がった。
***
しばらくすると、ゲームを終えた男性陣がやってくる。クラリッサはマティアスに連れられて庭を散策することになった。
中心街にある屋敷としてはとても大きな庭を持つ伯爵邸の庭を、花を愛でながらゆっくりと歩く。
「マティアス。今日はありがとう」
「急にどうしたの? ……楽しめた?」
クラリッサは頷く。
「貴族は全員私の敵。そうじゃないって、わかっていても怖かった。だからマティアスは私が前向きになれるように、準備してくれたのでしょう?」
今日の茶会は伯爵家が用意してくれた席ではある。けれどおそらくクラリッサの事情を理解してくれそうな人物だけを集めて、彼女のために披かれたものなのだろう。
「迷惑だった?」
全部周到に準備されていた。そのことを知られたマティアスは、いたずらがばれた子供のような顔をする。
「ううん、守られていることは嫌じゃないの。でも、いつか私も、あなたの役に立ちたくて」
今日親しくなった夫人たちは、マティアスが個人的に親しくしている人物の奥方なのだ。相手は最初から“ウェイバリー公爵の伴侶である聖女様”と親しくなるつもりがあった。だからうまくいった。
「今はマティアスに頼ってばかりだけど、少しずつ私の評価を変えていって、嫌っている人達にも……少なくとも文句を言わせないくらい強い立場にならなきゃって、そう思うの」
クラリッサの前向きな決意を、マティアスは嬉しそうに聞いていた。最初は彼を頼ってもいい。だけどいつかは、もう一度マティアスを支える立場になりたい。彼女はそう強く思った。




