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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
第一章 野良犬と聖女

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戴冠式と誓約編2



 かたかたと小さく揺れながら、二人を乗せた馬車が公爵邸へ向けて動き出す。


 マティアスはクラリッサの向かいではなく、隣に座っている。今はもう、公爵と聖女というそれぞれの役目からはなれた状態だ。それを感じたクラリッサはなにを話していいのかわからず、黙っていた。

 マティアスには言いたいことがたくさんある。それなのに、本人を目の前にすると言葉につまる。


「クー……。三年も、三年もかかってしまったね」


 マティアスはクラリッサのベールに手をかけて、少し乱暴な手つきで取り払う。


「マティアス……?」


 ベールがするっと床に落ちる。拾おうとしたクラリッサが、視線を下に向ける。


「それは、もういらないものだよ。……こっちを見て」


 落ちたベールのことなどどうでもいい。マティアスはそういう態度でクラリッサの頬に軽く手を添え、彼のほうを向かせる。

 はっきりと彼の顔をみるのは彼女にとって三年ぶりのこと。瞳の色、髪の色は変わらない。逆に言えば、少しの面影を残して別人のようでもある。


「あの……、どうして断らなかったの? 断れなかったの?」


 戴冠式の前、最奥の宮を出る前に、もう書類上の手続きは済んでしまい、手遅れだ。レドナークでは離婚が認められていないのだから、死別以外で二人が別れる方法はない。


「断って欲しかった?」


「だって! マティアスが責任を感じる必要なんてどこにもないじゃない! それなのに……私、せめて大切な人のことは不幸にしたくないの」


 たくさんの人に恨まれている聖女など、マティアスにとってなんの利益にもならない。それどころか、聖女に万が一のことがあれば夫である彼が責任をとらされる。一緒にいるだけでマティアスまで悪く言われる可能性だってあるのだ。なんの得にもならないだけではなく、あきらかに有害だった。

 ウェイバリー公爵がマティアスだとわかってから、彼の評判をアーシェラやほかの女官から聞いていた。この三年、彼は今の地位を得るための努力をしたのだろう。クラリッサとの婚姻はその努力を無駄にすることになりかねない。


「責任を感じている、というのは本当だけれど、私は不幸にはならないよ。再会した日に言ったでしょう? 私が望んでいることだと」


 それはマティアスに再会してから何度も聞いた言葉だ。


「でも、でも……、私すごく汚れていて、それに全然成長してなくて」


 マティアスの言葉はいつも、どうしようもないほど嬉しくて、そして彼の負担になることが怖くて、クラリッサの瞳から涙があふれる。


「それこそ、君のせいじゃないでしょう? 君は、君の名前が使われることが嫌で、抵抗したんだよね? ……あのとき、知らせを聞いて、また君を守れなくて、どれほど後悔したかわかる?」


 あのとき、というのは彼女が塔の上から飛び降りようとしたときのことだろう。クラリッサは首を横に振る。


「成長していない? 髪がのびて、美しくなったよ。君が変わっていくときを一緒に過ごした国王陛下に嫉妬するくらい、綺麗になったよ。……だけど心は優しくて、繊細で、思いやりのあるクーのままだ」


 なにを言っても、クラリッサが自身をおとしめる言葉は全て否定される。許される理由を、マティアスは用意しているのだ。クラリッサが幸せになっていい理由を彼はいくつも示してくれる。


「まずは、謝らせて。……三年前、約束を破って本当にすまなかった」


「いいの。……じゃ、じゃあ、私も。迎えにきてくれてありがとう。本当はとても嬉しかったの。私はマティアスと一緒にいてもいいの?」


 マティアスと一緒にいると、クラリッサは本当に素直な気持ちを言える。聖女でも公爵夫人でもない、クー(・・)というただの少女が幸せを望んでいいのだと思わせてくれるのだ。


「それが私の望みだからね。忘れないで……私が不幸になるとしたら、たぶん君が私の手の届かないところで苦しんでいるときだよ。君をすべての悪意から守れるほど強くはないけど、これからは一緒にいるから」


 マティアスの顔が近づいてきて、クラリッサのひたいに優しくくちづけをする。以前と同じ。そのことにクラリッサは安心する。変わっている部分を知って、変わっていない部分を確かめて。そうやってまた彼を好きになることができる。


「目をとじていて」


 マティアスの意図を、クラリッサはすぐには理解できなかった。


「ごめん、私はたぶん昔と違うところもあるから……早く今の私を知って、慣れてね」


 そう宣言してから、マティアスは強引にクラリッサのくちびるに自身のものを重ねる。確かに、クラリッサの知っている彼ならば、こんなことはしなかった。


 短い馬車での移動の最中、クラリッサは十分にそれを思い知らされることになった。



***



 ウェイバリー公爵邸は、もともとは別の貴族の所有していた屋敷で、以前の持ち主がなにかの事情で手放し、しばらく王家が所有していた建物だ。マティアスが臣に下るとき、公爵位と一緒に屋敷や領地も与えられていた。

 公爵という貴族の最高位を持つ者の屋敷としては少し地味だが、王宮やマティアスの職場である軍の施設にも近い、便利な場所にある。贅沢を好まないマティアスやクラリッサには十分な大きさの屋敷だ。

 マティアスに導かれるまま屋敷の中に入ると、公爵家の使用人たちが出迎えてくれる。


 その中に混ざって引退したイルマシェと、お仕着せを着たアーシェラがいる。


「おじいさま、アーシェ……二人が来てくれて、心強いです。これからもよろしくお願いします」


「ほほっ、ここはのんびりできそうで、クラリッサ殿と公爵殿には感謝せねばなるまいな」


「クラリッサ様、もったいないお言葉でございます」


 二人とも“聖女”とは呼ばない。クラリッサがまだ聖女であることには変わりないが、彼女がその役目を嫌っていることを知っているからだ。


「よお!」


「もう! ブリュノは……。久しぶりですね」


 屋敷の奥から装飾のない軍服の二人の青年が姿を見せる。一人は褐色の肌のたくましい青年、もう一人は細い目をした青年だ。


「……っ!?」


「なんだよ。びっくりしたか!?」


 白い歯を見せて笑うのはブリュノ、それを困った顔でたしなめるのはロイ。マティアスほど変わってはいなかったが、二人とも立派な青年になっていた。

 クラリッサは足のことなどすっかり忘れて駆け寄ろうとする。そして、みごとにもつれて転びそうになる。

 すぐにブリュノとロイが彼女の腕をつかんで引き起こす。


「ブリュノ! ロイ! ……なんで? どうしてここにいるの!?」


 他の使用人もいるというのに、クラリッサの口調は昔のものに戻ってしまう。


「マティアス様のはからいで、下級貴族の養子ってことになっていまして……」


「見てのとおり、軍人なんだぜ。マティアスの下で働いてんだよ」


 二人の態度は三年経ってもまったく変わらない。


「あ、会いたかったよっ! 二人に、会いたかった!」


 クラリッサはまずブリュノに、そのあとロイに抱きつく。嬉しくて、胸が熱くて涙がぽろぽろと落ちる。


「お、おう」


「ちょっと、まずいですよ。……マティアス様ってけっこう嫉妬深い面倒な方なんですよ!」


 ロイがクラリッサの後ろにいるマティアスのほうをチラチラと気にしながら、彼女の態度をたしなめる。


「……大丈夫だよ。君たちは兄弟妹きょうだいみたいなものだから、一度だけなら。……許す、と思う」


「ほらね!」


 ロイが青い顔をして、クラリッサから逃れる。見守る使用人たちは、必死に笑いをこらえている。

 クラリッサの公爵邸での新しい生活は、怖いくらいに幸せで、心が満たされるものだった。



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