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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
第一章 野良犬と聖女

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切り札と山百合編6



 七番街と野良犬の巣で起きた火災は、クラリッサの心をむしばんだ。火災の原因や犯人は特定できず、真相はわからない。けれどもしかしたら、クラリッサが神託を拒んだから、別の方法として誰かが――――その考えが、頭から離れなかった。


 国葬というものが執り行われ、犠牲者は古き神殿の敷地に埋葬されたという話はジェレマイアから聞いていた。クラリッサが国葬に出たいと言っても、怪我人の慰問に行きたいと言っても聞き入れてもらえない。

 野良犬の巣の住人とクラリッサを絶対に合わせたくないのだというその方針が、クラリッサの猜疑心さいぎしんをより大きなものにしていた。


 クラリッサは毎朝の祈りの儀式以外の時間を、ぼんやりとして過ごすことが多くなっていた。そんなとき、上級女官からジェレマイアとの婚約が白紙になり、神殿での勤めが終わったあとはウェイバリー公爵という人物と婚姻を結ぶことが知らされた。今後は臣として、まもなく王となるジェレマイアに仕えるという説明があったが、彼女にはどうでもいいことのように思えた。


 クラリッサはすべてではないが、貴族や王家の血筋にある者の名前を教わっていた。ウェイバリー公爵という名前にはまったく聞き覚えがなく、少し疑問に思った。けれど、教育係の女官にたずねたら、記憶力の悪さをとがめられるかもしれないという懸念から、あえて聞かなかった。

 自身の結婚相手のことすらどうでもいいと思えるほど、クラリッサの心は病んでいたのだ。


 そんなとき、ウェイバリー公爵から手紙や贈り物が届くようになり、仕立屋まで訪問するようになった。

 贈り物は高価な宝石から花束まで、毎日のように届けられ、添えられている手紙は短いものだが、クラリッサの不安を取り除くためのようだった。

 公爵から贈り物や手紙が届くたび、クラリッサは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。どう考えてもジェレマイアの不要品を押しつけられたとしか思えないからだ。


 そして今、最奥の宮の応接室には大量の布が並べられている。


「聖女様、こちらからお好きなものをお選びください」


 台の上に並べられている布はすべて冬用。クラリッサの神殿での勤めが終わる時期に合わせているのだ。


「あまり、詳しくなくて……その」


 ドレスなど着たことがない。野良犬の巣にいたころは、薄汚れたワンピース。聖女になってからは、真っ白な衣装か寝間着しか着ていない。選べと言われてもどれを基準にして選べばいいのか、クラリッサにはまったくわからない。


「まあ! それでしたら、わたくしたちにお任せください。正装は公爵様のお衣装と合わせますから、公爵様のお手持ちのものをうかがってからにいたしましょう。それから、無地のドレスは髪と反対の藍色、昼間は小花の柄が流行りそうですので、一着は必要ですわ」


 仕立屋の女主人とその助手たちは、クラリッサの肩に布をあてて、うきうきと相談しながらどんどん勝手に決めていく。


「聖女様は、公爵夫人となられてもあくまで聖女様です。ですから、あまり胸元のあいたドレスはよろしくありません。つつましく、かつ流行を意識したようなものがいいですわ」


 アーシェラが目を輝かせて、仕立屋が持ってきたスケッチを見ている。


「ええ、もちろん心得ております。……こちらなど、慎ましさとかわいらしさを兼ね備えておりますわ」


 仕立屋の夫人がクラリッサとアーシェラに、とっておきのスケッチを見せる。レースや布地を手に取りながら、きっとクラリッサに似合うと力説してくる。


「あの、そんなに……?」


「公爵様からのご指示では、正装三着を含んで二十着は……とのことです。聖女様が気に入ったものがあれば、もっと多くてもかまわないと」


 ウェイバリー公爵が、かなり気前のいい人物だということはクラリッサにもわかった。公爵夫人として必要なものであることは確かだが、会ったことのない人物からの贈り物に、クラリッサはただ戸惑うばかりだ。



***



「ウェイバリー公爵は、なぜ私に優しくしてくれるのかな? 恥をかかないため……?」


 仕立屋が帰ったあと、クラリッサは紅茶を飲みながらアーシェラにたずねる。


「正装を何着も作るということは、私を連れて夜会に行ったりするつもりがあるということ?」


「お手紙には近々会いに来てくださると書いてありました。ご本人におうかがいすべきですよ、聖女様」


 公爵からの手紙のなかには、聖女への面会を願い出ているが、最奥の宮はとくに男性の出入りが非常に厳しく、少し時間がかかっているということが書かれていた。


「でも、たぶん押しつけられたんだと思うの。いい人ならよけいに、私に関わるなんてかわいそう。……そうだ、手紙を書きたいから便せんを用意してくれる?」


「お礼のお手紙ですね! すぐに用意いたします」


「違うの……。王太子殿下になんとかやめさせてって手紙を書きたいの」


 アーシェラが困った顔をする。それでも、クラリッサに命じられたとおり、便せんや筆記用具を持ってくる。

 ウェイバリー公爵にお礼の手紙を書いてしまうと、クラリッサもこの婚姻を喜んでいると勘違いさせてしまう。だからといって、彼に結婚なんてしたくないから贈り物もドレスもいらないと書くことは、到底できない。

 公爵には聖女との婚姻を断ることができないのだと、クラリッサもわかっているからだ。

 婚姻を止められるとしたら、それは公爵ではなく、ジェレマイアだろう。


 ジェレマイアに未婚のまま神殿で暮らすので、これ以上他人を巻き込むのはやめるように、不要品の処理を他人任せにするな、と手紙を書き、封をして下級女官に渡す。


 アーシェラに新しい紅茶をいれてもらい、クラリッサがそれを飲み干す前に教育係が真っ赤な顔でやってくる。


「聖女様! 王太子殿下になんという無礼な手紙を! あなたはもう、妃にはならないのですよ! ご自分の立場をわきまえた言動をなさってください」


 今まで、手紙を書いたことなどなかったのでクラリッサは知らなかったが、彼女の手紙は、女官が内容を確認する決まりになっていたようだ。中身を読んだ教育係は手紙を握りしめ、怒りで肩を震わせる。


「ですから“不要品”だと書きました。私は私の立場を十分にわきまえているつもりです」


 教育係は下級女官から取り上げた手紙を切り裂き、もう話すことはないとでも言うように、その場に捨てる。


「明後日、王太子殿下と公爵様がこちらにいらっしゃるそうです。……お二方に失礼のないように!」


 結局、クラリッサはジェレマイアやウェイバリー公爵に自らの意志を伝えることができないまま、公爵と直接会わなければならなかった。



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