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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
第一章 野良犬と聖女

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切り札と山百合編5



 野良犬の巣で発生した火災は火の周りが早かった。他の地域は石造りの建物が多いのに対し、貧民街周辺は木造の建物が多く、建物同士が壁を共有している構造になっているので、それも当然だ。


 消火を担当するのは、自警団を中心とした火消し部隊だ。火災の規模が大きくなってしまったので、水を使った消化ではなく、風下の燃えていない建物を取り壊し、それ以上火が燃え広がるのを防ぐ作業をしている。今回は火消し部隊だけでは到底対処できないので、軍の出動となった。

 マティアスが預かる師団からは、四つの部隊と医療班が出動することになった。

 ヘンリットの指示で、七番街にある教会を借り、そこを仮の司令部にすることが決まる。


「殿下みずから、指揮をされるおつもりで?」


「いや、指揮は副師団長に任せる。……これでもいちおう王子だし、私は国王陛下に謁見えっけんしてくる。今ならいろいろねじ込めるだろうから」


 王子という立場だからこそ、願い出ればすぐに国王との謁見が可能だ。マティアスにはマティアスにしかできないことがある。彼が火災現場に行ってもあまり役にたたない。それよりも、国王に謁見して被災した者への救済について、確約をもらうほうが重要だった。

 野良犬の巣の住人は王都の住人として認められていない。せっかく救出しても、家も食料もない状態ならば、救助などしないほうがマシだったということになりかねない。

 未来のない人間を救助するというのは現場の士気に関わることだ。そして、助けられる側の野良犬たちにとっても、それは同じこと。


 火災に見舞われている最中のこの時に、あえて今後についての確約をもらう。国王も大臣たちも今、救済措置の提案をされたら、人道上の理由で断れないはずだ。


「左様でございますか。数日分の食料は師団から出すことができますが、その先の確約を。あとは住まいですね」


 ヘンリットはマティアスの意図を正しく理解して、満足そうにそう言う。


「わかった、詳しくは補佐官と相談するよ。……それと、この二人は火災発生地域の地理に詳しい。案内役として同行させるように。いいね? ブリュノ、ロイ」


 入り組んだ野良犬の巣で、取り残された人間を救い出す任務。これは案内役がいなければ二次被害をもたらす危険な任務だ。野良犬の巣出身の二人でなければできない。

 それに二人とも、みずからの手でかつての仲間を救出することを望んでいるはずだ。


「はっ!」


「殿下の御意に従います」


 二人はいつになく真剣な表情で、敬礼をしたあと、ヘンリットと一緒に部屋から出て行く。マティアスは急いで身支度を整えて、彼の戦場へと向かった。



***



 マティアスが父であるメイナード十三世へ謁見を願い出たとき、ちょうど今回の火災について、緊急の御前会議が開かれる直前だった。

 マティアスは現場で指揮をとっているヘンリットからの伝令で、現場の様子を把握しながら、その会議で報告を行うことになった。


 会議の場では中央の豪華な椅子にメイナード十三世、その隣にジェレマイアが腰を下ろしている。マティアスは王子という立場で参加したことがなく、今回は軍人としての参加で末席に座る。


 会議の内容は、火災がこれ以上広がらないための方策――――具体的には被害を七番街と野良犬の巣にとどめる方法だった。万が一、五番街にまで広がれば、国を揺るがしかねない経済的な損失となる。


「えぇ、風向きと、地区の境界にある道幅を考えますと、他の地区まで火がまわる可能性は低いと思われます」


 ある大臣から報告があがると、出席者のほとんどが安堵の表情を浮かべる。


「それで、現場の状況はどうなっておる?」


 国王が静かに問いただす。


「……すでに軍を動かし、全力をつくしております。第一王子殿下の師団でしたな」


 大臣の言葉をうけて、皆が一斉にマティアスに注目する。マティアスは立ち上がり、真っ直ぐに国王を見る。


「ええ、それでは私から報告を。よろしいでしょうか? 陛下」


「よかろう」


「七番街周辺は木造の建物が多く、燃え広がりが早い。我が師団からは四つの部隊を出し、周囲の建物の破壊を中心とした消火を行っている状況です。……ですが……」


 マティアスは一度言葉をとめる。


「よい、聞こう」


「救助者、および怪我人のなかに、王都の居住権を持たぬ子供たちが多数含まれるとのことです。彼らの扱いについて、現場で混乱が起きています。つまり、見捨てるべきか否かと。……現場の兵士たちの士気に著しく関わる問題ですので、陛下のご判断をいただきたく、お願い申しあげます」


「……王都に住む権利を持たぬとはいえ、我が国の民であることには変わらない。そのようにいたせ」


「かしこまりました。……それともう一つ、番外地の住人のその後についてもご配慮いただきたく」


「第一王子殿下っ! それはもはや軍の職務とは言えませんぞ!」


 財務を担当する大臣が不快感をあらわにする。


「そうでしょうか? 私は私の部下に、明日の食事と住むところのない者、数日後に飢えに苦しむさだめの者を救え、と命じることはできません。命をかけて、死ぬさだめの者を救えとおっしゃるわけではないでしょう? ならば今、確約していただかなければ」


 マティアスはいつもどおりの柔らかい口調で、しかし大臣を射貫くような眼差しで堂々と発言をする。


「なにを!」


 軍人としてのマティアスが、国の予算がからむ話にまで言及する。マティアスが言っていることは屁理屈で、単なる軍人の発言としてはかなり問題がある。しかし、名ばかりとはいえ、マティアスも王子なのだ。今回はその名前を大いに使って、本来言うべきではないことまで言っている。


「よい。第一王子の言うことはもっともである。……財務大臣、本日中に救済案を提出せよ」


「はっ! しかとうけたまわりました」


「第一王子よ。これでよいか?」


「はい。国王陛下の御慈悲に感謝申し上げ、陛下の民を救うべく、我が師団は全力で任務にあたる所存です」


 成り行きを見守る臣の中には、めずらしく強く自らの意志をとおした国王とマティアスを見直す者も多くいた。国王はジェレマイアに譲位する前に、王として、なにかを成しておきたいという思いがあったのだろう。

 マティアスの堂々とした立ち振る舞い。これは彼にとって利益にならないと、周囲の者もマティアス自身も知っていた。“神託”という奥の手で、無理やり国をまとめるという手段を使っている王太子を含む親ディストラ派は、自分たちの危うさを感じている。だから、少しでも争いのもとになりそうな第一王子が手柄をたてることなど歓迎しない。


 そのあとにマティアスの力を削ぐために親ディストラ派がとる手段も、彼には想像がついていた。そしてそれこそ、彼の望みだった。



***



 王都の七番街と野良犬の巣で起こった大火は、ふたつの地区の半分ほどを焼き尽くし、多くの被害をもたらした。

 自警団の消火部隊やマティアスの師団は、被害を最小限にとどめたとして、報償を与えられることになった。


 そして、王命でこの地域の区画整理と新たな居住区の建設が指示され、家を失った住人たちは一定の労働を条件に、住まいを与えられることになった。

 この王命で、すべての人々が救われたわけではない。区画整理にともなう労働は、一時的なものに過ぎないのだから、問題点も多くある。

 それでも、得られた結果にマティアスは満足し、ブリュノとロイも納得していた。


 そしてマティアスには公爵位が与えられること、さらには数百年ぶりに、王位継承権をもたない王族が聖女をめとる、という栄誉・・にあずかることが決まった。


 聖女を与えられる栄誉。これはマティアスが婚姻によって他の貴族と結びつくのを防ぐ狙いがあることは、皆が承知していた。

 与えられた領地が、北の新興国ヴェルダーシュに隣接した土地であることも、あからさまな悪意以外のなにものでもなかった。


 犠牲者をとむらう国葬から少しあいだを置いて開かれた、功労者をたたえる式典。そこで読み上げられた報償の内容を、彼は驚く様子もなく堂々とした態度で受け入れた。



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