いつわりの神託編4
「どういうことですか!? 神託って、私、そんなの知らない……! 聞いてない!!」
「少し、落ち着いてくれないだろうか? 傷のせいで熱がでるから、安静にしていろと医師から言われたはずだ」
「そんなの、どうだっていいでしょ!? 人が死んだんだよ! なんで、どうしてっ!?」
予定をとりやめて、大神殿の最奥の宮に戻ったクラリッサは半狂乱になっていた。
腕の怪我は重傷ではなく、二週間ほどで傷口がふさがるという診断だった。普段、将来の夫であってもさすがに寝室までは立ち入れないのだが、今回は例外だった。手当が終わってから、事情を話すために訪れたジェレマイアに、彼女は怒りを爆発させた。
「聖女様、どうか落ち着いてください」
アーシェラが果実水を差し出す。重要な話があるために他の女官は下がらせていたが、ひどく混乱しているクラリッサをなだめる役として彼女だけが残っていた。
クラリッサは差し出された果実水を一口含む。口のなかでほんのり広がる甘い味。とても優しい味だ。
「落ち着いて聞いて欲しい。……先日、王家に謀反を企てようとした者たちがいたのだ。その者たちの身分を“神託”で剥奪した」
神の声を聞いて皆を導く立場にある聖女。クラリッサはそんな声を聞いたことなど一度もない。聖女にも大神官にもそんな力はなく、彼女の知らないところで誰かが彼女の名を語り、人を裁いた。
神のお告げなら証拠はいらない。もし神託の内容をいつわりだと抗議すれば、神を冒涜した罪で裁くこともできる。
「あの人たち、私のことを人殺しだって……」
ジェレマイアの言うように、身分を剥奪しただけならば、聖女が人を殺したことにはならない。
「首謀者の一人は、いさぎよく自害している。襲撃したのは、首謀者の一族に仕えていた者だったようだ」
「違うでしょ!?」
「なにが、違うというのだ?」
「証拠がないから、裁けないから、神託を出したんだ! 言いがかりじゃないって、どうしてわかるの? いさぎよく自害!? 嘘だよ、生きているほうが地獄だから自殺なんてするんだ。それしか方法が残されていないと思わせるほど、神託がその人を追い込んだんだ!」
貴族の身分を剥奪されたらどうなるのか、クラリッサは知っていた。ロイがまさにそうだった。ロイから詳しく聞いたことはなかったが、彼の両親は死んだのか、殺されたのか、それとも子供を捨てて逃げたのか、そのどれかだ。
神託によって身分を剥奪されたその貴族の、親類は、使用人は、その子供は……。職を得られないものであふれかえるこの国で、新たな職に就けるのだろうか。聖女が出した神託でどれくらいの人の人生が狂ったのか。クラリッサはそう考えてぞっとした。
「聖女、もし反乱が起こればどれだけの被害がでると思う? ……未然にふせぐために、やらねばならないこともあるはずだ。きれいごとで政はできない」
「じゃあ、国王様か王太子殿下の名前でやればいいじゃない」
クラリッサが許せないのは、存在自体が罪深いいつわりの聖女が、神の名前を使って誰かの人生を狂わせることだ。それも、本人すら知らないところで勝手におこなわれているのだから。
「できるなら、している。……私もあなたもこの国のために、私心を捨てなければならない存在だ、だから」
「……王太子殿下。それは、本来なるべき人がなった場合も同じだったの? えらい貴族サマは自分の娘が人殺しになっても平気なの? 先代サマの神託で、誰か死んだの? その前はっ!?」
「…………」
クラリッサは彼の沈黙を肯定の意味として受け取る。誰かが死ぬことまで予想できなかったとしても、確実に誰かに恨まれるようないつわりの神託に、娘の名前が使われることなど、貴族の親が認めるはずもない。
「ほら、答えられない! 今の言葉は本当に王太子殿下の言葉なの? あんた、本気で言ってんなら、頭の中まで誰かに操られちゃってるんじゃない?」
――――パシン。
乾いた音。ジェレマイアがクラリッサの頬を打ったのだ。彼の顔がはっきりとした怒りで歪む。
「いい加減、すぐに感情を高ぶらせるその悪癖をなおしてもらおうか。……聖女の資質が問われる」
クラリッサの頬が片側だけ赤くなっている。だが彼女は、そんなことで黙る性格ではなかった。涙目になりながら、ジェレマイアをにらむ。
しばらくの沈黙のあと、クラリッサは何度か大きく息を吐いてから、もう一度口を開く。
「わかりました。……聖女には未来をみる力があるのでしょう? じゃあ、予言してさしあげます。私は、王太子殿下の妃にはなりません。いいえ、なってからすぐに不慮の事故か病気で死ぬのかも。王太子殿下の隣には、泥にも血にもまみれたことがない、どこかのご令嬢がふさわしい。そうでしょ?」
「そうならないために、私はっ!」
「なぜ? 邪魔な者を排除できて、汚いことを私にぜーんぶ押しつけて、王太子殿下は望んだお姫サマを手に入れられる……。私みたいな野良犬には到底思いつかない、素晴らしい作戦ですね。感心するわ!」
クラリッサにとって、怒りをぶつけられる相手は彼しかいなかった。よくもここまで人をけなす言葉が出てくると思うほど、徹底的に彼を貶める。クラリッサの頬を打ったときのジェレマイアは一瞬だけ、自制心が完全にどこかへ行ってしまっていた。彼女はもう一度、そうなってくれればいいとすら考えた。
「……頬を冷やしてやれ、これ以上話しても、聖女がよけいに体調を崩すだけだろう」
ジェレマイアは反論しないまま、アーシェラへ指示を出す。
「卑怯者」
クラリッサは背を向けるジェレマイアに向かって、思いっきり枕を投げつけた。
うっかり怪我をした腕に力が入ってしまい、鈍く痛む。アーシェラが慌ててクラリッサの怪我を確認する。
「さぁ聖女様、お熱があるんですから、横になりましょう」
ジェレマイアは一度も振り返らずに、大きな音を立てて扉を閉め、最奥の宮から去って行った。
『どこかで皆が同じなのだとわかっていた。私は、自分の知らない、どうにもならないことで誰かを不幸にして、憎まれた。だけど、王太子殿下も同じ――――彼は私を助けようとしてもできないのだと、本当は知っていた。誰かが誰かに操られ、皆がひどく不自由だった。私のせいじゃない。私を憎んでいる人たちに、そう言いたくても届かない。言えない怒りを、私は王太子殿下にぶつけたのだ。きっと彼も、同じことを私に言いたかったはずなのに、私はそれを聞くことができなかった』




