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まほろばの終わりに、聖女はふたつの夢をみる  作者: 日車メレ
第一章 野良犬と聖女

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神殿の聖女編6



「聖女付きの女官について、聖女をないがしろにしている疑いがある」


 ジェレマイアは女官たちを管理する立場にある大臣を、執務室に呼び出した。今すぐ聖女に対する態度を改めさせ、きちんと彼女に教養を身につけさせなければ大変なことになる。態度を改めないのであれば、女官を総入れ替えさせるつもりだった。


「そのようなことはございません。いったいどなたがそのようなことを?」


 大臣はすぐに否定する。


「聖女みずからがそう言っている。私も女官たちが彼女につらく当たっているところを確認している」


「殿下、それは誤解でございます。……報告によれば、聖女様は殿下の妃にふさわしい教養を身につけてはいらっしゃらないとのこと。女官たちが厳しく指導するのは当然のことでございます」


 女官たちは早く聖女に礼儀や教養を身につけさせたくて、厳しくしている。聖女がそれについていけずに、不平不満を言っているだけ。大臣の主張はそういうことだ。

 ジェレマイアもそう疑っていた。あの少女を嫌っていたわけではないが、それでも聞こえてくる噂を半分信じていた。育ちが悪く、教養がないから、妃になるのだという自覚が持てないのは仕方がない。根気よく言って聞かせればいい。ジェレマイアですらそう考えていたのだから。


「あれは、そういうたぐいのものではなかった!」


「殿下……、聖女様の教育に関しましては女官にお任せください。あのお方は聖女であり、将来の国の象徴となられる方です。殿下といえども私心で甘やかすことなど、認められません」


「私心などではない!」


「殿下、聖女様はまだご自覚が足らぬご様子。お生まれゆえ致し方ないことと存じ上げております。女官は誠心誠意、あのお方のために厳しく指導をしております。それを、どうぞご理解ください」


 大臣は直接見てもいないのに、全てはクラリッサの甘えと教養のなさが悪いのだと断言する。女官たちの報告が真実であることが前提でしか話ができない。

 あの最奥の宮にはクラリッサと女官しかいないのだ。クラリッサの主張はすべて彼女の我がままと言われて終わる。そしてジェレマイアが彼女を庇っても、私心で甘やかしていると言われるだけだった。


 聖女の教育に適さない女官を解任する。簡単なことがジェレマイアにはできない。



(そんなはず、そんなはずはない……!)



 レドナークという国は王や王族の好き嫌い――――つまり私心で臣を簡単に処罰できる国ではない。そんなことはジェレマイアも承知だ。

 それでも、ジェレマイアがみずから発した言葉なら臣はそれに従い、少なくとも調査はされるはずだと彼は思っていた。

 いくら評判のよくない聖女のことだとしても、ここまで聞いてもらえないとは思っていなかったのだ。



(――――なぜ、女官としか関わりのない聖女の悪評が世間に広がるのだ? 誰が、聖女が愚鈍でわがままだと言っているのだ?)



 最奥の宮にこもって、儀式の時にしか外に出られない彼女の人柄に関する噂は、女官が外部にもらさないかぎり伝わるはずがなかった。

 ジェレマイアも実際、はじめてクラリッサのもとを訪れる前に、聖女の人柄について嘘を植え付けられそうになった……いや、植え付けられていた。最初から偏見を持って彼女に接したのだ。


 大臣との話はなんの解決にもならずに終わる。


 私室で本を読みながら、少し冷静になったジェレマイアは、次にマルヴィナを含む令嬢たちについて考えた。

 立ち聞きした会話の中では、あくまで紅茶や宝石の話をしていただけだ。そしてクラリッサが「勘違いだった」と、みずから認めた紅茶を飲もうとしただけ。

 侯爵家に対し、令嬢の性格が歪んでいるから聖女に近づくなとは言えないし、仮にそう言ったとしたら「性格の悪い聖女様に王太子がほだされてしまった」として発言力を失いそうだ。

 ジェレマイアがそこまで考えたところで、部屋付きの女官から来客が告げられた。


「王妃様がいらっしゃいました」


「母上が? ……お通しせよ」


 王妃オティーリエはジェレマイアの側近の一人を伴って、息子の部屋までやって来た。


「王太子、聖女付きの女官について大臣に意見をしたと聞きました」


「はい、そのとおりです」


 ジェレマイアの側近が、わざわざそのことをオティーリエに報告したのだ。もう彼はそのことに驚かなかった。むしろ、全ての出来事が一つにつながったような気持ちになる。


「はっきり言いましょう。……レドナークとディストラ、二つの高貴な王家の血が流れているあなたの妃に、身寄りのない孤児の娘などありえませぬ」


「……母上、聖女が妃になることは我が国にとって血筋よりもよほど重要なことです」


「その娘にはなんの力もありません」


 聖女選定の儀式の存在そのものが茶番で、聖女にはなんの力もない。もともとネオロノークの教えを信じていないオティーリエは、しきたりよりもじつをとったのだ。


「お言葉ですが、聖女という存在そのものに価値があります。王とともに、民の精神的なよりどころになるはずです」


 ジェレマイアも神の存在を信じているわけではない。それでも、建国王から始まるこの国の歴史としきたりをおろそかにするのは恐ろしい。神が恐ろしいのではなく、それを信じる民を裏切ることが恐ろしいのだ。


「そのようなもの、賢く慈愛に満ちた妃がいれば同じこと。聖女だけが唯一の方法ではないのです」


 オティーリエの言う賢く慈愛に満ちた妃とは、マルヴィナのことなのだろう。ジェレマイアはクラリッサの驚くほど下品な本来の言葉遣いを知っても、彼女よりマルヴィナのほうに嫌悪感を抱いた。

 彼自身もマルヴィナのことを賢く慈愛に満ちた令嬢だと、好意を抱いていたからなおさらに。



『……適当に飼い殺しにして、聖女の勤めが終わったら殺す気なんだって、こっちはわかってる』



 ジェレマイアの頭の中にクラリッサの言葉が響く。

 彼女の言葉は妄想ではなく、きっと真実に近い。

 彼女が三年間努力をすれば、妃にふさわしい存在になれるという可能性は最初から否定され、どんなに努力をしてもその事実は隠され潰される。

 貴族たちは、国益を最優先と言いながら、聖女を否定し自分の利益を優先している。


 ジェレマイアは今まですべてのことを自身で選択してきたかのように錯覚していた。いずれは王となり、自身の采配で国を動かすようになるのだと思っていた。


 それがひどく滑稽こっけいだった。





「そうでした。聖女には一つ仕事を与えましょう……」


 続いて出てきた話に、ジェレマイアは呆然となり、王妃が退室するまでただ話を聞くだけの人形のようになった。



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