第64話 再度シルム区へ
王城内において、図らずともデール公爵と直接対面したアラン達。セシリアは「この件は自分に一任させて欲しい」と訴え、サイモン・ロベルト父子は散々渋ったが、何とか説き伏せる事に成功した。
夕刻に差し掛かり、一足先にサイモンの屋敷──滞在先であるオルドレス公爵家に向かう事になったアラン達は、迎えの馬車で貴族の居住区に入ろうとしていた。一般市民や旅行者が自由に往来出来る、王城正門前の広場と、中央広場へと延びる大通り。そこから少し東へ行くと、高い塀で隔てられた貴族の居住区がある。
貴族の私兵が警備する居住区の入口で、アラン達が乗る馬車が停まった。一口に居住区といっても、オルドレス家やトゥラーダ家などの名門や、地方の小領主の邸宅もあり数百家にも及ぶ。買い出しに出ていた使用人や他の貴族の帰宅も重なり、少し列が発生していた。それを街路樹の陰から見届ける者が1人。
「おおっ、あれはマルリーナ! 待っていた甲斐がありました。でも貴族の居住区にあんな立派な馬車で……」
馬車の窓から見えるマルリーナの顔を認め、歓喜の声を上げたのはツーチであった。やがて門番である私兵が馬車を簡単に通過させたのを見て、ツーチはハッと閃いた。
「そうか、皆さんはロベルトさんのご実家……公爵家でお世話になっていたんですね。道理で王都内の宿を方々巡っても、何の手掛かりも無かったわけです」
自慢の跳躍力を駆使すれば高い塀を乗り越えられると踏んだツーチだったが、一般市民や冒険者が許可なく足を踏み入れれば重罪となる。塀の上部やそこを越えた敷地内には、盗賊対策で魔法の罠が多数あると聞き覚えがあり、侵入は諦めざるを得ず退散するしかなかった。
翌朝────
貴族居住区の門を出入りする人や馬車を、目を皿のようにして見定めるツーチの姿があった。もちろん、愛しのマルリーナがいるアラン一行が目当てである。しかし、血眼になっている猫族のツーチはいやでも目立ち、門番を務める私兵の1人に見咎められた。
「おいお前、さっきから何をしている?」
「ニャッ? い、いえ別に」
急に背伸びをしたり、王都の地図を取り出して旅行者を装い誤魔化そうとしたツーチであったが、まるで通じない。
「獣人族がこの区域に何用だ? まさか貴族のどなたかを狙っているのか? 怪しい奴め!」
「ウニャニャッ、そんな滅相もない! し、失礼します」
私兵の男に槍の穂先を突き付けられたツーチは、ほうほうの態で逃げ出した。視界から消えるまでその後ろ姿を見届けた男は、槍を立てるとうーん、と一声唸った。
「これは日報に記しておかないとな。『灰色の毛をした怪しい猫族の青年に注意。目付きが尋常ではなく要警戒』……こんな所かな」
男が通常の業務へ戻ると、ツーチにとっては間の悪い事に、アラン達が徒歩で門を通過してきた。
アラン達は王都の北西部・シルム区へ向けて出発し、王城正門前の広場を西へと歩いていった。クルクスに預けたハンナの様子を確かめに行く為である。セシリアは地下空間にあった魔方陣によって、ハンナの魔人族としての記憶が少しでも蘇る事を期待していた。
「ハンナが何か思い出してくれていたら、きっと役に立つわ」
「いや、それはいいんだけど……。デール公爵の件はどうするつもりなんだ?」
「師匠、私も気になります」
「あんた達も心配性ね。私に任せておきなさいって言ってるでしょ」
昨夜から何度も同じ質問をされているせいか、セシリアはうんざりしたように答えた。ステラも口にこそ出さないが、かなり案じているのが窺える。
(まさかセシリアのやつ、デール公爵邸に正面から乗り込んで、無茶苦茶に暴れてから国外に逃亡するつもりじゃないだろうな? あわよくばデール公爵を亡き者に……?)
そんな大それた事が発覚すれば、大罪人になってしまう。客分証明書を呈示して何度も居住区の出入りをしているので、オルドレス公爵家にも嫌疑が掛かるかもしれない。でもセシリアならそれ位はやりかねない、とアランは危惧していた。彼女の真意を確かめるべく、昨夜から再三に渡って訊ねているのだが、はぐらかされるばかりであった。
「師匠、口封じでもするんですか? 私にもお手伝いさせて下さい!」
やたらと闘志を剥き出しにするマルリーナを宥めるように、セシリアはこの猫耳娘の頭を優しく撫でた。
「リーナは見た目によらず過激な事を口走るわね。でも私はあんなイヤらしい豚を手にかけて、手配書に載るつもりは無いわ。今はそれより、ハンナの所へなるべく迷わず行くのが先決よ。ツーチの案内で大体の見当は付くでしょ?」
鎧をガシャガシャと鳴らしながら、やや大股で歩く速度を上げるセシリア。地図を持つステラが歩調の変化に慌てて脚がもつれ危うく転倒しかけた。マルリーナはハンナと数日振りに会うのが楽しみで、足取りは軽くピョンピョンと跳ねるように付いていく。
(罪人になるような行為は慎むのか。だとすると、この事態をどうやって解決するんだ?)
アランも早足で追い掛けていったが、どうにも気掛かりでたまらなかった。
旧市街シルム区。かつては賑わっていたが、今は用水路で隔てられた寂れた区域。この地を前回アラン達が訪れた際は南側からだったが、今日は東側から入りクルクスの家を目指す事にした。途中で何度も道に迷ったが、何とか東側に架かる橋に辿り着いたアラン達。一切の躊躇もなく橋を渡る一行に、怪訝な顔をする付近の住民もいた。
前回はなるべく住民と目を合わせないよう、ツーチの忠告に従ったアラン達だったが、今回は方針を変えた。目付きの悪い男は当然避けたが、現在地の確認をする際は老人や子供に積極的に声を掛け、時には銅貨を与えた。
警戒感丸出しの住民も、法衣を纏ったステラがにこやかに訊ねると、素直に答えた。『神の加護が薄れし地』として王都の人々に忌避されてはいるが、ステラの信奉するフィリス教は度々施しをしているらしかった。
朝から歩きづめで3時間近く、アラン達はようやく見覚えのある一角に到達した。細い路地に入り、突き当たりの狭い階段を降りてクルクスの家の玄関前に立つ。
「やっと着いたわね。思ったより時間が掛かったけど」
「師匠、いい運動になりました。ご飯も美味しく食べられます」
マルリーナは昼食を皆に振る舞うつもりで、道中の店で食材を買い求めていた。尤も、その荷物を担いでいたのはアランであったが……。いざセシリアが扉を叩こうとすると、アランがステラの様子がおかしいのに気付いた。
「ステラどうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
「……大したことはありません。少し休めば……」
脂汗を流し、胸の辺りを押さえるステラ。セシリアとマルリーナがその声に振り返る。
「疲れたの? 前もそんな感じで地下には行かなかったわね。まあいいわ、中に入ったら休んでなさい。おーい、開けて! セシリアよ」
セシリアが勢い良く扉を叩くと、ゴソゴソと音がして扉が開いた。家の主であるクルクスが、沈鬱な表情で出迎える。
「おお、お主らか……」
「何よ辛気くさい顔をして。ステラが体調悪そうだから休ませてもらうわよ。ほらステラ、そこへ」
ステラは黙って椅子に深く腰を下ろした。アランはクルクスが終始俯き気味で、薄くなった頭頂部をチラチラと見せるのが気になったが、食材の詰まった麻袋を床へと置いた。マルリーナはクルクスに一声掛けてお湯を沸かし始める。
「ハンナは地下ですか? 私が呼びに行きましょうか」
「いや……申し訳無いが、あの娘は……」
ますます頭を垂れて黙りこんだクルクスに、セシリアは不吉な予感がして詰め寄った。
「……? ハンナに何かあったの!?」
「あの娘は……ハンナは姿を消したんじゃ」
消え入りそうな声でクルクスが答えると、セシリアの顔はみるみるうちに険しさを増していった。




