第33話 マルリーナの災難
公爵家食堂での騒動から一夜が明けて、アラン達は揃って王都の中央部にある商業区を目指して歩いていた。まずは武器防具を扱う店を廻り、セシリアの鎧を鑑定してもらい身元を探る手掛かりを得ること。更に冒険者ギルドでセシリアを知る者がいないか調査するためである。
港へ続く東門から街道へと出る西門まで、王都を真っ直ぐ横断する大通り。その通り沿いには、数百に達する商店や露店がびっしりと並び、活気を呈していた。王都の北東部にある公爵の館から、まずは中央広場へと向かうアラン達。
昨晩、セシリアが一人息子のロベルトの嫁になると早合点した、オルドレス公爵夫妻。ロベルトとセシリアが否定し、アランが境遇を説明すると、何とか夫妻は理解を示し、先走ったのを陳謝した。大貴族に頭を下げられてアランはひたすら恐縮したが、セシリアはアランに目配せすると、公爵家の面々へにっこりとして語りかけた。
この時、「記憶が戻って私の出自が明らかになれば、問題は無いものと存じます。ご当家への嫁入りもやぶさかではありません」と含みを持たせた。公爵夫妻はもちろん、セシリアへの想いを捨てきれずにいたロベルトも大いに喜び、王都滞在中はアラン達に全面的に協力すると約束したのである。
円形の中央広場の中心には、高さ10メートルはあろうかという、先端が尖った直径1メートル程の石柱がそびえている。表面を磨かれ、やや黄色味を帯びた白い石柱は陽光を反射し光っていた。
ここには主に他国の行商人が露店を出したり、旅芸人が芸を披露して賑わっている。罪人の手配書や、市民への布告が張り出される掲示場に集まる人々。他にも高い塔を備えるフィリス教のグラベオン大聖堂や、冒険者・職人ギルドの施設、交易商人の商館があり、様々な職業の者が行き交っていた。
「私はてっきり、冒険者ギルドで依頼をこなしながら、ギルド内の宿泊所に暫く留まると思っていました。国内屈指の名門貴族、オルドレス公爵様の館に滞在出来るなんて普通はありえません」
ステラはかねてからの憧れであった大聖堂を潤んだ瞳で見上げ、祈りを捧げ始めた。王都での滞在費の捻出を懸念していたので、嬉しさもひとしおであった。皆もステラに合わせて歩みを止める。
「ロベルトがまだ私に気があるのは分かってたから、この際利用させてもらうわ。こうして、オルドレス家客分としての証明書も発行してもらったし」
刺々しい葉と薔薇の紋章。オルドレス公爵家の家紋入りの証明書を取り出してみせるセシリア。
「もういいから、こんな所て見せびらかすなよ」
アランは人目を憚らないセシリアの行動にひやひやした。
「何よ。王様の側近である大貴族の後ろだてを得たのよ? 皆、私に盛大に感謝しなさい」
尊大に振る舞うセシリアが、もはや何でも肯定的に捉えてくれるマルリーナに称賛させようと振り向いたが、姿が無かった。迷子になったのかと、セシリアは背伸びして周囲を見渡した。ハンナもおらず、王都のような巨大な都市ではぐれては面倒なので、アランもあちこちに目を凝らした。すると、露店を次々と見て回る2人が連れ立ってやって来た。同い年なのですぐに仲良くなったらしい。
「やっぱり王都は凄いね。色んな珍しい物が売ってる! ここでたくさん仕入れてマリノアに持ち帰ったら、一儲け出来るのに。あ~あ、持ち合わせが無いんだよね~」
公爵の館では緊張でカチコチになっていたハンナも、街に出ると生来の商売人根性が刺激されるらしく、生き生きとしていた。なにやら指をくわえて上目遣いでアランを見詰める。
「……前に僕から盗んだ薬草を売り飛ばしておいて、よくそんなおねだりが出来るな」
「あれっ、まだ根に持ってたの? 謝ったでしょ? 男の子は細かい事を気にしたらダメよ。それに毒草が混じってたせいで私は役人に捕まって、数日は牢屋に入れられたのよ?」
「それは初耳です。盗みはいけませんが、今はそれなりに懐も暖かいんだし、少し援助してあげたらどうですか?」
「いや、あれはセシリアが……」
「アランが間違えて毒草を採取して、生活苦のハンナはつい魔が差した。結論。アランが悪い」
セシリアは自分が毒草を紛れ込ませたのを忘れたかのように、アランに罪を擦り付けた。
「はあっ? いや、違う。それは……」
アランは反論を試みたが、もはやマルリーナとハンナは聞く耳を持たず、ギャーギャーと騒いだ。ついにアランは根負けし、マリノアに帰る際は代金はもちろん、荷物持ちとして買い物に付き合う事を約束した。祈りに集中していたステラは、深い溜め息を吐くアランを不思議そうに見ていた。
気を取り直した一行は冒険者ギルドへの訪問は後回しにして、大通り沿いに点在する武器防具店を巡る事になった。まずは西側へと向かう。
「お祖父様から話には聞いていましたが、こんなに人と物で溢れてるなんて! それに、私へ好奇の視線を浴びせる人がいません」
「良かったわねリーナ。マリノアと違って、ここでは獣人族は珍しくも何ともない。こんなに大勢見掛けるんですもの」
セシリアの言う通り、既に100人を超える獣人族とすれ違ったり、街角にたむろする姿を目撃していた。外見・種族も多岐に渡り、マルリーナのように人間に近く獣耳だけの者、尻尾も有する者。全身毛で覆われ獣に近い者。
マルリーナと同じ猫耳はいなかったが、犬・狐・狼・鹿・ウサギ・タヌキ……などなど。実に様々であり、アラン達は珍しさからついつい全身を眺め回してしまう。
「ちょ、ちょっと睨まれてしまいました」
「私も。あまりジロジロ見ない方がいいのかなあ」
人間に近い狐娘の耳と柔らかな尻尾を触りたい衝動に駆られたステラが、慌てて目を逸らした。ハンナは好奇心旺盛なので、灰色の毛に覆われた剣士風の狼男の顔を観察していると、ギロリと鋭い視線を浴びせられ怯んだ。
「何やってるんだ2人とも。失礼だぞ。あまりよそ見はしないで」
右手にちょうど目当ての武器・防具の店があったので、アランは立ち止まり2人に軽く注意すると、扉を開けてぞろぞろと店内へ入った。すぐさま、まだ年若い店主にセシリアの鎧を鑑定させたが、首を捻るばかりであった。礼を述べて店を後にする一行。
「いきなり情報が得られるわけないわ。さあ次よ次」
「セシリア待って。そうだ、目利きの人に心当たりないか、もう一度訊いてくる」
アランが再度入店しようとした、その時だった。
「おおおおおおっ!? まだ名も知らぬ、麗しの我が愛しき人! こんな所でお逢いできるとは!」
西側から現れた、濃い灰色の毛をした猫族の青年。その男が突然マルリーナの手を握り締め、歓喜で打ち震えていた。マルリーナは力一杯に振りほどき、警戒心を剥き出しにする。
「だ、誰ですか? いきなり何をするんですか!」
「そうよ。リーナに何の用? 言動が危ないんですけど」
露骨に侮蔑の眼差しになるセシリアと、初めての猫族に興味を抱き、周囲をぐるぐる回ってあらゆる角度から観察するステラとハンナ。
「おお、リーナというのですか! 良いお名前です。あっ、申し遅れました。私はツーチ。ご覧の通り生粋の猫族です」
「その名で呼んでいいのは、ここにいる師匠と仲間だけです。マルリーナが本名ですから」
「なるほど、なるほど。では改めてマルリーナ。一角天馬に乗った貴女が舞い降りて、王城へ入っていく姿を見掛けてから、私の胸は高鳴るばかり。今は数少ない猫族同士が巡りあったこの奇跡。まさに運命! さあ結婚しましょう……ん?」
どういうわけか、ツーチはマルリーナの顔と、どこかで見覚えのある美しい白猫の顔が重なって見えた。軽く頭を振ると白猫は消えており、嫌悪感を露にするマルリーナの顔だけがあった。まさかの出逢って即座に求婚というツーチの行為に、全員が呆気に取られた。
「何だ、ただの変態か。いくら猫耳を持つとはいえ、一番子供っぽいリーナ相手に。まさにロリコ……ぐほっ!?」
「誰が子供ですか。アランとは2歳しか違いませんよ」
右の裏拳が、アランの腹にめり込んでいた。なぜかツーチは興奮し、熱い吐息を漏らした。長い尻尾を左右へとしなやかに振っている。
「おおっ! 小さな身体から力強い拳! う、羨ましい……私にも一撃叩き込んで欲しい! さあ……さあ!」
「えっ? この人何を言ってるんですか?」
両手を広げてドンと構えるツーチに不気味さを感じ、マルリーナが少し後退る。
「気持ち悪い! あっちに行って!」
「そう照れなくてもいいじゃないですか。愛しのマルリーナ!」
「驚くほど積極的ね。感心するわ」
セシリアは猫族とはこういうものなのかと、興味深げである。
(リーナに一目惚れしたってことか? また変なのに見初められたな。これ以上相手にしないほうがよさそうだけど、簡単に諦めそうにない。付きまとわれても困るし)
今なら隙だらけなので、アランは首筋を打って気絶させようかと考えた。すると、突如掛け声が響いた。
「えいっ!」
「ふぎゃっ!?」
ツーチが全身の毛を逆立てて崩れ落ち、涎を垂らした。力が抜けたらしい。ハンナが尻尾の先を、ステラがつけ根を掴んで思いきり引っ張ったのだ。
「猫族は尻尾が弱点なのです」
「本当だ。ステラって意外な事を知ってるんだね」
ハンナがしゃがんでツーチをツンツンと指先で突っつきながら、ステラを仰ぎ見た。何事かと、立ち止まる通行人も出てきている。
「今のうちに他の店へ行きましょう」
人目が気になってきたセシリアは、仲間に移動を促しその場を離れた。アランがツーチを無言で見下ろしながら最後に立ち去ろうとすると、くぐもった声で呼び止められた。
「ま、待ってくれ。高品質の武器防具を探してるなら、良い店を知ってる。職人ギルドに知り合いがいるから、腕の良い鍛冶師や甲冑師だって紹介出来るぞ……」
「……本当に?」
足を止めたアランは、耳寄りな情報にゆっくりと振り返った。




