第30話 旅立ち
風を切って、大空を翔る5騎の天馬。時おり翼をはためかせ、脚で空中を蹴るように滑空する。ロベルト率いる「聖天馬騎士団」が、アラン達を乗せ王都目指して飛んでいた。
風圧に耐えながら、騎士の腰にしがみついて同乗するアラン、セシリア、ステラ、マルリーナの4人。セシリアはロベルトの希望でその後ろに、他はそれぞれ適当に分乗したが、5騎全てが2人乗りであった。
アラン一行の他にもう1人。
赤茶けた髪に紫の瞳を持つ少女――ハンナが加わっていた。継ぎはぎだらけで薄汚れたいつもの格好ではなく、真新しい服を着ている。アランが市場で商売に精を出すハンナを強引に連れ出し、仕立屋で新しい服をプレゼントしたのだ。その上、いい所へ連れていくと誘われ、ハンナも最初は喜んでいた。
今や、アランはマリノアを救った有名人である。お近づきになりたい女の子は多かったが、恋人と認知されているセシリアが恐ろしいので、露骨にアプローチをする者はいなかった。ハンナはアランと歩いていると、街角や往来で嫉妬と羨望の眼差しを何度か浴びて、ちょっとした優越感に浸っていた。
しかし、庁舎の中庭で聖天馬騎士団と旅支度をしたセシリア達に合流すると、口車に乗せられて、あれよあれよと言う間に空を高速移動していた。眼下を山々や草原、蛇行する街道や河川、ちっぽけな村や町が流れていく――――
今朝方、行政官ラモスに呼び出され「王都へ行ってもらいたい」と言い渡されたアラン達。急な話にアランが戸惑って詳細を訊ねると、ラモスからの報告でアラン達の活躍を知った皇太子と妹の姫君が、直接会ってみたいのだという。
「正確には選択の余地なく、行くしかない。両殿下は……ロベルト殿から聞いた話だと、まあその……臣下の身分ではっきりとは言いにくいのだが、せっかちでわがままな御方らしい。しかも拝謁が明後日の午後と指定されている。これでは遅くても昼に出ないと間に合わん」
「遅れたら厳罰に処す、とあったよ? 理不尽だとは思うけど、準備を急いでくれ。遅れたら私まで咎めを受けそうだ」
皇太子と王女の性格は熟知しているのだろう、ロベルトが気の毒そうに嘆息した。王都へ赴くとなれは、アランはここマリノアへいつ帰れるのかわからないので、様々な想いが去来した。セシリアの記憶を戻す手掛かりや何らかの情報を得るためにも、いずれ王都へ旅立つつもりではいた。ラーナとの戦いを経て新たな能力を身に付けたので、以前よりは自信を付けていたが、不安が募る。
(王都か……。それに王家の方と直接面会だなんて。何だか急すぎて心の準備が)
世話になっているバリー・モリー夫妻、酒場の客、冒険者達……そして街並みや港の風景。それらがアランの脳内を駆け巡る。
感傷に耽るアランだったが、セシリアは目に強い光を帯びて生き生きとしている。マルリーナとステラも思うところがあったのか、妙に張り切り出した。
「では諸君、正午までにそこの中庭に集合してくれたまえ」
「はい。それでは旅支度を調えてきます」
アランは気を取り直し、4人揃って一礼すると、旅支度を調えるために退室しようとした。
「アラン君。君はちょっと待ちたまえ。確かめたい事がある。返答次第では任務が発生するぞ」
ラモスに呼び止められたアランは、別室から現れた衛兵隊長にして高位魔術師のガレフを見て、怪訝な顔をした。
◇ ◇ ◇
昼過ぎにマリノアを発った一行は、数時間後、日が傾いた頃に地表へと舞い降り、王都へと延びるイゼリン街道沿いのとある小さな町で宿を求めた。やはり一角天馬は人目を引く。翼を休め、厩舎に並ぶその美しさと珍しさから、宿屋の周りに見物人が集まっていた。
「なんなのアラン! どこへ連れていこうって言うわけ? 泊まりがけってどういうこと? ちゃんと説明してよ!」
宿屋の食堂で、ハンナがテーブルをドンッと叩いて不満をぶちまけた。空中では風の音がうるさく、それぞれ距離を取って飛行しており何も訊けなかったから尚更である。ロベルトら騎士団連中は、奥のテーブルで食事をしながら談笑している。
ハンナが人間に擬態した魔人族であり、その記憶が失われて今は人間と変わりない、と事前に聞かされていたマルリーナは、ついジロジロと観察していた。ハンナがマリノアに潜伏していた意図や目的は明らかになっておらず、アランとセシリアも仲間内以外には彼女の正体は秘密にしていた。アランが軽く咳払いして簡単に説明を始めた。
「僕らは王都に行くんだ。皇太子殿下と王女殿下に呼ばれてね。水神ラーナとの戦い、武勇譚を披露する感じかな。で、ハンナには会わせたい人が……騙すつもりはなかったんだ。決して悪いようにはしないから」
申し訳なさそうに手を合わせて謝るアラン。誰に引き合わせようとしてるのか気になるハンナだったが、フーッと溜め息を吐いた。
「もういいわ。今更私だけ引き返せないし。無料で王都観光が出来ると思えばいいか。……で? 猫娘さんはなんでそんな目で私を視るの?」
「挨拶がまだでしたね、初めまして。猫娘は止めて下さい。私はマルリーナ。リーナと呼んでもらえますか? 私もハンナと呼びますから。今宵は親睦会として、アランの奢りでお腹いっぱい食べましょう。ハンナも遠慮なく」
マルリーナが勝手に宣言すると、日頃食費を切り詰めているハンナの目の色が変わった。
「アラン、本当にいいの!?」
「えっ? う、うん……」
卓上に大きく乗り出し、正面のアランに顔を寄せて、ヨダレを垂らしそうな勢いで荒い息遣いをするハンナに、アランは首を縦に振っていた。
「全員分払うんですか? 気前がいいですね、アラン」
「考えたら、アランは私達みたいな可愛い女の子に囲まれた果報者だし。むしろ常にご馳走するべきだわ」
「師匠! それ賛成です。アラン、これから食事代は負担してもらっていいですね?」
(なんだこの流れは? 外見はともかく、まともな娘がいないんですが?)
とんでもない約束をさせられそうになり、アランは慌てた。
「な、何でずっと奢る義務が発生するんだ? そんな余裕無いし! ……そんな目で見ないでくれ。僕はケチじゃないぞ? ……ああもう、今夜は僕が持つから!」
アランは仕方なく今宵の夕食代を出す事にした。セシリアとステラは遠慮なく酒を飲み、マルリーナとハンナは次から次へと料理を注文し、たらふく平らげた。積み上がった皿と林立する酒瓶の数に、アランは顔を若干引きつらせていた。
翌朝、宿代はロベルトが支払ってくれたのだが、女性陣の派手な飲み食いで銀貨3枚が財布から消え、少し落ち込むアランであった。
朝食後、すぐに出発した一行。あいにくの曇り空で、昨日よりは低空を飛行していく。右側には大海が拡がり、遥か彼方に水平線が見えた。5騎のホーンペガサスは、大陸の海岸線のほぼ真上を進む。
北へ北へと延びる街道上には、豆粒のような旅人や荷馬車が行き交っていた。
牧草地や田園地帯を抜け、一際高い丘を越えると、高い外壁に囲まれた巨大な都市が出現した。
レーブル国王都・クエルティア。人口30万人を超える、大陸でも屈指の規模を誇る城塞都市である。目と鼻の先にある東側の海はコベル湾と呼称され、巨大な港湾施設がある。北方のクバーナ帝国、エミル王国や南方大陸との交易が盛んで、大型帆船が頻繁に停泊していた。連日大量の貨物が積み下ろされ、人の出入りも激しい。
西にイゼリン街道。北は岩山、南は切り立った崖という天然の要害となっている。
北側に王城があり、2つの高い尖塔が目立つ。城全体に高価な白い石材が用いられ、美しい彫刻や様々な装飾が施されている。
広大な都市内部は綺麗に区画されており、城周辺には貴族の館や広々とした練兵場が、中央は商業区、大部分は一般市民の居住区である。港へ通じる東門から街道へ出る西門は、真っ直ぐ延びる1本の大通りで結ばれていた。
(なんだこの大きさ! マリノアがほんの一区画に過ぎないくらい広い! これが王都……!)
故郷の村とマリノアしか知らないアランは、ただただ圧倒されていた。セシリアやマルリーナも言葉にならないほど感動している様子だった。
「そろそろ降下するぞ!」
ロベルトが王城前の広場を指し示した。中央に大きな石像が設置されており、その近くに一角天馬5騎がふわりと着地する。この城門前にある広場は王城を近くで見物出来るので、旅人がよく訪れる場所だった。
王都に降り立ったアラン達は、ロベルトの先導で城門へと向かった。マルリーナとハンナは興奮してはしゃいでいる。それを見詰める1人の男。
「おおおっ!? あれは……あの猫耳は! 猫族の生き残りか!?」
通常時のマルリーナは猫耳以外は人間と同じ外見をしているが、この男は姿形が猫そのものである。全身濃い灰色の毛で覆われ、軽量な革鎧を身に付けている。背丈は人間並みで、2足歩行の猫。つまり生粋の、猫族の血が濃い獣人族である。その水色の瞳はマルリーナの姿を捉えて離さない。
アラン達が来ると、門番が2人、長槍を交差させて用向きを訊ねた。しかし、ロベルトの顔を確認すると慌てて「開門!」と叫んだ。高さ7~8メートルにも及ぶ城門を揃って見上げていたアラン達は、鉄で補強された重厚な扉が開くと、緊張感が高まった。
アラン達が城内に入ると、城門は重い響きと共に閉じられた。そこへ猫族の男がフラフラとやって来た。
「何だお前は? 怪しい奴め!」
警戒した門番が怒鳴ると、ハッとした表情で弁解を始めた。
「わ、私は誇り高き猫族の戦士ツーチ。今この門を通った少女が同族で、雷に打たれたとはこの事を言うのか、つまり一目惚れであり理想の相手なのです」
長い尻尾を左右にゆっくり振り、一気に捲し立てる。
「あの娘と? 何を言っているんだお前は? どう見ても相手は子供じゃないか」
「愛に年の差は関係ありません。私はあの娘に求愛するのです。開門をお願いします」
「バカか! お前なんぞを入城させたら首が飛ぶわ! 帰れ帰れロリコン野郎!」
目を閉じてマルリーナの笑顔を思い浮かべていたツーチは、槍の柄で叩かれ、石突きで小突かれて転倒した。
「ふぎゃあああ!?」
尻尾の付け根の敏感な部分を叩かれたツーチは、痛みと快感が混ざった妙な感覚に襲われ、南へ向けて疾走を始めた。
(こんなの……初めて)
恍惚の表情でひた走るうちに、ツーチは道端の馬糞掃除を仕事としている老人の荷車に突っ込んだ。間の悪い事に、荷台は馬糞で満載されていた。頭から馬糞を被り、全身から悪臭を放つツーチ。
「あー! 猫の兄ちゃんが馬糞まみれだ!」
近くで目撃した子供達が、指差して無邪気に笑い転げた。羞恥で居たたまれなくなり、ツーチは再度駆け出した。
(ああ、あの娘の名前はなんて言うんだろう。愛しの人よ、必ず、必ず!)
所々カピカピになった毛をものともせず、汚れた身体を洗うために、水場を求めて走るツーチであった。




