表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様、今日も頭が痛いです  作者: 安東盛栄
第1章 港町・マリノア
3/78

第3話 始まりの港町・マリノア

 アストリア大陸の南東部を治める国、レーブル。その最南東に位置し、現在アランが生活の拠点にしているのが、港町マリノアである。人口およそ6000人、南方への貿易航路の中継地として栄えており、水と食料を補給するために大型帆船が度々寄港してくる。


 漁業が盛んで、市場には新鮮な魚介類が毎日大量に水揚げされるが、他にも名物があった。


 潮風の匂いに鼻腔を刺激されながら、セシリアが前を歩くアランに不思議そうに訊ねた。


「海の方へ人の流れが……若い男女ばかりだけど、何かあるわけ? アラン」


「この町の観光名所、愛と美の女神像があるんだ。夕日を背にした像に恋人と一緒に祈りを捧げると、幸せになれるとか。他にも様々な御加護があるって古くから言われてて、国中から訪ねてくる人達が絶えないんだ」


「へー、そうなの。なかなか素敵じゃない。ま、アランは恋人なんているわけないから無縁の場所ね。もしかして、私と一緒に行くのを想像した? 無理よ、無理。儚い願望ね」


(こいつ! お前は第一印象からずっと最悪だよ! い、いくら外見は良くてもこっちから願い下げだっ!)


 出会って早々の強烈な言動。記憶喪失後は幾分収まったが、一方的な魔術絡みの契約と、小馬鹿にした高圧的な態度の数々。アランがセシリアに好意を抱くはずも無い。


「んー、まあそうですよねー。あははは」


 アランは笑って聞き流し、どうにか怒りを抑えた。町の中心部が近付くにつれ人通りが増え、道行く男達の視線がセシリアに注がれる。その可愛らしい顔に見惚れた青年が、横にいる恋人らしき女性に引っ叩かれる姿もあった。


(この反応……。やっぱり顔だけは文句の付けようがないな。剣と鎧は高そうな代物だし、貴族か騎士階級の出身なのかも。となると、何で独りであんな所に?)


 アランは何歩か後ろ歩きになって、闊歩かっぽする少女の全身を眺め回す。


「全く、男って分かりやすいわね。門番もチョロかったわ。少しお金を握らせたけど」


「えっ? それってまさか……」


「いいから。それより、あそこの店に入るわよ」


 中央広場に近い立地に、剣と鎧の看板を掲げる建物。武器と防具の店である。セシリアはアランを強引に引っ張って、扉を開けた。カランカラン、と来客を告げる乾いた鐘の音が鳴る。


「いらっしゃい」


 カウンターの奥から、腕っぷしの強そうな髭面の中年男が出てきた。


「店主、これでこの小汚い少年に合う装備を見繕みつくろって頂戴ちょうだい!」


 セシリアがカウンターに金貨を1枚叩き付けると、アランが目を白黒させた。


「い、10000ベル? ちょ、待ってくれ。装備は自分で買い揃えるから。薬草を売ればそれなりの……」


「うるさいわね! 私の厚意を無駄にする気? 最低限の装備が無いと、冒険者ギルドに登録も出来ないんでしょう? 私がさっさとあんたの夢を叶えてあげるわ!」


「は、は、はい」


 アランは迫力に押されて首を縦に振ったが、店主まで若干怯えていた。セシリアに再度要望されると、店主は慌てて商品の選別を始めた。


 ◇ ◇ ◇


「……まあ及第点ってところかしら。これなら並んで歩いてもいいわよ」


 セシリアの言葉に胸を撫で下ろす店主。ごわごわして質の悪い麻の服から、ずっと肌触りの良い亜麻あま製の上下とマント。腰には革のベルトに真新しいショートソード。そして丈夫な猪革のブーツ。アランはすっかり様変わりし、冒険者らしい出で立ちになった。


「おおっ、すげえ! ありがとうセシリア! やっと念願の冒険者に……! これで登録所であしらわれずに済むぞ」


 最初は遠慮していたアランも、素直に喜び礼を述べた。セシリアはやや尊大に頷いている。


「それにしても、金貨を持ってるとは思わなかったよ」


 店を出ると、アランは羨ましそうに溢した。


「ふふん。それなりに持ち合わせはあるのよ」


 優越感たっぷりに、セシリアが顎をしゃくった。ちなみに、レーブル国の通貨はベル。金貨1枚=10000ベルは、一般的な4人家族ならなんとか1ヶ月は暮らせる額である。銀貨1枚は1000ベル、銅貨1枚は10ベルとなる。さらにその下に、不純物が多くて小さな1ベル硬貨が流通しており、庶民はもっぱら銀貨と銅貨を使用していた。


 装いも新たに、アランとセシリアは市場の人混みを通り抜け、薬草の採取を依頼された、広場から少し外れた老薬師の店へと向かう。


 その途中、市場の端っこの地べたにわらで編んだむしろを広げ、小さな土産物やアクセサリーを売る少女がいた。アランが気さくに声を掛ける。


「よう、ハンナ。儲かってるか?」


「いまいちねー……って、ア、アラン?」


「どうだ、見違えただろ」


 マントを翻してみせたアランに、ハンナと呼ばれた少女は目を丸くして驚いた。赤茶けた髪を肩まで垂らし、毛先は内側に丸まっている。そして世にも珍しい紫の瞳。年齢はアランより若干下に見えるが、世間の荒波に揉まれたせいか、両眼は強い輝きで溢れていた。


 シャツもスカートも薄汚れ、継ぎはぎが目立つ。アランに負けず劣らず、生活は厳しそうであった。そんな少女が、アランを指差してプルプル震えている。


「ア、アランついにやったわね?」


「は? 何を?」


「とぼけないで! その格好、どこかで強盗でもしたんでしょ!」


「お、おい! 人を犯罪者にするな! こうして薬草を集めて売りに行くところだし! 僕は至って真面目に生きてるぞ」


 薬草の詰まった袋を置いて、中身を見せるアラン。ハンナがチラッと覗く。


「止めなさい、みっともないわね。この装備は私が買ってあげたの」


 セシリアが2人の間に割って入ると、ハンナはサッと顔色を変えた。


「どうかしたか? ……まさか、セシリアを知ってるのか?」


 ハンナの様子がいつもと違うのをいぶかしむアランであったが、ハンナはすぐに明るい表情に戻ると、答えをはぐらかした。


「えぇっ!? アランが女連れ? しかも装備を買って貰うとか、何なの? もう冒険者の登録を済ませて、あんたみたいな駆け出しにすぐ、酔狂な冒険者仲間が出来たわけ?」


「あっ、いや、この人はね……」


 気を取り直したアランが簡単に紹介しようとする前に、セシリアが口を開いた。


「へえ、アランにも親しい女の子がいたの。意外ね。私はセシリア。アランとはもはや離れがたい関係なの」


「!?」


 ハンナがかすかに頬を染めて、2人の顔をジッと視ている。


「おい待て、その言い回しは誤解を与えるだろ」


 慌てふためいたアランがセシリアに向き直り抗議していると、ハンナの手がササッと動いた。セシリアはその怪しい動きを認めたが、素知らぬ顔でアランをなだめた。


「落ち着きなさいアラン。あ、ハンナだったかしら? さっきのは冗談よ。気にしないで。さあ行きましょう」


 セシリアが促すので、アランは薬草を入れた袋を掴み上げると、またな、と言ってその場を後にした。2人が十分に離れると、ハンナは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「いや~、悪いねアラン。今月は苦しくてさ。この薬草、いい値で売れそう!」


 白い花弁の付いた薬草に頬擦りし、嬉しそうに微笑むと、ハンナは店仕舞いを始めた。


 薬師の店で袋を開けた際に、中身が半分ほど藁や果物の皮にすり替わっていたので、全てを悟ったアランは憤然とハンナの元へ疾走したが、すでにもぬけの殻であった。



 舞い戻ったアランと老薬師の取引が成立し、店を出てからというもの、アランはブツブツと愚痴っていた。もう夕暮れ時である。


「ハンナめ~。人が苦労して集めた薬草を……」


「盗られるあんたが間抜けなのよ。もういいでしょ、半分でも銀貨2枚で買い取ってもらえたんだから」


「はいはい、僕はどうせ間抜けだよ」


 ふて腐れたアランが、道端の小石を爪先で蹴飛ばした。


「何いじけてんのよ。私もうお腹が空いたんですけど。どこか美味しい店はない?」


「それなら僕が住んでる家がちょうどいい」


「は? どういうこと? さっきも家に帰るとか言ってたけど、アランって家があるの? てっきりどこかの馬小屋か納屋で寝泊まりしてるのかと思った」


「う、うるさいな。もうすぐそこだから。……ほら、着いたよ。ここの屋根裏部屋に住まわせてもらってるんだ」


 漁港の近くに立ち並ぶ赤い屋根の民家。絶えず波止場に波が当たる音がする。その一軒の前でアランが手を掲げた。3階建てで、1階部分は酒場になっている。カウンターとテーブル席を合わせると、30席はありそうだった。


「親父さんは腕の良い漁師で、女将さんと一緒に店を切り盛りしてるんだ。僕は雑用や店の手伝いをする条件で……」


「おう、アラン帰ったか。おっ? ははは、まるで別人だなその格好は! 似合ってるぞ! ん? その可愛らしい騎士さんは?」


 酒樽を積んだ荷車を引いた、30代後半の大柄な男性がやって来て、愉快そうにアランの背中を何度も叩いた。名をバリーといって、この家の主人である。


「彼女はセシリア。訳あって仲間になったと言うか……。とりあえず何か食べさせてくれますか? もう2人とも腹ぺこで」


「おう、それならカウンターにでも座れ。おーい母ちゃん、まかない2人分頼むわ」


 奥から女将のモリーが出てきてニッコリ笑った。年齢は夫バリーと同じくらい。恰幅が良く、世話好きな感じが見て取れる。


「まあまあ、アランも帰ったのかい。へえ、様になってるじゃないか。念願の冒険者になって、もう仲間が出来たのかい?」


「いや、ギルドへの登録はまだなんだけどさ」


 出会った当初の凶悪な部分は伏せて、アランはセシリアに助けられ、戦いの最中さなか、彼女が記憶を失った事を説明した。その間にモリーが賄い飯を運んできた。海鮮スープとパン、野菜炒め。湯気が立ち上ぼり、旨そうな匂いが若い2人の食欲を刺激した。


「はい、お食べ。アランは食べたら料理の仕込みを手伝っておくれ」


「分かってますって。頂きます!」


「私も遠慮なく頂きます。……美味しい!」


 アランがガツガツと食べ始めると、セシリアもパンをかじり、木のスプーンでスープを口に運んだ。たちまち口元が綻ぶ。セシリアが初めて見せる、屈託のない笑顔であった。


 ◇ ◇ ◇


「ご馳走さま、とても美味しかったです。アランが自慢していたのが分かりますわ」


「そうかい? 嬉しいねぇ」


「お代はいかほどでしょうか?」


 セシリアが金を取り出そうとすると、バリーが止めた。


「気にしなくていいよ。アランが初めて連れてきたお仲間だし……。上品で可愛いし」


「まあ、お上手ですね。ふふっ、毎日こんな料理が食べられるなんて、アランは幸せ者です」


 バリーとモリーはセシリアがすっかり気に入った様子で、笑い声が絶えない。アランも釣られて笑ってはいたが、心の中では悪態をついていた。


(誰だこいつは!? 顔付きからして別人みたいじゃないか! この~っ、猫被りやがって!)


 アランの胸中など知らず、バリーがバシッと膝を叩いて、思いもよらぬ提案をした。


「母ちゃん、3階の物置を片付けて、この娘を暫く滞在させてやったらどうかな? 行く当ても無いんだろ?」


「それは良い考えだね! あんた、早速部屋を片してきてよ」


「おう、任せろ」


「えっ?」

「は?」


 アランとセシリアは顔を見合わせて、同時に声を上げた。


「そ、そんなご迷惑は……」


「いいから、いいから。記憶が戻るまでいてもらって構わないよ」


 セシリアは辞退しようとしたが、押し切られてしまった。バリーは部屋の準備をしに、階段をバタバタと駆け上っていった。夫婦はそういう性分らしい。


(こんな事になるとは思わなかったな。でも記憶を取り戻すなら、この町を活動拠点にするべきだ。宿代が浮いたと考えればいいだろ)


(それはそうだけど……)


(猫を被ったお陰で気に入られたな。どうせなら猫なで声でも聞かせてくれよ)


(な、なんですって? こいつ!)


「何を2人してブツブツ言ってるんだい?」


 女将モリーが食器を下げようとして尋ねると、アランに掴み掛かる寸前で、セシリアはパッと離れ笑顔で取り繕った。こうして、2人は同じ屋根の下で暮らすことになったのである。

明日も17時過ぎに更新します。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ