第21話 街灯の下で
夜の帳が下りたエスタルムの町。青白い火が灯る魔法の街灯の下で、騒ぎが始まっていた。酒場に繰り出そうとする人々が足を止め、付近の家々の窓には何事かと外の様子を覗く者も多かった。
酒の相手をしろと絡んできた挙げ句、アラン達が身体に振りかけていた魔除けの粉の匂いをからかう男達。そんな筋骨隆々とした荒くれどもに対し、全員叩き伏せると宣言したセシリア。
「金髪のお嬢ちゃん、冗談がキツいぜ。俺達と殴り合いの喧嘩をしようってのか?」
頭領の大男が顎髭をいじりながら豪快に笑うと、他の6人もゲラゲラと笑い転げた。セシリアの黄色い髪が街灯の下では金髪に見えるらしい。法衣を纏うステラ以外は、ただの町民だと思い込んでいる。セシリアを単なる気の強い町娘と完全に侮っていた。
(リーナに体力と魔力を吸われてそんなに経ってないぞ。大丈夫なのか?)
睨むでもなく、真顔で頭領を見据えるセシリアの体調をアランは心配した。だが、静かな殺気を全身から放ち、退く気配は微塵も無い。どうやら「臭い」とからかわれたのが原因のようであった。
「私、あんた達みたいなむさ苦しくて頭の悪い、品性の欠片もない男は嫌いなの。さあ、ぶちのめしてやるわ!」
1、2歩下がり両の拳を顔の高さまで上げて構えるセシリア。その気迫に、男達から笑みが消えた。
「さすが師匠! 私が魔法で援護するまでもないですね。あぁ、凛々しいです。その姿に痺れる憧れるぅ!」
マルリーナは自分がセシリアの体力と魔力を吸い取った事も忘れ、尊敬の眼差しでパチパチと拍手した。すると男達が一斉にギロッと睨み凄んでみせた。たじろいで顔をひきつらせ、マルリーナの手が止まる。
「師匠? 何を言ってやがる。まあいい。どうやら本気らしいな……。お望み通り相手をしてやろうじゃないか。お前らは手を出すなよ。生意気な小娘め、泣かしてやる!」
頭領が大斧を投げ捨て、両手を広げてニヤリとした。鉄の胸当てを装備しているが、腹は無防備だが見事に腹筋が割れている。己れの鋼の肉体に自信を持つ大男は、わざと胴をがら空きにして懐に飛び込ませ、絡め取る算段でいた。
「お止めなさい。女神フィリス様の名において命じます。無駄な争いは……」
仲裁を試みたステラであったが、男達はせせら笑った。
「はぁ~? もう無理だぜ、僧侶の姉ちゃんよ」
「何がフィリスだよ。俺達そもそも神様なんざ信じてねーし」
「女神様が酒の相手してくれるなら、話は別だけどよぉ」
懸命な顔で進み出たステラを指差して、ギャハハハと下品な笑いを上げるむさ苦しい男達。アランはハッとなった。
(これはまずい。闇ステラが降臨するぞ!?)
今にも飛び掛かろうとしていたセシリアも、首を軽く振って溜め息を漏らした。
「あーあ、知らないわよ。自業自得ね」
「あの、急いで逃げた方が良いと思います」
アランは頭領に忠告したが、素直に聞くはずもない。優しげな僧侶の少女が凶暴化するなど、想像も付かないからである。
「このガキ、お前がそんなに強いってのか? 冗談も休み休み……」
突如周囲を圧する気配が充満し、頭領の口が止まった。周囲がざわめき、その大元であるステラに視線が集まる。
「フィリス教を冒涜するとは! いいでしょう。私がお仕置きして差し上げます!」
どす黒い気を放出させて目をギラつかせるステラ。その聖職者らしからぬ変化に、騒ぎが大きくなった。対峙する男達はもちろん、多少集まっていた野次馬もうろたえる。マルリーナも訳が分からずポカンとしていた。その隙に、ステラは『フォース』と『クイック』の呪文を自らと仲間全員に施した。筋力と敏捷性が上昇する。
「お、おい! 魔法は無しだろ!」
「拳で勝負するんじゃねえのか!?」
見るからに魔法が苦手そうな男達は、ステラの非難を始めたが後の祭りであった。
「ふぐっ!?」
セシリアに神経を集中していた頭領がステラに気を取られた瞬間、股間を押さえて倒れ悶絶した。どっと噴き出した脂汗で額がテカる。セシリアが急所を思いきり蹴り上げたのだ。マルリーナの家で借りた硬い木靴のうえ、『フォース』の支援魔法で威力が高まっていたのでたまらない。
「お頭っ、大丈夫ですか?」
部下が駆け寄り、頭領の腰を叩いたり擦ったりした。だが、白目を剥いて泡を噴いている状態で効果があるとは思われない。
「あら、痛かった? 案外脆いのね」
腕組みをして得意気なセシリア。マルリーナは手を叩いて喜んでいたが、アランや見物する男達は頭領に少しだけ同情し、股間をそっと押さえた。
「えげつない一撃だ……恐ろしい」
その痛みを想像しただけで、震えがくるアランであった。見物する人々も、もう勝負は着いたと判断したが、そうはいかなかった。
「ぎゃっ!?」
頭領を介抱していた男の1人が臀部を殴られ、もう1人は前のめりに倒れた。ステラが聖なるメイスで背後から襲ったのだ。
「何しやがるんだ! き、汚ねえぞ! お前は本当に聖職者か? そ、そのヤバそうな雰囲気はなんなんだ!」
仲間が不意打ちで倒されたので、聖職者らしからぬ行動と外見の変化に抗議するが、ステラは全く取り合わない。
「何の事でしょう? 戦いの最中に敵に背を見せる方が悪いのです。ウフフッ、屈強な殿方でも急所は鍛えようがないようですね」
「畜生っ! ぶっ殺してやる!」
残った4人は怒り心頭に発し、武器を手にして二手に分かれ、ステラとセシリアに襲い掛かった。斧やハンマーなど重量のある攻撃を、ステラは余裕を持ってヒラリヒラリと躱した。セシリアも最小限の動きで攻撃を避けると、手刀で素早く手首を打ち、武器を取り落とさせた。
雄叫びと共に、更にムキになって突っ込んでくるその突進力を利用して、腕を取ると鮮やかに投げ飛ばした。酒場で毎日のように漁師を投げていたおかげで、投げ技に磨きがかかっていた。
投げられ地面に叩き付けられた者は苦痛に悶え、あとの2人もステラのメイスによって昏倒し、地に這わされた。アランとマルリーナは支援魔法を受けたものの、出る幕が無かった。
「とんだ見かけ倒しね。動きも鈍いしザコだわ」
「これを機にフィリス教を信仰しなさい。また神を冒涜するような事があれば、こんなものでは済みませんよ?」
冷然と敗者を見下すセシリアと、左の口角を上げてニヤリと笑うステラ。見物人達は2人の強さもさることながら、荒くれ男達の無様な負けっぷりにヤジを浴びせた。この町に流れて来てから色々と問題を起こしていた連中なので、町の人々は口汚く罵った。
やがてよろよろと立ち上がった男達は、嘲笑と侮蔑の目に居たたまれなくなり、ほうほうの態で逃げ出した。
「覚えてろよ……母ちゃんに言いつけてやる!」
頭領は乱れた息で捨て台詞を吐くと、両脇を支えられながら去っていった。
「なにあれ。母ちゃんだって、気持ち悪い!」
マルリーナがウゲッと吐くような仕草をすると、周囲から笑い声が上がった。
「母ちゃんか……。またイヤな予感がする」
出番の無かったアランは、頭領の顔から髭を取って髪が伸びただけの、ゴツイ中年女性の姿か浮かんだ。少々不安を感じていると、正気に戻ったステラが、離れた街灯の下を逃げていく荒くれどもの姿を認めた。
「あらっ? 私の仲裁が効を奏したのですね? 無意味な争いが避けられてよかった」
明るい笑みを浮かべるステラだったが、野次馬達の顔はひきつっていた。マルリーナも例外ではない。
「師匠、ステラはどうなっているんですか?」
「見ての通りよ。怒らせると豹変して危険よ。その間の事は何も覚えてないし。フィリス教に関する発言には気を付けなさい、リーナ」
「は、はい師匠!」
猫耳がピンと立ち、直立不動の姿勢になるマルリーナ。
ステラはというと、「なんで逃げるんですか!」と叫びながら、野次馬達を追い掛け回していた。
「はぁ……。おーいステラ、もう行くよ!!」
出会った当初の慈愛に満ちたステラの幻影を思い浮かべながら、アランは走り回るステラを大声で呼び戻した。
思わぬ足止めを食らったものの、公衆浴場で入浴後は揃って酒場へ食事に出掛け、酒に弱いマルリーナ以外はそれなりに飲んで楽しんだ。その後、マルリーナの薦めもあり、アラン達は新たに仲間となった猫耳娘の家に泊まる事にした。
夜半――――
マルリーナの部屋で、くぐもった呻き声が上がった。なかなか寝付けなかったアランがどうしても猫耳を触りたい衝動に駆られて、そっと忍び込んだのである。アランが計算外だったのは、セシリアも一緒にベッドで寝ていた点であった。その気配を察した彼女が、アランの腹を存分に蹴ったのだ。
「へーえ、アランに夜這いする度胸があったなんてね。しかも魅力的な私を差し置いて、子供っぽいリーナに……。そういう趣味なの?」
アランが手にするランプの灯りが、冷たい目をしたセシリアを照らす。マルリーナは静かな寝息を立てており、よく眠っていた。
「うぐっ、げほっ……セシリア? ステラと寝てたんじゃ……ち、違う。僕はそんなつもりじゃ……」
「こんな夜中に女の子の部屋に忍び込む理由が他にあるわけ?」
「誤解だ。僕は猫が大好きなんだ。ただ猫耳を」
「問答無用!」
「うぎゃああっ!?」
夜の町に、アランの悲鳴が木霊した。朝方、早起きした近所の老人は、身体を荒縄でぐるぐる巻きにされ、ミノムシのように2階の窓からぶら下がる少年を目撃し、首を傾げた。アランは罰として、セシリアに吊るされたのだった。




