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神様、今日も頭が痛いです  作者: 安東盛栄
第1章 港町・マリノア
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第2話 無慈悲な契約

 柔らかな春の陽射しの下、記憶を失った事ですっかり険相が取れた少女と、わずかに頬を紅潮させたアランが見詰めあっていた。


(こうして見ると、結構可愛い顔をしているんだな……。いやいや、惑わされるな!)


「なーんて、そんなわけないでしょ! バカね。さっさと荷物を寄越しなさい――」


 そんな台詞を吐いて豹変するかも、という嫌な予感が拭いきれないアランは、おもむろに立ち上がった。


「でも、もったいなかったな~。あれだけの数の群れを灰にするなんて。肉や毛皮を売れば多少の金額に……おっ?」


 1匹だけ、大ウサギ(イバ)が草むらに倒れていた。横腹には小指の先くらいの、ぼんやりと輝く小さな石が乗っている。


光魔石こうませきだ!」


 アランは嬉々として拾うと、そっと袋にしまった。光魔石とは、モンスターの生命力や魔力の根源たる結晶である。魔法道具(マジックアイテム)や魔力を宿す武器・防具の材料として用いられ、強力なモンスターや稀少種の物ほど効果が高く、珍重される。


 少女の視線に気付いたアランは、軽く咳払いをすると、そそくさと帰り支度を始めた。


「いやー、本当に助かりました。怪我は無いみたいだし、僕はこれで。それじゃ!」


 イバを紐でくくって肩から担ぎ、荷物をまとめると、アランは少し離れてから少女を一瞥した。すると、こちらをじっと見て、立ち尽くしたようにその場に留まっていた。


「もし真後ろに立ってたら、心臓が止まってたよ。とりあえずお礼は言ったし、さっさと帰ろう」


 足早に去るアランであったが、程なく気配を感じて振り返った。10歩くらい後ろで、少女がピタッと足を止めた。無言で視線を交わす2人。


(なんで付いてくるんだ? 芝居か? さっきのは記憶を失ったふりなのか? まさか背後から襲う気じゃ……)


 恐怖心が湧き起こったアランは自然と早歩きになり、やがて小走りへと移行した。後方を確認すると、先程と同じ位の間隔を空けて付けてくる。


 ついにアランは獲物イバを投げ捨て、脇目も振らず全速力で走り出した。アランは脚力には自信があった。


(振り切ってやる! 悪いね、僕は足の速さでは誰にも負けな……いいっ!?)


 チラッと頭を回すと、必死の形相で追いすがってくる少女の姿。アランは心底驚き、懸命に走った。そのまま草原を突っ切り、港町へと延びる細い道に出てもなお、2人の疾走は続いた。


(村一番の俊足で鳴らした僕に、金属製の鎧を着たままで!? なんて女だ!)


 根負けしたアランは、小高い丘の手前に達すると足を止めて振り向いた。当然、少女も速度を緩めて止まると思いきや――


 やや前傾姿勢で歯を食いしばり、目を固く閉じたまま、全速力でアランに突っ込んできた。


「へっ?」


 間の抜けた声を漏らしたアランは、避ける暇もなく正面衝突した。野性動物の雄同士が雌を巡って争うかのように、額を突き合わせて頭突きする形となり、「ゴツッ!」と鈍い音が響いた。その瞬間2人を中心に光の輪が現れ、頭部に収束して消えた。


 弾き飛ばされたアランは激痛に転げ回ったが、少女は倒れもせず、軽く額をさすっただけで、割と平然としていた。アランは大きく喘いでいたが、呼吸を整えるとドカッと胡座あぐらをかいた。


「痛っったああぁぁ!! 村一番の石頭と評判の僕が! こんな痛みは初めてだ! 君はなんで平気そうなんだ? そもそも目をつぶって走るなよ!」


 額を押さえながら、涙目で見上げて非難するアラン。少女は太陽を背に佇み、影を落とした。アランは手をかざして目を細めた。


「アランだっけ? あんたが私を放ったらかして逃げるから悪いのよ。無我夢中で追い掛けてたら、いつしか目を閉じてたわ」


「はぁ!?」


 アランは何故自分が責められるのが納得出来なかった。


「そう言えば、今ので名前を思い出したわ。セシリアよ……多分」


「多分?」


 自称セシリアは、自信無さげに名を告げた。アランは身ぐるみ剥がされる恐れを捨てきれず、警戒した。


「……それでセシリアさんは、どうして僕に付いてくるんですかね?」


「私は自分が何者で、この地に来た経緯も目的も分からないの。アランには私の記憶を呼び戻す手伝いをしてもらう」


 さも決定事項だと言わんばかりの態度である。アランは不快感をあらわにした。


「まだ冒険者の登録すら出来ていない僕なんかより、この先のマリノアの町にある冒険者ギルドで、協力者を探せばいいと思う。あんな凄い魔法を使えるんだし、引く手あまただよ」


「いえ、そうはいかないの。そんな高度な魔法の発動の仕方なんて覚えがないし」


 そう言いつつ、セシリアはアランに手を伸ばし前髪を乱暴に払うと、額を確認した。


「ああ、やっぱりね。先程の衝突で互いの魔術的障壁が干渉した結果、私の強い願望がアランの精神と身体にも影響を及ぼした。これは、かの大魔術師マーリンが提唱した理論から生まれた、一種の強制契約魔術で……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。もっと分かりやすく。つまりどういうこと?」


 突如始まった講義に面食らったアランが慌てて制止すると、セシリアは不満そうに口を尖らせた。


「事故よ、事故。無意識にやったものは仕方ないわ。まさか一瞬で契約が成立するなんてね。要するにアランは私の『記憶を取り戻す』という願いが叶うまで、私の相棒になったの。いえ、下僕ね」


「訂正するな! なんだそりゃああ!? 勝手に契約だの下僕だの……そんなの僕は断じて認めない! 無効だ、無効」


 アランは全身の砂埃を払うと、馬鹿馬鹿しいといった風に、きびすを返して帰路に就いた。


「あら、私からあまり離れると、恐ろしいことになるわよ」


 アランの足がピタリと止まり、恐る恐る振り返る。


「えー、セシリアさん、それってどういう意味です?」


 急に頭痛が走り、しおらしくなったアランが、顔を引きつらせながら訊ねた。セシリアは悪戯っぽく笑って答える。


「私から極端に離れたり、私の存在や願いを心の片隅に追いやって、他の事にあまりに気を取られると……」


 生唾をゴクリと飲むアラン。


「筆舌に尽くしがたい激痛が全身を襲うわ。セシリア様ごめんなさい、と思わず(ゆる)しを乞う程にね。契約の効力は半端じゃないわ。ついには全身の毛穴から」


「さあセシリア様、マリノアまでご案内致します! 海鮮料理を召し上がって、ゆっくりとご休息を!」


 最後まで聞くのが怖くなったアランは、話しを遮ると、きびきびとした動作で歩き出した。頭痛が消えていく。


「頭が急にガンガン痛んだのはそのせいで……。黙って受け入れるしかないわけですね」


「物分かりがいいわね。まあ、私もちょっと失敗して魔力の一部を分け与えてしまったようだし、悪いようにはしないわ。あなたが酷い苦痛を受ければ、私にも悪影響を及ぼすかもしれないし。ま、契約満了までよろしく、アラン」


「は、はい。こちらこそよろしくお願いします……」


 セシリアに気付かれないように溜め息をくと、アランは港町マリノアへと先導を始めた。


 ◇ ◇ ◇


 道すがら、アランはセシリアに問われるままに、身の上を語って聞かせた。


「ふ~ん。村を飛び出して冒険者を目指してるの。まずはその格好をどうにかしないとね。あさの服1枚の冒険者なんて、見たことも聞いたことも無いもの。……ブフッ! あまり並んで歩きたくはないわね」


 口を押さえつつ噴き出すセシリア。高価そうな金属製の全身鎧をまとうセシリアと貧相なアランでは、比較にならない。


(ううっ、言い返せない。優しい言葉なんて期待はしてなかったけど)


 悔しさのあまり、セシリアに見えないように拳を震わせるアランであった。やがて町の外壁と西門が見えてくると、アランが一旦足を止めた。激走したおかげで予定より早く帰り着き、まだ日暮れまで時間があった。


「何で止まるのよ」


「えーと、セシリア様は通行証とかお持ちですか?」


「……無いみたいね」


 あちこちまさぐった後、セシリアは小首を傾げた。


「どうします? そんなに人の出入りに厳しい詮索はしませんが、通行証が無いのはまずいですよ」


「心配しなくていいわ。何とかするから。あと、敬語は使わなくていいわ。こそばゆいのよね、あんたのその口調。特別に対等に接する事を許可してあげるから、今から呼び捨てで構わないわよ。ありがたく思いなさい」


 ビシッと指を差され、アランは少したじろいだ。


(こ、この女! 無理矢理変な契約をした上に、恩着せがましく言いやがって!)


 右眉と頬をピクピクさせながら、アランは不自然な笑みを見せた。


「ま、まずはこの集めた薬草を売って、ひとまず家に帰るんで」


「ふーん、薬草をねえ」


 セシリアは薬草の入った袋に勝手に手を突っ込み、ガサガサと漁った。


「あんまりいじくり回さないで欲しいんですけど」


「分かったから先に行ってて。連れだと思われたくない」


 もう興味を失ったのか、袋の口を結ぶとポンと投げ返した。


(こ、こいつ……!)


 言われるがままに、アランは西門へと向かった。高さ3メートル程の石膏で塗り固められた白壁が、町をぐるりと囲んでいる。門番を勤める町の衛兵が、アランの帰還をからかった。


「おう、朝の麻服少年。薬草は採れたのか? モンスターに遭遇して小便ちびったろ」


「変な呼び方をしないで下さい。平気ですよ。薬草もきちんと採取しました!」


「おう、偉い偉い。わははは!」


 アランは一応通行証を呈示して、銅貨を3枚渡して門を通過し、少し先でセシリアを待った。ふと様子を見ると、2人の門番が槍を交差させ、青黒い鎧の少女の行く手を阻んでいた。


「大丈夫かな。まさか強引に突破して騒ぎを起こすんじゃ……」


 アランの心配をよそに、セシリアは門番に何か耳打ちすると、あっさりと通された。悠然と歩いてくるセシリアに、アランが駆け寄る。


「どんな手を使ったんだ?」


「別に大したことじゃないわ。さあ早く行きましょう」


(……不安だなぁ。この先、何かとんでもない出来事に巻き込まれそうな気がする)


 胸中穏やかでないアランが数歩前を案内する形で、2人は町の中心部へと進んでいった。

明日も17時過ぎに更新します。いよいよ次回は始まりの町です。新たな騒動が……?

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