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神様、今日も頭が痛いです  作者: 安東盛栄
第1章 港町・マリノア
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第13話 ピケ島調査

 翌日の昼前、いよいよピケ島の調査へ向かうため、聖天馬騎士団ロベルトとの待ち合わせ場所に赴いたアランたち。そこはアランとセシリアが居候いそうろうする酒場からも良く見える、歩いて10分位の埠頭ふとうであった。


 南方交易路の大型帆船が横付けする巨大な埠頭の端で、アランは湾内にある目的地の島影を、なんとなく見ていた。肉眼では問題の公爵の別荘までは確認出来ない。


「邸内にどんな高価な品々があるのか、わくわくしますね!」


 ステラがやけにウキウキしているので、アランとセシリアは不審に思った。


「金目の物に興味があるの? 聖職者からかけ離れた俗人ぞくじんぶりね、ステラ」


「大貴族の別荘を訪ねる機会なんてそうそう無いけどさ……どうしたの?」


「院長様がおっしゃったのです。『デール公爵はケチで、ろくに寄付もしてくれない不信心者。これを機に、高く売れそうな調度品の1つや2つ持ち帰っても、神はおゆるしになります』と! ですから、私は一番高そうな品を物色……いえ、吟味しなければならないのです!」


 アランの問いに対し、ステラは拳を震わせ、使命感に燃えた顔で力強く答えた。そして波の寄せる埠頭の端ギリギリに立ち、島へ熱い視線を送り始めた。後ろで束ねた栗色の髪が、潮風で揺れている。


僧侶プリーストに成り立てのステラに盗みを指示するとか、フィリス教ってどうなってるのよ。それともこの町の修道院長が欲深いクソババアなの?」


「シッ、セシリア、もっと声を低く。フィリス教や院長をけなしたら、ダークステラか降臨するぞ。……多分」


「!」


 アランの警告に従って、セシリアが慌てて口をつぐむ。


 ステラを仲間に加えてから10日あまり。アランとセシリアは、ステラが些細な切っ掛けで豹変するのを、何度も目の当たりにしてきた。普段の慈愛に溢れた様子との落差が激しすぎて、困惑を通り越し、背筋が凍り付くのが常であった。おまけに、パーティーを解消しようものなら、何をされるかわからない。


 酒場で酔った時にこぼした「見捨てたら呪うかも」というステラの言葉が、日に日に現実味が増してきた2人。あるいはあの邪悪な状態が、心の底に眠る本性なのでは……と、勘繰っていた。


 ちなみに、フィリス教はアストリア大陸南部で広く信仰を集め、身分や種族を問わず全ての者は平等である、と説いている。少数民族である獣人族や有翼人、更には魔に心を囚われた魔人族も例外ではない。


 かつて大陸北部では、フィリス教から分派したハイト教という宗教が大いに栄えたが、魔人族が北部を席巻した今では、中央部のクバーナ帝国に残るのみである。神を絶対視し、神の祝福を受ける人間のみが尊いという教えで、フィリス教とは相容れない存在であった。


「お2人ともどうしました? 本当の依頼主が誰であれ、やる気を見せないと。元気出していきましょう!」


「そ、そうだね」


 ふと振り返ったステラは、力が抜けたように佇立するアランとセシリアを鼓舞した。アランが愛想笑いをすると、翼がはためく音がして大きな影が地表に落ちた。


 日光を遮断し、アラン達を影で覆ったのは、5騎の一角天馬ホーンペガサスであった。 一陣の風を吹かせてふわりと着地すると、聖天馬騎士団長のロベルトが降り立ち、白い歯を見せて笑った。


「やあ、おはよう諸君。待たせたかな?」


 気さくに声を掛けるロベルトは、はた目には颯爽とした貴公子としか映らない。現に、衛兵が封鎖している埠頭の入口の方で、早くも町の若い娘達が黄色い声を盛んに上げている。


「いえ。大したことはありません」


 ペコリと頭を下げるアランだったが、内心では幻滅していた。昨日の帰り際に、ロベルトが名門貴族の跡取りであるのを知った。それが「美少女を同伴したい」という、ふざけた理由でセシリアを指名した事実と合わせて、ますますアランを失望させていた。


(騎士団長……貴族なんて初めて見たけど、こんな人ばかりだったら嫌だな。もっと立派な、高潔な騎士様に会ってみたいよ)


 そんなアランの冷めた視線に気付かず、ロベルトはセシリアとステラの容姿を誉め称えていた。他の騎士達がざわめく。


「ロベルト様、この少女が本当に星ランクの魔力を有しているのですか?」


りすぐりの騎士である我々でも、辛うじて太陽ランクだというのに……この若さで? 信じられません」


 騎士達が口々に疑問を呈するのが気に食わなかったのか、セシリアは不機嫌そうに1歩前に出た。


「お疑いなら、幾つか魔法をご披露しましょうか? 近隣に被害が出ても、責任は負いかねますけど」


 殺気に似た不気味な冷気を感じ、騎士達が押し黙った。その空気に堪えられず、アランが割って入った。


「あははは! 信じ難いかもしれませんが、彼女が高位魔法を唱えるのも目撃しましたし、魔力計で星ランクを出したのも本当です」


「アランの言う通りです。つまらない言い争いは慎んで下さい。ロベルト様、それより早く調査へ参りましょう!」


「う、うむ。そうだな。セシリアの実力はいずれ拝見するとして……。早速出発するとしようか。セシリアは私の後ろへ。アランとステラも任意の馬へ乗りたまえ」


 アランに続いてステラが仲裁に入ると、ロベルトは愛馬に跨がり、各自にペガサスへ乗るよう促した。アラン達は言われるままに馬の背に乗り、騎士の腰にしがみついた。


 天馬騎士団5騎がふわっと舞い上がったかと思うと、大きく翼を羽ばたかせ、矢のように飛んだ。ピケ島までは、船だと2時間は掛かる距離である。だが、空をかけるペガサスの速さは、地上を駈ける馬と遜色がない。


 一角獣ユニコーンとの合成獣であるホーンペガサスともなれば、それを凌駕する速度で飛び回る事が可能である。ロベルト以下の騎士達は、高度をあえて海面近くまで下げて飛んだ。ロベルトを先頭に、ほぼ横並びで進んでいく。


 海面に5本の白波が尾を引き、水しぶきが上がった。陽光が反射して(きら)めく。


 右側には大陸の海岸線。その景色があっという間に後方に流れていく。


 風を切る音だけが鼓膜を刺激する。


(す、すげえ! なんて速さだ!)


 アランは生まれて初めての体験に興奮し、風をはらんでバタバタするマントを片手で必死に押さえながら、きょろきょろと始終視線を動かしていた。ステラも何やらはしゃいでいる。つい先程までご機嫌斜めだったセシリアでさえ、楽しそうにしていた。


 夢のような楽しい時間は、ものの数分で終わりを告げた。島の直前で高度を上げた騎士団は、南側の海岸近くにあるデール公爵の別荘へと降下した。近くに桟橋があり、庭の片隅には管理人の住居らしい小さな小屋が建っている。


「これは……」


 玄関前の庭先に降りたロベルトは、一言(うめ)いた。公爵に以前から幾度となく「高価な石材をふんだんに使用した白亜の大邸宅だ」と、うんざりするほど聞かされていた。しかしもはや見る影もなく、美しさの欠片かけらもない。


 毒々しい紫色のツタが、壁面やエントランスのひさしを支える柱に絡み付き、妖しげな雰囲気をかもし出している。かつては白やクリーム色の美しい外観を誇っていた2階建ての邸宅は、今やドス黒く変色し、禍々(まがまが)しい瘴気を放っていた。


「管理人が逃げ出すのも無理ないわね」


 セシリアが涼しい表情でポツリと呟く。ステラは雰囲気に飲まれたのか、尻込みを始めた。


「ア、アラン? なんか危険な予感がするんですけど……。思っていたのと大分違います。この別荘、呪われてませんか?」


「こ、ここまで来て、何も調べないわけには……。ロベルト様、どうしますか」


 アランも正直、屋内に入るのは遠慮したかったが、調査隊の隊長ロベルトに判断を委ねた。若き金髪の騎士は、腕組みをしてうーん、と唸った。


「これは想像以上だ。この様相は普通じゃない。デール公爵は少なからず恨みを買っているし、何者かが嫌がらせで、強力な呪術を施した可能性も無くはないが……」


「何をうだうだと言ってるんですか。女は度胸です」


 セシリアは一言気合いを発すると、率先して玄関扉の取手を握った。ガタガタ激しく震動した後、バチバチと弾けるような炸裂音を発して、扉が開いた。


「何だ? ……結界? 封じられた入口をあっさり破るとは!」


 美しいとの評判を耳にし、興味本意で調査隊に指名した冒険者。ロベルトはセシリアの魔力は眉唾物かと思っていたが、認識を改めざるを得なかった。


「何をしたのか分からないけど、さすがだな」


「セシリアならこれくらい朝飯前ですね」


 驚きを隠せない騎士団の5人とは対照的に、アランとステラはさも当然だと言わんばかりであった。セシリアは皆を置いて邸内に入っていく。


「君達! 彼女は一体何者なんだ? まさか本当に星ランクの魔力が……?」


「先程も申し上げましたが、紛れもない事実です。さあ、セシリアに続きましょう」


「う、うむ」


 全員が玄関ホールに足を踏み入れると、セシリアの姿はすでに無かった。屋内はどんよりと空気が淀み、何かが腐ったような異臭が微かに鼻を突いた。壁や天井はすすけたように真っ黒になっている。吹き抜けになっている正面の階段には、赤地に様々な模様が刺繍された絨毯(じゅうたん)が敷かれていた。


「おーい、セシリア! どこだ!?」


 アランの呼び掛けに返事は無く、邸内は静まり返っており物音一つしない。


「お前達は2階を調べろ。何が出てくるかわからん。2人一組になり、慎重にな」


「はっ!」


 ロベルトの部下4人が2階に上がり、左右二手に分かれた。ステラは早くも気持ちを切り替え、持ち帰る調度品を物色しながら左の部屋に入った。


「アラン、君はステラと行くんだ。私は右側の部屋から調べる」


「はい」


 ロベルトと別れてアランが左の部屋に入ると、そこは豪華なテーブルが置かれた食堂だった。あるじのデール公爵が座るであろう、奥の高級な椅子にセシリアが腰掛けて、これまた高級そうなティーカップでのんきにお茶を啜っていた。


 ステラはセシリアを気にもせず、卓上の銀の燭台や、壁際の台に置かれた絵皿、彩飾された大きな壺を一心不乱に眺めていた。


「あー美味しい」


 セシリアがカチャッと音を立てて、カップを受け皿に置いた。更に小皿に並べられたクッキーをポリポリとかじっているので、アランがたまらず注意する。


「セシリア、お茶を飲んでる場合か!? よくこんな状況で、こんな所に置きっぱなしの茶やクッキーを口に出来るな!」


「そんなに騒がないでよ。ちょうど喉が渇いてたんだからいいじゃない」


「よくない! まったく……」


 常人なら手に取る事も避けるだろう。単に図太いのか、豪胆なのか。セシリアの大胆不敵な振る舞いに、アランは呆れ返った。


「はいはい。じゃあ他の部屋を探索しましょうか」


 席を立ったセシリアが、奥の扉から廊下に出ていった。考え事をしているステラの手を引いて、アランも追う。


「異常なし。こっちは台所。ここは応接間。……一番奥は……」


 次々と扉を開けては室内を確認するセシリアが、一番奥の部屋の扉を開いたまま、固まった。どうしたのかとアランが覗くと、そこは公爵の私室らしかった。重厚な机と椅子があり、壁には額縁に入った数枚の絵画、室内は金銀宝石が散りばめられた調度品が所狭しと飾られている。



 綺麗に磨かれた石床の上に絨毯が敷かれ、誰かが横たわっていた。



 腹部や太ももをあらわにした、黒光りする奇妙な革服を身に付けた少女。毛先が内側に巻いた赤茶けた髪。床に薄紫の光を帯びた魔方陣が浮かび上がる。


 少女の瞳が静かに開いた。むくりと上半身を起こす。その顔を見て、アランは仰天した。


「……ハンナ? ハンナじゃないか!」


 紫の瞳を妖しく輝かせたハンナは、すっくと立ち上がると、口を歪めてわらった。

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