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古今幻想物語

人世は既に魔境の中

作者: D.D

 世の中とは鬱蒼極まりない、誠に不愉快だ

 誰も彼もが欲ばかりに眩んで蹴落とし合うさまなど醜悪というほかあるまい

 貶め合う事でしか保てない誇りはまったくもって贅肉でしか無い

 古今東西の人間社会はいつだって変わらない、言うまでもなく愚かだ

 何より憎たらしいのは我自身にも当てはまることだ

 だが、だ

 そんなことを虚無に返しても陰鬱なことがある

 そう、今この瞬間にも鳴り響く鐘の音

 まるで忌々しい教会だ、侵略者の鐘の音だ

 一刻の時が過ぎても鳴り止まない、根性は認めざる終えぬ


「ぶつくさポエム垂れる前に出迎えしろ、厨二人狼」

「ぬぐっ! 貴様、我が鉄壁の錠をどうやって!?」

「こちとら二十年呪術師やってんだ、解錠の呪い程度とうの昔に使えるわ」


 忌々しい銀の武器なしに我が体を傷つけるとは中々

 貴様自身数多の呪いを受けながら健体を保つその手腕、やはり


「だから痛々しいポエムを流すのは止めろ、駄犬」

「がほッ! 二度も蹴ることはないだろう、我が同志よ!」

「やかましい、今何時だと思っている、さっさと支度しろ」

「しばし待たれよ、同志東上雅治 我は未だ倦怠の呪いにかかっているのだ」

「おい待て 今昼だぞ、何をしていた?」

「宿敵クルドアと異界の武器を用いて決戦を……待たれよ!? そのちっこいのは銀弾であろう! この国では……!」

「徹夜でゲームとはいいご身分だな? 俺の依頼よりもずっと大切だったんだな?」

「し、しばし待て! 支度は既に出来ておる! 我は常に勤勉なる人狼なのでな!」


 危急のときは過ぎ去った

 吸血鬼クルドアとの戦いは千年来の宿敵だが近年はその激しさはより苛烈なものとなっている

 それこそ我が眼前にいる同志の呪術がなければ隠すことすら出来ないほどに


「いざ往こうぞ、時は待ってくれないからな」

「はぁ、こんなのでも数少ない純粋な人狼とは残念極まる」

「してクルドアは何処いずこへ? 我と同じ使命であろう?」

「とうの昔に所定の場所で待機済みだ」

「なぬ!? 彼の者は闇に連なるもの何故なにゆえ陽の下に目覚める?」

「最近の日焼けクリームは紫外線をかなり反射するからな、それよりも昼でも強い人狼がなんで夜型なんだ?」

「我は彼の者ではない、間層の賢者より作られたこの特異点では常人ですら我が身が見える、それは我にとって忌々しいことだ」


 我がその疑念を口にすると同志は内なる袋から一枚の紙を取り出し譲り渡した

 東洋の呪術の匂いがするそれに珍妙な薬の匂いも

 幾度か同志に頼んだときに時折用意しているものだ


「中国の符だ、姿を人間にする呪いを幾つか付与している袖の下に張っておけ」

「この匂いはなんとかならないのか、鼻が捻れてしまう」

「我慢しろ、念のためにクルドアさんにも渡してある」

「承った、つかぬことを聞くが宿敵には何ゆえ敬称をつけて我はぞんざいな呼び方なのだ?」

「自分の生活省みろ」


 この符術我が予想していたよりも遥かに効いておらぬか?

 肉体そのものが変わったような気がしてならぬのだが

 同志の使う呪いは我々二層の者たちでも理解しきれないものが多い

 同志はそのことを浅く考えすぎている

 ――――もまた類稀な賢者であるということを


「どうも東上雅治さん、それと遅かったですねヴォルフガング」

「宿敵クルドアよ、何故厚着なのだ今は熱き季であるぞ」

「真祖だからすぐ日焼けするぐらいだろうがクリームでなんとかなるんじゃなかったのか?」

「そうなんですがねぇ、どうやら何処かで教会が関わったのか逆に焼けるんですよ」

「あの忌々しい亡者め、どれだけ我らを愚弄すれば気が済むのだ!」

「はいはい、クルドアさんあとで調合しておきますね」

「助かります、代わりに足りないとおっしゃってました塗料を持ってきますね」


 然るべき地に赴く間に特異点に住まう同胞たちの事を語らい

 人間どもの言うサバトと魔術師協会の妙な動きについて考察をした

 かの賢者の眼は従いし者に受け継がれる定めというのに醜穢な


「着いたぞ」


 眼前には岩と水晶の塔がそびえ立っている

 それだけならば一層には数多く存在するのだがこれは大いに違う

 まずその巨躯、ティタンよりも遥かに大きいにも拘らず微動だにもしていない

 その入口には耐えることのない人、太古に見たドラゴン討伐の古兵たちよりも多い

 もしも今もなお神が健在だとするのなら神罰を下すことは間違いなかろう

 どこぞの木っ端が神は死んだ、我々が殺したのだ、と宣ったがあながち間違いないであろう


「この塔は如何な組織の所有物か?」

「高いですね、光が反射して日焼けしそうです」

「俺も初めて見るが壮観だな、人間社会を牛耳る力がありながらそんなこと端から考えてない連中が作ったとは到底思えんな」

「妙ですね、こちら側に突っ込んでいる気配はするのですが」

「うむ、周囲のどこを嗅いでも入り込んだ輩が一人もおらぬ」

「そうなのか? よく耳にはするがそういう会社ぐらいあるもんだろう?」

「否、如何なる場においても二層に傾倒した者は必ず一人は居る、ましてや……」

「ましてや数千人もここを通うのでしょう? 百と言わずとも数十はいてもおかしくないのですが一人もいません」

「道理でオカルト板に齧りついてる奴らしか察知できなかったのか」

「……我の台詞だぞ」


 如何なることを加味したとしてもここに座するやつは我々を知っている

 しかしあまりにも異常、十字を掲げた蛮族達と相対したときよりも危険だと我が本能が呼びかける


「ギアライフ社、魔法無しに押し上げた大企業とは有名な話だが今になってこの世ならざる者を追求する理由はなんだ?」

「そういえば詳しいことは聞いていませんね、どうしてついてくるよう依頼したのですか?」

「何より直接転移で向かえばよいではないか、態々都市を幾つか跨いで尋ねることもないだろう」

「そういえば行ってなかったな、今回の依頼主は道化のアルベリヒ、またの名を妖精王オベロンの依頼だ」

「な!?よく無事でしたね!? と言うよりよく依頼まで持っていけたことにびっくりです」

「散歩の道楽感覚で三度殺されかけた、二層の深いところに住まう奴らはこれだから苦手なんだ」

「王は我らよりもより奇跡に親しいものに属する、普遍に位置する我らが智で到底叶うはずもない」

「そうだ だからこそ、人間に気をつけないといけないというのに尊大すぎるのも考えものだ」

「同志も気をつけろ、精霊が見ているとはすなわち王も見ているということ」

「あー怖 で依頼内容だが簡単だここのトップに話をつけて彼の使いの追跡をやめさせるということだ」


 やはりと称するべきかさすがと呆れるべきか

 矮小な奴らこそ強大な奇跡を御する

 我が同胞も幾度も殺され数を減らしてしまった

 今でこそ憎しみは薄らいだがこの愚行を見ると散らしたくなってしまう

 さもなければ王直々に玩具とされてしまうのは必至だろう


「だめだぞ、協会にうるさく言われるのは俺なんだから」

「その程度理解は容易い しかしこれもまた妙だな そうであろう宿敵クルドアよ」

「そうですね、二層を見ることが出来ない彼らにアルベリヒの従者を追えるはずありません、それこそ間層の賢者でもない限りは」

「完全な科学で魔法が感知出来るとは俺も思ってはいないが実際にできてるんだ、どうにかするしか無い 主に俺の命のために」

「あ、やっぱり命握られているんですね 逆に安心しました」

「絶対に遂行してやつの住んでいる国がアヴァロン島か常若の国か白黒つけさせてやる」


 命を弄ばれようとも意思を貫くその姿勢、常々感心する

 されど同士よ、我らが王は王であるがゆえにその場が国であり謁見の間なのだ

 そして我は魂に刻まれた結びの下においてこれを明かすことは許されない


「で、東上雅治さんどうやって会うんですか?」

「そのへんは抜かりない、ちょっと手紙を送っただけだ それにもう気づかれてるだろうしな」

「どういう意味だ? 何度も言うが一層の連中に魔法の感知はできぬ」

「それは同意だ、だが無いものが現れるというだけならどうだ?」

「最近監視カメラが増えていますね、私は服しか映らないのでそれも兼ねて厚着です」

「だが待て、それを避ける為手間を取ったのだろう?」

「ああ、そうだ 奴らだけに気づかせる(・・・・・・・・・・)ためにな(・・・・)

「私達が言うのもあれですが化物ですか?」

「少なくとも命知らずな連中なのはわかっている ほら見てみろ既に待ち構えてるぞ」


 同志が指差した先には黒い装束を着た赤茶の髪をした女が我らを見ている

 その女の方に我々は向かうとそれほど近づいていないにも関わらず踵を返して塔に向かって行った

 案内のつもりなら不遜にも程が有る


「どうやら向こうも極秘で動いていたようだな、付いていくぞ」

「こちらが気付いたのすら把握されてるとは薄ら寒いものが有りますね」

「魔術師的に言うとここは完全に奴らの拠点だ、そこらじゅうで監視されているだろう」

「絡繰り仕掛けとは忌々しい、何処にあるのかすら判らぬ」


「裏口にだけ警備を置いていない、徹底しているな」

「いやいるにはいるみたいですよ、戻ってくる気配があります」

「我らが来るタイミングすら見図るとは一層も中々侮れんな」

「招待を無碍にするわけもいかないな、警戒しながら進むぞ」

「なあ同志よ、科学というのはここまで人を誘導できるものなのか?」

「どういう意味だ?」

「外では幾千の人が行き来している、それなのに誰ともすれ違っておら(・・・・・・・・・・)()

「……専門的なことは知らないがここまでのことを魔法抜きでできるやつは知っている」

「誰なんですか?」

「ここの創立メンバー七名、その全員が何かしらのエキスパートだ」

「成る程、どうやら我らは奴らを見くびっていたようだ 逃げることは叶わぬだろう」


 どうやら塔の中心まで誘い込まれてしまった

 だが我らもできるだけ人目を避けねばならぬ、背後から常人が迫っているのを匂いで感じ

 退路はすでに断たれたと見るべき

 一層のものでもここまでのことが出来るとは予想だにもしなかった

 幾階も昇り降りをしようやく女が立ち止まった


「こちらの部屋でございます」

「ご苦労というべきか? 彼ら全員いると見ていいのか?」

「坂口様、佐々木様、渡辺様そしてヨミキリ様は申し訳ございませんが外出中でございます」

「こちらもアポなしできたんだ、三人いるだけでもよしとするよ」

「ではお気をつけて」


 金属の扉の先に居るのは到底常人と言える人間ではなかった

 一人は全身深紅の絡繰り鎧をつけた人間と四肢が絡繰りにすり替わっている男

 そしておおよそ人の形をしたナニカだ

 他二名はまだ一層のものだと理解できるだがこの女はなんだ!?

 間層の賢者でも同志でも感じたことがない底冷えするこの人間、否!

 化物だ、我が本能が警鐘を鳴らしている

 宿敵クルドアも冷や汗を流している

 同志は寧ろ噛みしめるように笑っておる


「どうも初めまして、忙しい中時間を割いて頂きありがとうございます」

「いやいや、ちょうど暇していたからね 他四人が来れないのはこちらから謝罪するよ」

「ではそれでお相子ということで」

「そうだね、飲み物はどうだい? なんなら食事も出すよ?」

「いえ結構時間はなるべく撮りたくないので お互いに」

「じゃあ、本題にはいる前に自己紹介でもする?」

「私たちは貴方がたのことをよく存じています、それは貴方がたがよく理解しているはずです」


 他の二人は話し合いだというのに我関せずと寛いでおるな

 妙なことをしでかさぬように見張っておかねばならないか


「そうだね、じゃあ単刀直入に聞くけど何を止めに(・・・・・)来たんだい?」

「よく理解しているではありませんかそれを止めに(・・・・・・)来たんですよ」

「飽く迄も自分の口から言いたくないのかい?」

「既に解りきっていることを改めて聞くほど互いに幼稚ではないでしょう?」

「では東上雅治とうじょうまさはるさん、僕達が確認した精霊と呼べるものの追跡を止める気はないと言っておくよ」

「ひがしのうえ、である」

「何?」

「ひがしのうえまさはる、それが同志の名だ 間違えるな」

「失礼、次は気をつけるとするよ」

「ではこちらもこれ以上それに関わるのは止めていただきたい、お互いの身の安全のために」

「僕らがそれに従うメリットは? 身の安全というだけで止めるほど僕らはふざけていないよ」

「なんですって?」

「リスクなんてとうの昔に覚悟はできている、その程度のことで怖気づくほど臆病じゃないと言っているんだ 君はどうやら臆病みたいだけどね」

「貴方がたが追っているものは貴方がたでなんとかなるようなものではありません」

「それを決めるのは俺らだ、君らじゃない」


 人間ごときが我の肩に腕を乗せるでない

 しかしここで我が交渉を台無しにすることは出来ぬ

 次回はないと思え


「だから改めて聞くよ、僕らが引くメリットは?」

「……恐らく無い、但し私たちは私達の規則があるのです」

「知りもしない僕らが従う理由はないね、そうだろう?」

「大体貴方がたが追うメリットはなんですか?」

「それはもちろん世界平和さ、知っているだろう」

「それで納得しろと?」

「勿論、と言いたいけど君たちを見るとできないみたいだ じゃあこう言おう」


 我々は気づけなかったそのナニカの眼が見通すような青い目から挑戦的で面白がるような目に変わったことを

 寛いでいたと思っていた二人がすでに我々を抑えていたことを


「君たちの持っているその魔法とやら僕らのために全て貰い受けてあげよう」

「動けないだろう? これは特注の義肢なんだ、いくらすごそうな筋肉でも動かせない」

「脳みそをぶち撒けられたくないなら動くな、汚すのは面倒なんだ」

「そういえば君はその精霊に難儀してたんだよね、代わりに殺してあげるよ」


 抑えられているそれだけで動けぬとは!魔法無しでここまで圧倒できるとは!

 一層だから我らに叶うはずもないとは思っていたがどうやら見縊り過ぎていたようだ


「君たちはどうやら科学を馬鹿にし過ぎる節があるようだ だからここまで追い詰められるまで何もしない、違うかい?」

「あー、そうだな とりあえずコーヒーを貰っていいか? 喉が渇いたんだ」

「よくもまあ、のんきだね お連れの人が人質になっているんだよ」

「あー敬語も固っ苦しいな、交渉できると思ってきてみればいい誤算だ」

「ここが日本だから滅多なことが出来ないと思うのかい?」

「別に?あんたらのことだどうせ俺たちなんか簡単にもみ消せる そのための誘導なんだろ?」

「わかっているじゃないか」

「で、君らが奇跡を手にすることを許容するメリットは?」

「そうだねぇ、君の住んでいるマンションの安全は少なくとも保証するよ」

「つまり、追跡をやめるって言うことか話が早くて助かる」

「何を言っているんだい?僕らは君の家を守ると言っているだ……」

「言い方を変えよう 俺らはただ神秘に触れただ支えてもらっているに過ぎない、それを傲岸にも奪い取ろうだなんてそんな愚行俺らが許すとでも?」

「話が通じないようだ、仕方ない木下くん死なない程度に……」

「ヴォルフガング、符を外せ殺すなよ」

「了承した」


 肉体が変えられ人並みになるのは思いの外苦になるものだな

 こんな軟な体でよく生きていると驚嘆する程度には

 我が肩を押さえつけるとはそんな不届きな四肢なんぞもいでくれる!

 予想より遥かに強靭であるとしても所詮は人が作るもの

 我が力に及ぶことなぞ有りえぬ


「痛!?神経干渉オフ!パージだ!」

「逃さぬ、生殺与奪握らせてもらう」

「ははっ!まさかヴァラヴォルフ!実在してたなんてねぇ」

「笑ってないでどうにかしてくれよ!四肢もがれちゃ流石に俺何も出来ねぇよ!」

「赤くん、一応撃ってみて」

「……」

「赤くん?」

「すいませんね、この御方既に魅了させていただいています」

「今度はノスフェラトゥか!すごいなぁ、戦い合わないのかい?」

「最近は徹夜でゲームがブームだそうだ」

「それはまあ毒されてるね」

「で形勢逆転だがそれでも引かないのか?」

「どうして?ようやくイーブンにな(・・・・・・・・・・)ったのに(・・・・)引く理由が何処に?」


 ぐぅ……視界が歪んでいる?

 何もされておらぬのに……

 いや、すでにされ……て……


 □■□


 さて、状況は最悪と見ていい

 太古から生きている純粋なライカンスロープも真祖たる混血の吸血鬼もやられるとは……

 木下氏は四肢をもがれて事実上の戦闘不能、七人の内名称不明の一人の赤鎧はまだ魅了による意識混濁少なくとも今日一日は使い物にはならないだろう

 本当にイーブンだな

 むしろまたイニシアチブを取られたと見るべきか

 いつの間にか目の色が変わるとは二層出身の可能性もあるな


「おかしいね、他二人は眠ったのにどうして君は眠らないんだい?」

「はあ、少なくとも二層に片足突っ込んでいるなら教えない訳にはいかないか」

「へえ君たちの居るところは二層と呼ばれているのかさしずめ僕らは一層ということかい?」

「ああそうだ 改めて自己紹介する小説家兼呪術師の東上雅治だ」

「ふむふむ歩み寄るその心構え好印象だよ」

「黙れ、本当は二層に引き込まれる人間はいないほうがいいんだ」

「それでその呪術で薬を耐えたのかい?」

「そういう捉え方で構わない、これ以上厄介事を起こしたくないから引いてくれないか?」

「君は人の話を聞かないね、嫌だと言っているんだ」


 現状使える符の数は6枚

 夜なべして創った魔術書一冊

 これでも過剰と思っていたが想定外だったな、寧ろ全然足らない


「どうやら俺たちは一層のあんたらを見下してしまってたようだ」

「こっちこそただ古いが取り柄だけな連中だと下してしまったよ」

「とんだ貧乏くじを引かされちまったようだ、実に不愉快だ」

「見逃してくれるとありがたいけどダメなんだね?」

「ご生憎心臓を掴まれてるんだわ、文字通り」

「それ検査してみたいね、協力してくれる?」

「嫌なこった!」


 会話に集中させている間に符をテーブルに貼り付け発動させる

 眠りを誘発させる効果を持っているから抵抗は難……何?

 一回こっきりのやつは燃え尽きるように演出してあるが一向に燃えないだと?


「案外効くものだね、調べ物をはやはりするに限る」

「加湿器……やるじゃないか」

「お褒め頂き結構、今度は肉弾戦? 華奢に見えるけど結構やるよ」

「敵さん応援するわけじゃないけど、受け流し半端ないぜ」

「塩を送らないでくれないかな、挑発してたのに」


 やるか馬鹿、肉弾戦は専門外だ

 まったくあの時といい今といい平穏は何処へ行ったのやら

 その上嘆くことも出来ないとはクソッタレだ

 ……全く対抗手段を講じすぎて気づけなくなってたのは手痛いな

 犬は変身させたせいで感じ取れず、クルドアさんは厚着のせい

 それに加湿器と見えないフォルム

 微量ながら睡眠薬を混ぜてたのか

 案の定彼らは解毒薬を服用済みってわけだ

 どう考えても手紙送ったせいで感づかれたな


「手紙送らなきゃよかったか!」

「今更気がついても遅い、よ!」


 すばしっこいな!?それに急所を的確に突いてきやがる

 符で強化しなきゃ弾くのも辛いな!

 持続型が使えたのは幸運だな


「つか、何故戦わなきゃならん!?」

「そう言いながらも臨戦態勢だったじゃないか」


 ――ッ!

 こいつ弱いくせに力の使い方が上手いじゃないか

 そこの変身できない純粋狼男よりだいぶ強いじゃないか!?

 使えるのは直接貼るタイプの一枚と切り札の魔術書

 符は相手がすばしっこいせい上に掴んだ途端崩されるから無理

 魔術書も準備に少しかかる

 万事休すか

 俺一人でも逃げるか? いや逃げた所で死ぬだけか

 これは仕切り直しということで交渉……無理だな


「逃げようとしても無駄だよ、ビルのちょうど中心だからね」

「そりゃご丁寧なことで!」

「褒めても何も出ないよ、降伏するなら……」

「嫌だね、褒めてでないなら出すまで! 準備OKだ博士!」

『アイアイサー、三大怪物とかまるで昔の漫画だね』

「え何何? まさかフランケンシュタインも!これは驚きだ!」


 一つ訂正しなきゃならないな現状使えた符は6枚

 準備と時間がかかる座標指定用の特製符は18枚そして隠蔽特化の特製符68万枚以上

 このビルを中心点とした一辺30kmの四辺を囲んだ超大型符陣

 大規模な癖に効果は強制睡眠という規模の割にはチンケだが効果を一つ変えるだけで大惨事を招くほどだ

 金も消し飛んだしな!

 もう一度言おう過剰と言うしかない量だがある意味足りなかったと言うべきだ


「これでチェックメイトだ」

「何をするかわからないけど、どうやら一番見縊り過ぎていたのは……」

「当然お前だ馬鹿野郎!」

「イタタ、ヨミくんいきなり何すんのさ! てか帰ってくるの明日じゃないのかい!?」


 忽然と現れた銀白の絡繰り鎧をつけたそいつに呆然した

 どうやってやって来たかなどという疑問は些事だ

 はっきり言ってどうでもいい

 そんなことよりも個々のメンバー誰も彼もおかしくないか?

 ネットで見たときにはわからなかったがこうして実物を目にすると分かる

 コイツはその女よりも本当の意味で人じゃない(・・・・・)

 女が人から生まれた化物なら、この男は人から作られた化物だ

 俺たちいや錬金術師が目指す禁忌の一つそのものだ


「ホムン……クルス、生で見るのは、初めて、だ」

「なんだって? 何だそいつは……というかそこで寝てる毛むくじゃらはなんだ?」

「ち、ちちょちょちょおおおおおと東上さんちょっといいかい!!?」

「うお!何だいきなり!?」

(彼はまだ自分の秘密を知らないんだ余計なことを言わないでくれるかな!?)


 何だ? 余裕そうな素振りが一点として慌てだして

 出自を知らないホムンクルスとか聞いたこと無いぞ

 ましてや二層を知らないやつなんて……ああそうか

 科学寄りで作り出したというわけか

 こっちじゃ錬金術は風化したと思っていたが存外続いているものだな


(ああもう、このくらい予想できたと言うのに!なんで急に帰ってくるのかな!」

「妙なことをしているとシクレットから聞いたからな 赤いののバイザーにハッキングさせてみるとたしかに妙なことをしていたしな こいつ服しか見えんぞ、透明人間か?」

『東上雅治氏?起動するのしないの、どっちだい?』

「ちょっとまて あんたは記憶違いじゃなきゃヨミキリか?」

「ああそうだが、お前こそ誰だ? ひがしのうえ……三文字か?」

「二文字だ、じゃなくて何故そいつを止めた?」

「何を馬鹿なことを言う、大馬鹿が大馬鹿なことをしでかしたから鉄拳制裁したんだ文字通りな」

「痛いよ、僕だって軟なんだ心も体も!」

「うるさい、それよりこの状況は一体何だ?」

「精霊に対する追跡をやめろってさ で決裂してこんな有様」

「木下……完全に五体不満足だな」

「予想以上にこいつの筋力すげーんだもん、おっさんびっくりした」

「で赤いのはどうして直立不動なんだ?」

「吸血鬼の魅了だ、一日経てば治る」

「よし把握した、無条件に追跡をやめることを保証しよう」

「は?」


 こいつら一枚岩じゃないのか?


「ちょっとヨミくん!?そりゃないよ!」

「それはこっちの台詞だ 言ったよな手を引けと言ったら引くと」

「もう少しでやり込めそうだったんだよ…………向こうのほうが上手だったけど」

「お前が?珍しい で了承したにも拘らず破ったのか」

「だってこんなチャンス滅多に無いんだよ!」

「滅多なことで大惨事を招きかけるなバカタレ」

「あー一ついいか?」

「なんだ?」

「痴話喧嘩するなら帰っていいか? 話は後日でクタクタなんだ」

「これは失礼した、全員家まで送らせよう」

「それは結構だ、落書きしてもいい部屋はあるか?」

「隣の部屋を使ってくれても構わないがどうするんだ?」

「後日話すが紹介する組織で詳しいことは聞いてくれ、もう疲れた」


 あーなんか醒めた、異常にアドレナリンが出た感じだ

 賢者相手も面倒だがこいつらも面倒だ

 あー平穏が欲しい、物語に関わりたくない

 転移の魔法陣完成っと、先に二人を転送させるか


「これはまた異様だな」

「別に二層に関わるのは仕方ない、なるたけしないのが理想だが」

「存在自体は知っていたが実際目にするとは思いもしなかった」

「一層の人間は皆そういう、かくいう俺もそうだ」

「どうしてこんなことを、と聞いても?」

「資料漁ってたら、本物に出会っちまってそっからズルズルと」

「それは災難だな」

「お前らもだ、今引いてよかったな 死ねずにおもちゃにされるところだったぞ」

「なんだって?」

「この世ならざるものには気をつけろ、あいつらと俺らの感性は次元が噛み合っていない 下手な好奇心は恐ろしい結果しか招かない」

「だが関わることを許したふうな口ぶりなのは?」

「魔術師協会やサバト連中はまだ浅いからいいんだ、深入りすると俺みたく無事じゃすまない」

「そうは見えないが」

「神道、符術、漢方、呪術、魔術、魔法、伝承、精霊」

「何?」

「これを使ってようやくチャラに出来る呪いだ、長くは保たん」

「……それは」

「身から出た錆だ、こうならないようにしてやったんだ感謝しろ」

「あ、ああ」

「さて俺は帰るが、もう一つ言ってやろう」

「なんだ?」

「もう少し自重しやがれサイファイ野郎ども!!」


 座標ミスはなし、無事転移できた

 エントランスの窓から見える光からすでに夕暮れ時であることが伺える

 妙に長い一日だったな

 二人は既におらず、椅子に腰掛けて座っている老女もといこのマンションの大家だ


「で、どうだい?」

「ドタバタはありましたが手を引くそうです、正式の契約は協会に一任します」

「で、どうだい?」

「……正直相手を見誤ったというほかありません、あそこは魔境でした」

「ふん、あいつらは役に立ったかい?」

「牽制程度には成りましたが、肝心な所で抑えられてしまいました」

「怪我がないだけマシだよ」

「もう少し即興性のある魔術を習わないといけないのを痛感しました」

「だろうね、あんたは受け身になりすぎ もう少し賭けをしな」

「お断りです、人間で有り続けたいで(・・・・・・・・・・)すから(・・・)

「いいかい――――、タイティニア様も古のドラゴンも頼めば解いてくれるんだ」

「分かっています、だからこそ罪は背負わなければなりません」

「はあ、今日は寝な 疲れたろう」

「クタクタです、それではまた 師匠」


 後日協会からの感謝状という名の小言が来た

 知識の吸収率半端ないそうだ、ざまあみやがれ

 それぐらい許してやろう、もっと大革命が起きるだろうからな 双方ともに

 それと妖精王の呪いも解かれた、タイティニア女王に叱りつけていた

 妖精王の国も結局はなく、それに同情してくれたのか

 今回使った符の損失分を軽く賄えるだけの黄金と乾燥させた草花などを貰った

 これからは一層の人間相手でも警戒するそうだ

 全くちょっとした散歩がここまで大事に発展するとは……

 全く何処もかしこも魔境ばかり

 あー平穏は何処へ


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