タテイシさんのおはなし
「妄想みたいなことをしたいと思っていた頃に比べれば、ずいぶんと安定したもんだなと思うよ」
タテイシさんは言った。かつて、未知の力を手に入れて、魔王を倒すことに。
世界を救うことにあこがれた少年は、つい最近の仕事の話とか、家族の話をした後、そう言った。
「そんなものは有り得ないんだって、思っちゃったんですか?」
ボクは、何となく悲しさを覚えてそう聞き返した。『有り得ない』なんて言葉一つで、確かにそれこそ有り得ないことだとしても、切り捨てることは正しいことだろうに、どうしても悲しくなってしまったのだ。
それは、自分自身があいまいな存在だからだろうか。
「やっぱり、そう思うかい? まあ、そうなんだけどね。私は子供の頃、ゲームの主人公に憧れててね。こ
の世に一つしかない特別な力を授けられて、世界を救うっていう自分にしかできないことをするんだ。そりゃ自分の生きてる理由なんかを、なんとなく考えてしまう頃の私は憧れて当然だったと思うよ」
唯一の、存在。自分の存在理由。
「小学校の頃はまだ良かった。それこそごっこ遊びも友達としたもんさ。俺が魔王だ! 倒してみるがいい、とか、ええい、魔王よ! この聖剣をくらえ! だとかね。だけど、みんなそんなものは早々に『卒業』していったんだ」
目をキラキラとさせて彼は語る。『あの頃も楽しかった』と。
「それでも、私は諦められなかったんだ。いつか、いつの日か、自分は特別な存在なんだから。本当に別世界を危機から救ってやるんだって。それが、今日だったり、しない?」
「しません」
「ハイ」
ちょっと心苦しいけれど、ボクはこの場所の『神様』ではないのだから、別世界に彼を送り出せないのである。
誰に崇められるでもなく、誰の願いも、それこそ自分の願いさえ叶えられない、ただ一人のカミサマ。
でもちょっと自分の憤りを込めてキツく返事をしすぎた気がする。タテイシさんもハイしか言えなかったみたいだし。
……心の中で、少しだけボクは反省。
「まあ、あれだ。でもなんだかんだ言って、中学校も後半になれば受験を意識するし。高校生にもなれば、さらに部活や青春に忙しくなるわけだ。いつしか、そんな夢も薄れていった」
「ぼんやりと、どこかで否定していった、と」
「そういうことになるね。人間、忙しくなれば、考えることを忘れる。忙しくなれば、心を亡くすんだよ」
そんな少し悲しげだけどキザなことを、タテイシさんは少しおどけながら言う。
「でも、それも悪いことじゃない」
「はあ、新しい夢でも見つけられたんですか?」
周りより覚めるのが遅かった夢。それを忘れてもいいと思えるほどの何かが、あったのかと。
そう、ボクは問いかけてみる。というか、急にこんな話されてもこれぐらいしか聞くことないじゃないですか。
「カミさんに会った」
「ボクですか?」
「違うよ。カミサマじゃなくて、カ・ミ・さ・ん」
ちょっと分かってて言ってやった。今回は罪悪感も無い。奥さんのことだとは正直分かっていたけれど、たぶんこの調子だと惚気が始まるんだろうから少しくらいからかっても良いと思う。
「さっき話してただろ? 自慢のカミさんに出会ったのが高校生のバイト先。もう思ったよ。私は世界を救うためじゃなくて、この人を守るために生まれてきたんだって」
ほら始まった。年端もいかぬ少年……でいいか。男女問わず少年って呼び方は使えるんだし。年端もいかぬ少年に、しかも一人で生きている相手にこんな話は正直ないんじゃないかなっ!
「私は、特別な力を授けてもらって別世界を救う夢以上に魅力的な、特別な相手と共に家族を守る勇者になる夢を叶えられたんだ。そりゃこんな夢……っていうと悪いか、この場所に来て昔話をしてしまうくらいだから、少しぐらいは特別な力への憧れはあるかもしれないけど、もう未練は無いよ」
なんてことを笑顔で言われてしまうと、少々のイライラは飛んで行ってしまう。……なんてこともなく、ボクはしばらくの間、タテイシさんの自慢話とも惚気話ともとれる話をいつ終わるんだろうと思いながらも、聞き続けることになるのだった。
その後、タテイシさんは日の沈むころに姿が薄くなり、
「また会えたらよろしくねー! カミサマー!」
と手を振って消えていった。なんていうか、よくわかんない人だった。
初めて人と話をしたのに、久しぶりに話をした気がする。『私』と自分のことを称したり、ボクの声を『出るから』と言うだけで実際に出させてみたり、お堅い人なのかフレンドリーなのか、不思議な力を授けられずとも元から持っていたのかやっぱりよくわかんないおじさんだったけど、そのどれかがボクの心のどこかに触れたのかもしれない。ほら、結局わけわかんない。
さて、明日はどうだろうか。日の出より現れ、日の沈みとともに消えたタテイシさん。
明日もまた、誰かが現れてくれることを祈って眠りにつこう。
だってボクは『カミサマ』。自分の願いくらいは、自分で叶えられますように。