長州の間者
酒で酔ったところを狙われた沖田。
仲間の助けもあり、難を逃れたが、そのことを咎められてしまう。
さらには、度々現れる小童が再び現れ……?
私は大股で、さっさと歩いた。背丈があるほうだから、歩幅が大きいのだ……といっても、そこまで抜きん出て背が高いわけでもないけれども。
「沖田」
「……?」
声を掛けられ、歩きながらそのままその声の主を見た。そして私は、その主の姿を確認すると「あぁ」と笑顔を見せた。
「なんだ、昨日の小童か。どうしたんだい?」
祇園で新見さんを斬った後、私の前に現れた少年が立っていたのだ。歩幅を合わせて私の横に並んでついて来る。小さな身体だ。私の歩幅では、ついて来るだけでも困難だろうに、顔色ひとつ変えずに私の後を追ってきた。
「小童というのは止めていただきたい」
「そうか、それはすまない。何て呼べばいいのかな?」
私語をしながらの巡察というのも、どうかとは思うが、別に疎かにしているわけではない。やはり注意は周りに張り巡らせているし、この少年が賊とも限らないから、いつだって剣を抜けるようにこころの中では準備が出来ている。
それに、いきなり現れたこの少年に懸念を抱く隊士は多い。皆一同、警戒心を持って私の後をついて来ていた。
「秋野孝士」
「秋野さん、ですね?」
今までに挙がってきている長州の維新志士の名前には、聞かない名前だった。無論、偽名を名乗っている可能性だってあるけれども、こんな子どもが長州藩志士だとも思えにくかった。近くで見ると、やっぱりただの田舎武家の子どもにしか見えない。整った顔立ち、色白の肌。女子のような瞳。小童と言われても、仕方がないようにも思える。
「それで秋野さん。私に何用ですか? 私は今、隊務中なんですけど……」
足を止めると、ひらひらと、ダンダラ模様が施されている袖口を見せてみた。どこからどう見ても、新撰組の隊士の証だ。こんなところを京の町のひとに見られでもしたら、この子だって、いい目では見られなくなるだろう。出来ることなら、私たちに……特に、私みたいな幹部には、関わらない方が彼の為だと思った。
「清水さん。すみませんが、先に行っていただけますか? 私も、すぐに後を追いますから」
「え、しかし……」
やはり、清水さんもこの得体の知れない少年を訝しげな目で見ていたようだ。私自身、この少年が何を考えているのかなんて、さっぱりだったから、警戒心を解いたりはしていないし、だからこそ、今なら私ひとりでも大丈夫だと判断したのだ。
今はお酒も入っていなければ、余計なことで頭とこころの中を支配されてもいない。こんな子どもに、もし斬りあいになったとしても負ける気はさらさらなかった。
自信過剰と捉えられるひともいるかもしれないけれども、私は剣の腕だけは自分でも自負出来るほどの信頼があった。
「大丈夫ですよ。 すぐに追いつきますから。屯所で合流しましょう」
「分かりました」
伍長である清水さんが、他の隊士を引き連れて、再び巡察へと戻った。
さて、残された私とこの少年、秋野さんはというと、しばらく膠着状態が続いていた。睨み合ったまま、その場から動かない。これでは、市中の横道で目立ちすぎる。
「秋野さん、話があるのならば手短にお願いします。私だって、忙しいんですよ?」
困った顔をして、私がこの膠着状態の突破口を見つけようと口を開いた。すると、少年は私が今一番触れて欲しくなかったことについて、言及してきたのだ。
「酔いに酔いつぶれた奴の言う台詞か?」
「!?」
このことを知っているのは、新撰組隊士の中でもごく僅かのはず。もしくは、昨日私を襲ってきた浪士たちの一派ぐらいだ。この少年は新撰組隊士ではない。そうなれば、答えは自ずと見えてくる。
「……何者ですか」
私は目の色を変えた。声のトーンを落とし、威嚇するように鞘に手を掛けた。すると少年は、ふっと溜息を吐き、私を路地裏へと誘い入れようと目で合図した。そこに、昨日のような浪士が待ち伏せてでもいるというのだろうか。単独で斬り込みに行って、果たして人数は何人居るのだろうか。いくら剣の腕が立つといえども、ひとりで何十人も相手にすることになったら、分が悪いにも程がある。慎重になるべきだと私は自分に言い聞かせた。
「怖いのか?」
挑発だ。こんな子どもの挑発に乗ってはいけない。この少年は、昨日と同様、武器を見た感じ持ち合わせている様子はないが、この落ち着きよう。先ほどから私は、彼に対して殺気を向けているが、まるで怖気づくことを知らない。ただの少年でないことは知れていた。「……ここで言いなさい。私に、何用ですか」
「……はぁ」
少年は、呆れた顔で再び溜息を吐いた。すると、私が思ってもみなかった言葉を彼は発した。
「俺を、新撰組に入れて欲しい」
私はその言葉を聞いて、どうしていいのか全く分からなくなった。
結局、私ひとりで隊士入隊を決める権限はないのだし、この案件は持ち帰ることにした。あんなまだ少年に、鬼になれと言うのか? そんなこと、私は出来ればしたくはない。それに、得体が知れないんだ。長州の間者だとしたら? ただでさえ、これから芹沢局長を斬るという大きな仕事が待っているんだ。今、近藤先生や土方さんに相談したところで、迷惑をかけるほかない。だから、しばらくは私ひとりで考えようと思った。
ただ、彼が新撰組に入りたいと願った理由、どれほどの剣術の腕前なのか。一切確かめもしなかったのは、私の落ち度だったかもしれない。
「沖田先生、前川邸にて土方副長が御呼びですよ」
巡察を終え、無事屯所に戻ってくると、先に屯所に帰っていた清水さんが私に声を掛けてきた。あえて、なのだろうか。先ほどの少年の話は口には出さない。私が斬ったとでも、思っているのだろうか。
「土方さんが?」
昨日の浪士の尋問が終わったのだろう。きっと、重大なことを私に話す予定なんてないはずだ。重大なことならば、伍長を通さずに私に直接言いにくるからだ。昨日の壬生寺でのように……。私は軽く溜息を吐いた。
「……沖田先生。今日はどうなされたんですか? やはり、どこか具合でも…………」
「いえいえ、違うんです!」
私は全力で否定した。私はこの隊の、この新撰組のムードメーカーだ。いつまでしょげているんだ、沖田総司。そう内心で言い聞かせて、目を閉じた。
「実はちょっと、昨日食べた干菓子がどうもいけなかったみたいで、お腹の具合がわるいんですよ」
そういうと、ふふっと笑って見せ、踵を返して前川邸へと向かおうとした……そのときだ。芹沢先生に呼び止められたのだ。次から次へとお声がかかって、私ってば人気者だなぁ……と、内心で笑った。
「総司、気分はどうだ? 今夜も付き合わんか?」
「すみません。酔うとどうやら私、眠くなってしまうみたいでして。隊務に差支えが……でも、お酌ならばお付き合い致しますよ」
にこりと微笑みそういうと、芹沢先生はやや不服そうな顔をされたけれども、心底気分を害したわけでもなさそうだ。平間さんたちを客間に呼んで、まだ夕餉でもないのにお酒を召されていた。芹沢先生こそ、お酒をいくら飲まれても変わらない。あそこまで飲めるようになれれば、私も楽なのかもしれないけれども、お酒に強くなるよう鍛錬するぐらいなら、剣術稽古に力を入れたいと思った。
稽古場からは、威勢のいい声が聞こえてくる。平隊士が稽古をつけてもらっているのだろう。今日は確か斎藤さんが師範をしている。出来れば私も、後で顔を出したいところだった。頭を使うよりも、身体を動かしている方が性に合うと自分でも思う。
「芹沢先生。後で顔を出しますね」
そういうと、私は前川邸で私を待つ土方さんのところに向かった。八木邸とさほど距離はないから、小走りすればあっという間に前川邸の門だ。私は、土方さんが居るであろう部屋に向かって歩き、扉の前で正座すると、閉じられた障子にそっと手を掛けた。
「土方副長、沖田です。入ります」
そういうと、そっと扉を横にずらし、会釈して部屋の中に居た相手を見た。近藤先生と山南さん。そして、土方さんだ。近藤先生と山南さんは、優しく出迎えてくださったけれども、土方さんは目を閉じ、眉間にしわを寄せていた。まだ、怒っていらっしゃるんだ。黒い羽織を身にまとい、険しい表情をしていた。
「あの…………土方さんが御呼びだと聞いたのですが」
「沖田」
機嫌が悪い証拠だ。私のことを「総司」と呼んではくれない。私は、当然の報いだとしょげた顔を伏せた。
「……何ですか、土方さん」
「昨日の賊は、君に私怨があったらしい」
山南さんだ。やっぱり……と内心で呟いた。明らかに私を狙ってきていたし、私が酔って動けなくなっていることまで察知していた。内部に、間者が居るとしか思えない。探る必要がある。
「心当たりは、ありすぎて分からないんですよ」
「そうだろうよ。ひと斬りだからな、俺たち新撰組は」
土方さんが重い口を開いた。私は、土方さんの方を向いて頷いた。それは肝に銘じていることだし、今更ひと斬りという罪から、逃れようとも思ってはいない。ひと斬りでない私は、もうこの世に存在することを赦されない身でいるのだ。それくらいは分かっている。
「それで土方さん。私に何用でしょうか……?」
土方さんは鋭い眼差しを私に向け、切れ長な目で私を睨んだ。普通の隊士ならば、この脅しだけでもぞっとするに違いない。
「間者を探れ。出来なければ、今度の任務からは、お前を外す」
「えっ……?」
今度の任務。即ち、芹沢先生を斬るということだろう。それから、私を外すというのだ。
別に、芹沢先生を斬りたいわけではない。ただ、それだけ重大な任務から、私だけ外されるということが、耐えられなかった。