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狙われた総司

芹沢局長の機嫌を取るために、酒を飲み続けた総司。

傷はふさがったものの、無理やり飲まされたこともあり、酔い過ぎてしまう。

心配する近藤一派。

そこへ、不穏な影が忍び寄る。

「総司はまだか!」

案の定、芹沢先生は夕餉を召し上がると酒におぼれ、私の名を呼んでいた。先ほどは半ばふざけて女子のフリをして佐々木さんを撒いたけれど、どうやら本当に女子のフリでもしなければならないような場の雰囲気だった。別に、それを近藤先生も望むのであれば喜んでするけれども、私だって武士おとこの端くれ。女の真似ごとが好きなわけではないし、そういう趣味はない。

「参りました。遅くなりましてすみません」

部屋を見渡すと、芹沢先生のお酌にお梅さんが居て、近藤先生と土方さんに斎藤さん、私が声をかけた平間さん、平山さんも芹沢先生の前に座っていた。土方さんはお酒が嫌いだ。やはり口にはしていない様子。それで芹沢先生も機嫌がまた悪くなってきているのかもしれない。本当に、剣と頭は切れるのに、こういうところは不器用な方だと、土方さんに対して思った。

「総司……傷の具合は?」

近藤先生が心配そうに見上げてきたので、私はへらりと笑って額を見せるように前髪を掻き上げた。少し腫れているものの、血は止まっているしもう大丈夫だ。

「この通り、平気です。芹沢先生、私にも一杯くださいな」

笑みを浮かべながら芹沢先生の真正面まですり足で近寄った。そして、その場に正座すると、お梅さんに杯をもらい、芹沢先生に差し出した。

「おう、たんと飲め。総司」

「はい」

下戸ではなかったが、お酒を美味しいとも思わない。ただ、今は新見さんの件を忘れている様子だから、このまま飲み会がお開きになるまで、飲み続ける覚悟ではいた。土方さんの分まで、私が飲むことにもなるのだろう……というか、そうしなければならない。

「芹沢先生、今日は月が綺麗ですよ」

私は一口酒を口に含むと、そう言った。芹沢先生は、私には似合わないことを言っていると判断したのか、大笑いしていた。そんな芹沢先生を見て、私はぐいっと一気に酒を飲み干すと、杯を再び芹沢先生差出し、おかわりをねだった。

「私、そんなに変なことを言いましたか?」

「総司は風情を楽しむより、食い気だろう?」

違いないやと、私は笑った。でも、季節の変わりを感じるこころはあるし、動物を愛でる気持ちだってある。ただ、私に欠けているものといえば、恋慕というものとひとを斬るという罪悪感だろう。


 ひとは、いつか死ぬ。


 死ぬものはきっと、この世に生きる意味がなくなったからなんだ。


 そう思うことにしたら、自然とひとは斬れるものだった。


「沖田さん、飲みすぎじゃないのか」

部屋の一番隅でゆっくりと晩酌をしていた斎藤さんが、私を止めに入った。それほどまで飲んでいたつもりはないが、ついつい芹沢先生のペースにおされて何杯も飲んでいたようだ。こんなに飲んでいては、明日の隊務に差し支えが出てしまう。斎藤さんの言うとおり、この辺で私はお暇するのが無難だと思われた。

 酔ってはいないと思う。自覚がないだけだろうか。そもそも、酔うってどんな気持ちなんだろうかと、芹沢先生を覗き見た。

「なんだ? 総司。もう要らぬのか?」

「芹沢先生、酔うって……どういうことなんでしょうね」

墓穴を掘ったらしい。芹沢先生はにやりと笑みを浮かべると、私の顎を掴みとっくりごと私の口に酒を押し当ててきた。私はそれを、仕方なくごくごくと飲み干す。さすがに効いた。体中が熱くなる。そして思わずむせた。

「せ、芹沢先生っ……酷いじゃないですかぁ」

顔を赤く染めた私は、そのまま次の酒も無理やり飲まされた。流石にこの流れは不味い。頭もぼーっとしてきた。おかげさまで「酔う」というものは分かったけれども、やはりこれではいざというときに剣は持てまい。今後は無茶な飲み方はするものじゃないと、こころに誓った。

「芹沢先生。総司は明日、朝から巡察です。そろそろお開きにしてやってはくれませんか?」

近藤先生だ。ふらふらになっている私を支えながら、芹沢先生に頭を下げてくださっている。私としたことが、何たる不覚。よりにもよって、近藤先生にご迷惑をおかけするなんて。私は、酒の飲みすぎで高鳴る鼓動を恥ずかしく思いながら、そっと立ち上がった。足元がおぼつかない。新見さんは、祇園で飲んでいたのにも関わらず、最期に私と向き合っても、足元は確かだった。新見さんの腕は私より劣っていると測っていたが、こんなときに向き合っていたら、私の方が負けていたと実感した。酒とは怖いものだ。

「総司は本当にお酒が弱いんですよ。ここから先は、私と斎藤くんがお供致します故。歳、総司を前川邸まで送ってやってはくれぬか?」

「あぁ」

ようやくこの場から逃げられると言わんばかりに、土方さんは素早く立ち上がると私の腕を掴んだ。付き合いとはいえ、飲みすぎている私に呆れているのだろうか。土方さんの握る手の力は、思いのほか強かった。腕を強引に引っ張られ、無様にも八木邸を後にすることになる。

「芹沢先生、また明日。巡察が終わったら、干菓子でも食べたいものです」

「やはりお前は、風情よりも食い気だな」

上機嫌な芹沢先生を見て、もう大丈夫だろうと安心した私は、会釈すると土方さんに連れられてそのまま八木邸の外に出た。酔いが回って身体が熱っているからか、夜風がさらに気持ちよかった。

 千鳥足でふらふらと歩いていると、土方さんに後ろから頭を叩かれた。八木邸と前川邸は、そう離れたところではない。けれども、いつ賊やらに狙われるかもしれないのだ。土方さんが怒るのも無理はない。

「すみません、土方さん。ちょっと飲みすぎました」

「あれのどこがちょっとだ、馬鹿が」

返す言葉もなく、私は土方さんの援助を受けながらとぼとぼと歩いた。土方さんは、結局一滴もお酒を口にはしなかった。芹沢先生も、土方さんにお酌をしようとはしなかったようで、全て私にと回ってきていたのだ。それを断れば断ったで面倒なことになるし、今回はこれでまるく収まったのだから、私は悪いことはしていないと思うことにした。

「傷はどうなんだ」

「え、傷?」

そういえば、すっかり忘れていた。酒で熱くなっている手で負傷部分に手を当ててみると、相変らず腫れているけれども、完全に血は止まっているし、視界が悪くなっていることもない。明日の隊務に支障はないだろう。

「大丈夫です。問題ありませんよ」

「……明日の隊務はどうでもいいんだよ。例の件までには、治しておけ。後で石田散薬を持ってくる」

石田散薬とは、土方さん直伝の薬だ。打身などに効く薬なんだけど、とても苦くて不味いのが評判だ。しかも、これまた酒で飲むのが主流らしい。

「結構です」

「俺の命令は聞けねぇっていうのか?」

「そういうわけでは……」

そんなこと言われたら、飲まずにはいられないじゃないですかと、私は肩を竦めた。土方さんはずるいひとだ。でも、決して嫌いにはなれない。だって、私を心配してくださっているのだから。

「総司くん!」

「山南さん……?」

もうひとりの副長、山南さんが前川邸の入り口で私と土方さんを待ってくださっていた。いつからここで待っていたのだろう。まだまだ夜風が寒い時期ではないにせよ、ずっと待っていたというのならば、随分と長いこと、ここで立っていたことになる。

「聞いたよ。新見副長のこと、そしてその傷のこと」

「あぁ……そうなんですね」

私はにこりと微笑んだ。すると、山南さんは土方さんに腕をもたれていた私を、そっと抱き寄せてくれた。

「君にばかり、辛い仕事をさせてしまって……本当にすまない」

「……え?」

私は、山南さんの胸の中で温もりを感じながら、何のことかと思い浮かぶことを考えてみた。これといって、辛いと思ったことはないのだ。私が野暮天だから、気づいていないだけなのだろうか。他のみんなからしたら、私はそんなにも苦労を背負っているように見えているのだろうか。もしそうだとしたら、それはそれで問題だ。

「山南さん、私は別に……」

「とりあえず、傷の手当をしよう。随分と腫れているじゃないか。もっと冷やさないと」

「あの、大丈夫ですよ? ちょっと当たっただけですから」

「山南さん、過保護すぎるぜ。これくらい、大した傷じゃねぇ」

土方さんは、ぶっきらぼうにそう告げると、私を山南さんから引き離した。私は甘ったれた性格だ。甘え癖がついては困るとでも思ったのかもしれない。厳しい土方さんとは違って、山南さんはいつでも穏やかな性格のひとだった。だからふたりが対立することは、昔からしばしばあった。物事の考え方が、ちょっと違うんだ。それだけのことだと思う。本当にお互いを嫌いあっていたら、山南さんは上京するときに一緒に浪士組になんて入らなかったはずだ。

「山南さん、傷は大丈夫なんですけど……私、ちょっと飲みすぎてしまって」

ふらふらと前川邸の門にもたれかかると、私は重い溜息をついた。こんな格好を近藤先生に見られなくてよかった。とにかく、もう朝の巡察の時間までそう時間はない。直に二番隊の永倉さんと、十番隊の原田さんたちも帰ってくる頃だし、それまでには酔いを醒まさせておかなければならない。

「お水、いただけますか?」

私はへらりと笑みを浮かべると、頭を掻きながらそう言った。すると土方さんは不機嫌そうに、つかつかと先に副長室にと向かい、姿を消してしまった。私は思わず寂しさを感じて山南さんに抱きついた。山南さんは酒臭い私を嫌な顔ひとつせず、抱きとめてくれた。

「よしよし、総司くん。お水を持ってくるから、ここで待ってなさい」

私は「はい」と山南さんの胸の中で笑みを浮かべた。暖かい。とても、穏やかな気持ちになれた。夜風がとても心地よく、ひとつ結びにしている私の髪を揺らした。

「総司くん。このままでは、水を取りには行けないよ?」

「あ、そうですね」

私はぱっと山南さんから離れると、酔いのせいでくらくらと眩暈がし、その場に座り込んだ。他の隊士に見られては、情けなくて仕方がない。一応みんな寝ている時間だけれども、厠などで起きて来る隊士も居るだろうし、早々に酔いを醒ます必要があった。

「では、持って来るから」

そういって、山南さんも姿を前川邸の中へと消した。静かな夜だ。八木邸からどんちゃん騒ぎも聞こえてこないし、宴会もお開きになったのだろうか。私は目を閉じて、風に身を任せていた。

 そのときだ。妙な気配を感じ取った。咄嗟に刀の柄に手を掛け立ち上がる。しかし、酔いが酷くて目が回った。その刹那。数人の浪士が私を取り囲んでいるのだ。こんなときに……と、私は舌打ちをした。それと同時に、やはりお酒など飲むべきではなかったと遅い後悔をした。


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