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斎藤一

「何をにやついてんだ? 総司」

「この饅頭、美味しいですね」

もぐもぐと饅頭に手を伸ばしていると、そこへ近藤先生がやってきた。近藤先生はとてもおおらかで、あったかい人柄の方だ。一見強面に見える顔立ちだけれども、笑った顔はそれはもう、優しさで満ち溢れている。そんな近藤先生を慕う者は少なくない。そんな先生だからこそ、試衛館の仲間はみんな江戸から京(此処)まで付いて来たのだと思う。

「芹沢先生、それに総司。土方くんの姿を見なかったか?」

「え?」

私はかじりかけの饅頭を手に、頭に壬生寺を後にした土方さんの姿を頭に浮かべた。私よりも先に寺を後にしたのだから、てっきり屯所に戻ってきていると思ったのだけれども、まだ戻っていなかったんだ。

「何か知っているのか? 総司」

近藤先生は、芹沢先生を斬るということを、知っているのだろうか。いや、知らないはずはない。だからこそ、今こうして芹沢先生と暢気に饅頭を食べている私を、心配して来てくださったのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。土方さんを探しているフリをして、私をこの場から遠ざけたいのだ。それを汲み取った私は、近藤先生に笑みを浮かべると、芹沢先生の目を見て、会釈した。

「すみません、芹沢先生。私は土方さんをちょっと探してきますね」

「土方くんが隊をそう長く空けるとは思えん。放って置けばよい」

鉄で出来た扇子を自慢げに懐に収めながら、芹沢先生は私の手を掴んだ。肉厚で、剣だこの出来た厳つい手だった。ただ、温もりがある。酒気を帯びているからだろうか……いや、きっと生きているからだ。

「でも、副長がそう留守にしていては、平隊士に示しも付きませんから。やっぱり、私が探してきますよ」

「あぁ、そうしてくれ、総司」

私は、近藤先生に対して短く「はい」と答えると、これ以上芹沢先生に引き止められないうちにと掴まれた手を引き抜き、立ち去ろうとした。あまり強くは握られてはいない。そこまで私に執着があるわけではないからだろう。気分を害されてもまた面倒だから、一言謝罪を入れながら手を抜かせてもらった。そして立ち上がるとすぐに廊下に出て、今、「新選組」の屯所のひとつとしてお借りしている八木邸を後にした。


 しかし、土方さんは本当にどこへ行ったというんだろう。「芹沢を斬る」なんて言い残して、祇園へ行くとでも思えないし。しかも、こんな昼間から。

「企んでいるな」

「!?」

後ろから殺気などは感じなかったが、気配を察知し私は思わず刀の柄に手をかけ、振り向きざまに抜刀した。その刃は相手の刃とぶつかり合い、高い金属音が鳴り響いた。考え事をしていたといっても、まさか後ろを取られるとは不覚。私は息を飲んだ。しかし、私が刀を抜きそれを咄嗟に抜刀し受け止めた相手を見るや否や、安堵の笑みを浮かべた。

「なんだ、斎藤さんじゃないですか。脅かさないでくださいよ」

斎藤一。一刀流の使い手で、私と同い年の新選組隊士のひとりだ。一番から十番まである小隊の中の、三番隊組長を務めている。試衛館の門下ではないけれども、近藤先生とは江戸に居る頃からの顔馴染みのひとで、いわゆる近藤一派と呼ばれる仲間のひとりだ……ということは、今回の芹沢先生の件についても、何か土方さんから聞いているのだろうか。

 いや、それなら先ほどの言葉とつじつまが合わなくなる。「企んでいるな」ということは、何かを察知しているものの、中身を知らないということだ。ここは、変に悟られてはいけない。

「沖田さん。あんたは剣の腕は立つが頭は悪いな」

斎藤さんは決して口が悪いわけではない。ただ、物事の白黒は、はっきりとさせる方だった。そして何より勘が鋭いし、私なんかとは違って、頭も良い。剣の腕が立つことは周知のことで、新選組の撃剣師範としても、活躍している。

「え、何のことですか?」

私はとぼけて笑って見せた。とりあえず、こんな道中で抜刀していてはまずいと、刀を鞘に収めた。それを見て、斎藤さんも刀をしまった。斎藤さんは立派な月代を剃っていて、髷を結っている。どう見ても、風格ある武士だ。私は、月代も剃っていないし、前髪だって下ろしている。二本差しをこしらえているものの、一見は単なる不逞浪士だろう。「新選組」なんていうかっこいい名前を今では授かっているけれども、京では私たちが壬生に腰を下ろしたことで、「壬生狼」と呼ぶ者が多かった。さらに言えば、武士だと名乗っているけれども、本当のところはまだ、武士もどき……なんだ。それに、やることが粗いものだから、京の者には嫌われていた。

 私たち新選組の主なお仕事は、京の治安を護ること。幕府と朝廷とのいざこざが増す中、巷では長州が不穏な動きを見せていた。いや、長州だけではない。薩摩だって怪しいと、先日近藤先生と土方さんが話しているのを耳にしたことがあった。

「沖田さん、その癖は直した方がいい」

「あ、えっと……?」

斎藤さんは呆れた……という様子で半眼になって私を睨んだ。

「一番隊組長がこんな男では、先が思いやられる」

「斎藤さん、何の話をしているんですか?」

斎藤さんは軽く溜息を吐くと、皮肉交じりで私を見据えた。

「考え事をすると、動きが止まるようだな。それでは、あんたが止まっているときは何かあったときだと平隊士にさえ安易に感情を読み取られるぞ」

私は、「あぁ」と頭を掻いた。言われてみればそうかもしれない。私は、土方さんや斎藤さんとは違って不器用なんだ。剣に関しては、それなりに自信はあるけれどもその他のことといえば、自信のあることなんてひとつもない。斎藤さんに言われたとおり、頭だって悪い。

「すみません、斎藤さんの仰る通りだ。気をつけますね」

斎藤さんは、素直に負けを認めた私をどう思ったのかは知らないけど、まだ面白くないという顔をしている。

「それで……何を企んでいる、沖田さん。いや、土方副長は……」

私はぎくりと一瞬顔を硬直させた。やっぱり知らないんだ、斎藤さんは。それなら、この話を外に漏らす訳にはいかない。土方さんが、誰にどこまで話しているのかは知らないけれども、腹心といってもいいほどの仲の斎藤さんにまでまだ話を通していないというのならば、私はそれに従うまでだ。

「さて?」

「とぼけるか。まぁ、口を割るとは思ってもいなかったが」

「なら、聞かないでくださいよ」

思わずそう口に出してから、私は「あっ……」と口を塞いだ。しかし、時すでに遅しだ。明らかに何かを隠しているということが、斎藤さんにばれてしまった。

「やっぱりな。あんたは人が良い上に、馬鹿正直だ。すぐに顔にも口にも出るから、情報を得るのが容易い」

「さ、斎藤さん……」

私はうろたえた。中身が直接ばれていないとはいえ、勘のいい斎藤さんだ。きっと、読み取っているに違いない。一瞬、私の脳裏で「斬る」という選択肢が浮かんだが、斎藤さんは本当に腕が立つのだ。私の腕と互角……あるいは、それ以上。しかも、こんなところで斬りあいをしていたら、屯所を出てすぐのところだ。色んなひとの目にもつくし、そもそも「私闘」は土方さんの定めた「局中法度」によって禁じられている。私がここで斎藤さんを斬ったとしたら、今度はその法度に触れて私は切腹を命じられてしまう。

 馬鹿なことを考えたものだと、己の頭の悪さを思い知らされただけで、私は肩を竦めた。一方斎藤さんは、それ以上私を問い詰めようとはしてこない。やはり、先ほどのことで確信を得て、もう私には用がないということなのだろう。

「あの、このことは……」

せめて、口止めだけでも……と思い、重い口を開いたのだが、斎藤さんは私に背を向け屯所に向かって歩き始めてしまった。私は思わず駆け足で斎藤さんに擦り寄り、後を続けようとした。

「心外だな」

「え?」

後を続けようとした私より先に口を開いたのは、斎藤さんのほうだった。私は、何が心外なのかと思わず問い返した。

「そこまで愚かではない」

あぁ、斎藤さんはそういうひとだ。私は、無礼をしたなぁと申し訳なくなった。誰かに迂闊に話したりするようなひとではないし、私から情報を得たなんていうことを、近藤先生や土方さんに漏らすひとでもない。「心外」とはきっと、そこまで斎藤さんを信用していないのかという意味も含められているのだろう。

「すみません、斎藤さん」

「あんたにだけ言った言葉ではない」

そこまで言われれば、頭の悪い私にでも分かる。重大な機密を相談してもくれない近藤先生や土方さんに対しても、同じ気持ちなのだろう。

 私が後ろでしょげていると、斎藤さんは再び溜息を漏らした。本当に同い年なのだろうかと思うほど、背丈も高く斎藤さんは大人びていた。いや、私も背丈だけはあるほうなのだが、どうにも猫背らしくて、決まらない。私も月代を剃れば、斉藤さんのようになれるのだろうか。

「他の隊士にそんな姿を見られてもいいのか?」

斎藤さんは小声で私に耳打ちをした。私はそれを聞き、背筋を伸ばして笑みを浮かべた。新撰組の一番隊組長たるもの、確かにこんな姿でいては他の隊士に示しがつかない。

「すみません。もう大丈夫です。私、所用を済ませてきますね!」

「あぁ」

斎藤さんは、再び歩き出し屯所の中に入っていった。私は、自分は土方さんを探しに行くのだということを思い出し、斎藤さんとは別方向へと歩き出した。




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