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脇差の小童

ひとり、市中へと出かけた沖田。

甘味処で出会ったのは、脇差を携えた小童だった。

「どうして、香川くんが……」

しょんぼりしていた藤堂さんの隣に、私は腰を下ろした。

 昨夜は、近藤さん、土方さん立会いのもと、私と現場に居合わせていた斎藤さん、そして組長の藤堂さんが取り調べを行った。しかし、何度、何を問い詰めたところで、「俺は騙された」としか、香川さんは口にしなかった。そこだけは「男」らしいとも言えるかもしれない。

 言ったところで、土方さんが見逃すはずは無かったし、そこまで来たら、もう覚悟していたとも考えられた。確実なる自らの「死」を……。

「香川さん、騙されたって仰ってましたね」

「…………沖田くんに、私怨があったとは思えない」

私は、頬杖をついて空を見上げた。

「では、長州の間者だったのでしょうかね」

香川さんとは、特別仲がよかった訳ではないけれども、私怨を買われるほど恨まれるようなことをした覚えもなかった。ただ、首謀者が私を恨んでいて、その首謀者を香川さんが誰よりも慕っていたとしたら……?

 私だって、今、同じことをしようとしているのだ。芹沢先生に私怨はない。けれども、近藤さん、土方さんの命を受け、斬ろうとしているのだから。そういうことも、あり得なくは無い世界に身を投じているのだと、実感することになった。

「藤堂さん。困ったことになっていますよね」

「え?」

「……なんでもありません」

私はにこりと微笑んだ。そして、それ以上この続きを話すことをしなかった。何故ならば、藤堂さんは聞いているはずだったからだ。芹沢先生を斬るということを。

今、こうして組下の者が裏切りを行い、介錯によって血を流させたばかりの仲間……日のからの仲間である藤堂さんを、より困らせることはないと思ったのだ。

「沖田くん。一人歩きは、しばらく避けた方がいいんじゃないかな」

そんな私を見て、藤堂さんの方から声を発した。私がふらりと、どこかへ出掛けるのを察知したらしい。今日は、私は夜勤だった。夜勤までのんびり眠っているのもいいし、稽古場で汗を流すのもよかったけれども、ちょっと外の空気が吸いたい気分だったので、前川邸を後にしようと思っていた。

「大丈夫ですよ。ほら、何だかんだで私、まだ手傷も負わされたことないんですから。賊と言っても、間者といっても、それまでの者なんですよ」

自負しすぎではないかとも思える発言だったが、私のことを心底心配してくださっている、私と同じくまだ前髪を下ろしているこの青年に、私は胸を張って笑いながら応えた。

「ちょっと、子どもたちと遊んで来ますね」

「う、うん」

私は軽く手を振ると、脇差だけは腰に携え、屯所を後にした。

そういえば、今日は芹沢先生の姿を朝から見ていない。昨晩も上機嫌で飲まれていたから、もしかしたら香川さんのことも知らず、まだ眠っているのかもしれない。それならそれで、私としては好都合だった為、そのまま鴨川の方へと歩き出した。芹沢先生に引き止められれば、私は振り払うことが出来ないことを知っている。


 子どもたちと遊んでいる最中に、襲われては大変だと思った為、壬生寺を止め、もっと遠くへと行こうとしたのだ。柳が綺麗な道を、のんびり、ゆったりと歩いていた。

「こんにちは」

のれんをくぐって甘味処の店へやって来た。

「沖田はん、ようこそお越しやす。最近、姿を見ぃひんかったから、気にしとったんよ」

芹沢先生と朝からお酌に付き合ったり、市中見廻り。稽古に加え、ここのところ、賊騒ぎで持ちっきりだから、のんびり一人でここへ来ることも出来なかったのだ。

「練り餅ですよ」

「ありがとうございます」

にこにこと出された餅を手にすると、外の景色を見ながら、あむりと口に放り込んだ。江戸に居た頃から、私は甘いものやお菓子を好んで食べていたけれども、京へ来てからは、その回数も増えた気がする。これは、知らないうちに疲れが出ているのかもしれない。

「美味しいですねぇ。これだから、やめられないんですよ」

「それ、俺にもくれないか」

「……えぇ」

目の前に立っていたのは、見覚えがある。髪をひとつ結びにしている少年、名は秋野孝司。私は、心のどこかで感じていたのかもしれない。ひとり、市中に出れば、この少年に出会えるのではないかということを。

「また、狙われたそうじゃないか」

そして、昨夜の一件を知っているということも、勘付いていました。この少年に対して、今あるのは警戒心ではなく、好奇心だった。

 少年は、私の隣に座ると、ここの店の人から餅を受け取り、お茶を啜った。私はその様子を、にんまりと微笑みながら、見守っていた。その様子に気づいたようで、少年は「なんだ」とぶっきらぼうに言い放った。そういえばこの少年、誰かと雰囲気が似ている。

「いえ、食べている雰囲気は、ただの少年なのに…………と思いまして」

「呑気な奴だな。俺が刺客だったらどうするつもりだ?」

私は再び笑みを浮かべて応えた。

「それはありませんね。私を殺そうと思っているのなら、とっくにしていることでしょう。それに、例えそうだとしても、私は負けるつもりはありませんしね。この首は、高いですよ」

にこりと微笑み最後の一切れを口にすると、私は少年に問いかけました。

「秋野さん。新撰組に入りたいと言っていましたよね?」

「あぁ。呑気なあんたでも、覚えていることがあるんだな」

新撰組は、大好きな土方さん、近藤さんの夢、願いの結晶であり、それが実現と化した証。ですから、私は隊務だけはきちんとこなすし、新撰組を壊そうとするものは、誰の命令がなくとも、排除するつもりです。こうして、まだ、新撰組に入っては居ない者でも、長州やどこかの間者となり得る者ならば、ここで止めを刺しておこうと、私は心のどこかで考えていました。勿論、それを悟られれば相手は尻尾を出さないでしょうから、こうして私が油断しているように見せかけられる、自ずと甘味処を選んだのかもしれません。

「新撰組を、愛していますから」

「くさい台詞は寝て吐け」

私はくすくすと笑って、お茶を啜りました。その間も少年は、私の方をただただじっと、見つめていました。あえてその視線に気づかないふりをして、私はにこやかに少年に問いかけました。

「何故、新撰組に入隊したいと思ったのです? 私はこれでも局長に顔が利きますから、内容によっては、話を聞きますよ?」

「知っている」

私はそれを聞いて首を傾げました。

「何を知っ……」

「お前は死ぬ」

「…………」

私は一瞬、身体を硬直させると、すぐにもとの笑みを浮かべました。そして、相手の目を見て応えました。

「えぇ、いつかは」

「近いうちに」

「……」

少年は私に臆することなく、淡々とまるで事実を……これから起きる何かを知っているかのように言葉を発していました。

「芹沢局長に殺され……」

そこまで聞くと、私は知らぬ間に大刀を左手に持ち、下緒を切り抜刀していました。相手はすぐさまそれに反応すると、私の刀を皮一枚で避け、立ち上がり、脇差を抜きました。

「頭に血が上ると、鬼になるんだな」

「私はいつ如何なるときも、鬼ですよ」

慌てることはない。あんな脇差で、私を殺せるものか。

「沖田さん」

「……っ!?」

私は、背後から忍び寄る影に気づかなかった。死角から伸びてきた手は、私の肩をぐいと掴むと私の身体を己の方へと向き直るよう、力をこめて来た。その相手が誰なのかは、頭では分かっている……分かっているのだが、一度刀を抜いた私の高ぶりは、治まらなかった。咄嗟に背後に居た見知る人に対して刃を向けたのだ。

「……!」

相手もそれに応じて、手を私から離すと左足を半歩引き、鞘を突き出し鞘で私の刃を凌いだ。黒々と光る鞘にうっすらと傷が入る。

「沖田さん、落ち着け。俺だ」

「さ、斎藤さん……」

「あぁ、そうだ」

私は、ただ呼吸を繰り返していた。肩を上下させ、己を律することが出来ていない。目の前に居るのは、信頼の置ける相手。新撰組三番隊組長、斎藤一。それなのに、身体と思考がまとまらず、私は動けずに居た。

「沖田さん。とりあえず、刀を納めろ」

「は……い」

深く息を吐き、何度も「落ち着け、総司」と自分自身に言い聞かせた。ここには殺気立っているものは居ない。可笑しいのは私だけだ。店の人だって、怖がっているじゃないか。どうした、総司。これくらいのことで……あんな、小童の言動に心惑わされるなんて。

「すみません、斎藤さん。もう、大丈夫です」

斎藤さんは眉をぴくりと上げると、訝しげな目で私を見た。まだ、動揺しているのが見透かされているようで、私は思わず視線を逸らした。

「あの、そろそろ私は、剣戟指南役を務める時間ですので……」

「今のあんたに教わる隊士は、憐れだな」

「…………」

ぐうの音も出なかった。こんなところで取り乱すようでは、本当に、芹沢先生を斬るという計画に、私は加わらない方がいい。土方さんのお邪魔になるのが目に見えている。邪魔どころか、下手をすれば、こちらの命にも関わってくる可能性があるんだ。芹沢先生を、甘く見てはいけない。水戸藩出身の凄腕の持ち主なのだから。

「どうしたんだ、血相変えて……あんたらしくもない」

「それが……!?」

そういえば、また気づいたときには小童の姿はなかった。いつの間に? 少なくとも、斎藤さんが来たときにはもう、姿をくらましているように思われる。もしや、本当に今回の一件の首謀者なのか。それとも、全く別の勢力の者なのか。私はひとり頭を抱えた。

「斎藤さんは……見て、居ませんよね?」

「何をだ?」

斎藤さんは、少し興味を示す形で応えた。

「小童ですよ。まだ年端もいかないくらいの……どこぞの武士の家の子どものような格好をし、脇差をこしらえていました」

「脇差をこしらえている時点で、単なる小童ではなかろうに、沖田さん。ちなみに、見ていないが、それがどうした」

「えぇ、実は……」

うっかり口にするところだった。小童の言葉を、そのまま斎藤さんに。


「芹沢局長に殺され……」


 語尾を最後まで聞き取らず、私は抜刀していた。斬らねば、斬られると直感が働いたのかもしれない。剣の腕で芹沢先生に殺されるとでも、言いたかったのか。いや、そうではない。おそらくだが、そういうことではない。少年は知っているんだ。芹沢局長暗殺計画のことを……きっと。どこから漏れているのか、知る必要があった。そして、このことはまだ、斎藤さんに言うべきことではない。通達するならば……。


「斎藤さん、土方さんに私用が出来ました。すみませんが、今日の稽古指南も、斎藤さん。お願い出来ますか?」

私は深々と頭を下げた。基本的に、役割は組長で交代制になっている。私、斎藤さん、永倉さんあたりで回していた。

「頭を下げる必要はない。今の、心ここに在らずのあんたよりは、俺がやった方がよかろう」

「ありがとうございます!」

私は一瞬目を輝かせると、お店のひとに勘定を支払い、すぐさま前川邸に向かって走り出しました。その姿を、斎藤さんはただ静かに、見守っていました。


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